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体操服から着替えて、同学年の他クラスの生徒との会話も程々に教室へ駆け戻る。次は移動教室だったのだ。
こういう時は体操服に着替えることも多い1種は、不利だと思う。
小言を口の中でコロコロと転がして、はたと気付いて飲み込んだ。
(千本さんみたいな小言言っちゃったよ)
教室の扉を開けると、思った以上に勢いよく扉が開いた。
盛大な音を立てた扉にクラスの生徒達が目を向けたが、飛び込んでくる人間が第1種能力者達だと知れば、すぐに視線が霧散していった。能力学科後の授業が移動教室ならば全力疾走。それがこの学校特有の第1種能力者あるあるだ。
霧散していったはずの視線がすぐにまた結賀以外の別の場所へ集まっていく。第1種能力者あるあるよりも何か目の引くものがあったらしい。
生徒たちはこぞって1人の席に集中していた。何故かその席に心当たりはある。君和田の席だ。
結賀も気になりはしたものの、次の時間も差し迫っている。自身の席で古典の教科書を手に取った途端、女子の悲鳴にも似た歓声につい目を向けた。
君和田の席に集まる人影の隙間から見えたものは、手に乗る程の大きさの丸いフォルムをした白い物体だ。なにやらモゾモゾと動いており、その様相に息を飲んだ。
白く丸いフォルム、手のひらに収まる大きさ。おいそれ、まさか幼虫じゃないよな。
信じたくないものの、君和田なら珍しい虫を手掴みで捕まえそうだ。背筋が冷えていくような感覚。虫だけはどうにも苦手なのだ。
「結賀ちゃんお疲れ」
「うゎっ」
「え、何その反応」
「…いや…あのさ、冬雪が持ってるのって」
虫と口にするのも嫌で言葉を濁した結賀に、ようやく大原がピンと来たらしい。指で空に円を描きながら笑う。
「あぁ、たぶん唯我も気に入ると思う」
「えぇー…ホントに?」
「俺が嘘ついたことある?」
「数万回はある」
「そこまではねぇわ」
―――
廊下を歩く3人の歩幅はバラバラだったが、皆足早に歩く。
移動教室の部屋が随分と遠い学校の設計には苦言を呈したいくらいだ。
ようやく間近で君和田の手に乗っている小さな白い物体を薄目で見て、結賀は口を開閉させた。
「えっ…と、それ何?」
「これね、匠桜くんから貰ったんよ」
君和田が自慢気に手のひらのソレを見せびらかす。小さな雪だるまがバランスを崩したようにポテ、と倒れ自分で起き上がろうと必死に動いている。
結賀の指先が震えた。
「めっちゃ可愛い」
「やろやろ?」
「そんな喜んでくれるとは」
「いや、これは可愛いでしょ」
「可愛いは正義なんよ」
2人の矢継ぎ早な返事に大原が目線を逸らした。
「そうかぁ…」
「一くんこの子触ってみて」
唸る大原を尻目に、君和田が興奮を隠しもせずに結賀の手にその雪だるまを乗せる。冷やりとした感覚は、雪だるまと全く同じだ。あぁ、そういうことか。
「能力抑制機能ね」
「まあ、そうとも言う」
「そうなんよ!
なんでかボクだけ能力抑制機器持ってなかったやん」
ぶっきらぼうに答える大原の声よりも、数段大きな声で君和田が返事を返す。
「普通子どもの頃に能力のデータ見られて、それに合わせて能力抑制機器作られるはずなんだけどね」
「そうやんな
ホンマになんで無かったんやろ
でもこの子のおかげで副作用もマシになりそうやし、みんなの力になれるよう頑張るわ」
「あんまり無理せずね」
「…早く行かないと、授業遅れるけど」
珍しく会話に入ってこず、会話を断ち切った大原はいつのまにか数歩先を歩いている。
君和田と目を合わせた。
授業に遅れる?普段1番授業に不勤勉な大原が?
思考が一致したらしく、2人で肩を揺らして笑った。大原が笑う結賀と君和田を諌めるように振り返る。おどけるように肩を竦めて見せれば溜息が落ちた。
「いやでも、生き物も作れるんだ
初めて知った」
「まあ…一応ね
やりすぎると生態狂うし基本はやらない」
「へぇ」
「…何ですか、その含みのある言い方」
「優しいとこあんじゃん」
「いやもうホンマ助かるわ」
「…」
「ボクの副作用のことめっちゃ考えてくれてありがとうな」
「絶対都築さん達からも感謝されるって」
「…」
いい加減耐えられないとばかりに走り出した大原を見送る。どうせ目的地は一緒だ。
「素直じゃないというか」
「一くんも人のこと言えへんやろ」
「俺は結構素直だよ」
「そういうことにしといたる」
堪えるように笑う君和田を小突けば、くつくつと笑いが漏れた。
君和田の純真さには結賀も大原も敵わない。結賀は頭を控えめに掻いて数歩先を歩き始めた君和田の隣へと歩を進めた。
―――
「今日集まってもらったのは他でもない」
ドズルがかしこまった所で空気がひりついた。恐らく部の昇格についての話だ。
全員が口を開かずにドズルを見るが、おおはらMENは机に顔を伏せたままなのが締まりきらない、といった妙に間の抜けた雰囲気である。
ただ、それを咎めるのは無理があった。
(ドズさんとぼんさんに大分褒められとったもんなぁ)
頭を撫で回され、肩を組まれと散々2人に揉みくちゃにされていた。
こういう時にドズルとぼんじゅうるは3人を我が子のように褒めちぎるのだから耐え難い。
それを理解しているのか、ドズルは顔を伏せるおおはらMENをそのままに話を続ける。
「部の昇格についてなんだけど
現状では難しいということで、ネコおじに依頼になりそうなものを探してもらったんだ」
ネコおじという単語は既に耳慣れている。どんな人なのかは知らないものの、ドズルやぼんじゅうると関わりがあり、依頼を取捨選択する裏方の人らしい。
ドズルが茶封筒から出した紙の束を机の上に広げた所で、4人に渡す用の資料の束をおおはらMENの頭に乗せた。
「ちょっとMEN
机占領しないでよ」
「ドズさんたちのせいじゃないすか」
困ったようにおんりーとおらふくんに目線を寄越すドズルに苦笑をこぼす。自分もこの状況なら撃沈している。
ぼんじゅうるが意地の悪い笑顔でドズルに耳打ちする。
「普段褒められてないから、皆に褒められて嬉しくなっちゃったイタズラっ子なのよ」
おおはらMENは頭に乗った資料の下からぼんじゅうるを睨んだ。
「ぼんさんは黙っててください」
「的を得てたでしょ」
「全然
的にすら当たってませんが」
「はいストップストップ
喧嘩しないの」
ドズルの静止にようやく全員が座り直して資料を手に取った。それを見終えてから咳払いをひとつ。
「西高校って知ってる?」