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#溺愛
ゆゆ

45
460
#成り上がり
aohana
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『英雄の凱旋:祝言戦略計画。参謀本部了承済み、帝都の安定と軍の威厳回復に関する極秘案』
目的。
①大衆心理の掌握。
古のあやかしを討った鬼の隊長が愛妻家だと帝都全土に流布し、軍に対する畏怖を親愛へと変換する。
②政敵へのけん制。
大河原元大将の罪状と対比させ、神楽坂大佐を正義の象徴へ。
会場、明治神宮ならびに帝国ホテル。
帝国初のホテルウェディングとしての話題性を最大限に活用し、帝都中の羨望を集める。
「……森部。なんだこれは」
婚礼衣装、広報戦略、帝都新聞号外の掲載。
奉祝記念品を銀座の各店で販売。
重要招待客リスト、祝言後における政治的影響力の予測まで。
「正直、こちらの方が時間がかかりました」
やりきったとばかりに、森部は満足げな顔をした。
「参謀本部の大将が帝都を危険に晒したとなれば、やはり大衆が黙っておりません」
「だからといって」
「白無垢も良いですが、ウェディングドレスへのお色直しもお似合いでしょうね」
赤の色打掛は『魔除け』の意味もあると森部は語る。
参謀本部了承済みと書かれた決定事項に、鷹臣は溜息をついた。
「一年後は遅すぎる。半年後にしろ」
「帝都中の要人を招き、この規模の警備と演出を整えるのですよ。半年では衣装の調達すら……」
かなり無理な日程だと森部は眼鏡を押し上げた。
「一年後は身重か、出産後だろう。無理はさせられん」
「た、鷹臣様」
千歳は耳まで真っ赤になり、顔を両手で覆う。
「……なるほど」
森部は一瞬の沈黙の後、予定表に二重線を引き、半年後の日付を書き込んだ。
最高級呉服商へ色打掛の早急な仕立てを依頼。
帝国ホテル、あるいは軍の威信をかけた特別会場の確保。
「英雄」を狙う残党を警戒し、選りすぐりの精鋭を配置。
神楽坂から森部への残業代(最高級菓子詰め合わせ)の請求。
森部は半年後の挙式に向けた緊急任務リストを書きながら、「腕が鳴りますね」と眼鏡を光らせた。
◇
急速な近代化を遂げる帝都。
その華やかさの裏側には、時代の潮流から取り残された者の嫉妬や、持たざる者の絶望が堆積している。
古のあやかしはいなくなったが、人々の行き場のない負の感情は無くなることはなく、やがてあやかしに変貌し、繁栄の影で蠢きだすのは変わらなかった。
大正浪漫の華やかさの裏で、闇に潜むあやかしを狩る帝国陸軍・対魔特務部隊は変わらず存続。
変わったことといえば、あやかしを殲滅させても負の感情が鷹臣を苦しめることがなくなったこと、そして民衆が鷹臣を英雄だと称え、あやかし狩りを行う対魔特務部隊が極秘ではなくなったことだ。
「神楽坂閣下だ!」
ガス燈がぼんやりと照らす夜の銀座。
掃討作戦を終えた特務部隊が路地から現れると、惜しみない称賛の拍手や女性たちの黄色い声が送られる。
「……森部。お前の描いたデタラメが、相当効いているようだな」
「デタラメとは心外ですね。妻を救うために古のあやかしを討った愛妻家の英雄。これほど大衆に愛される物語はありません」
森部は眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、不敵に微笑んだ。
「民衆が協力的になったことで、あやかしの予兆が以前より早く特務部隊の耳に届くようになり、帝都の治安は劇的に向上しています」
英雄の存在のおかげで、ここ最近はあやかしの発生率も減っていると森部は報告した。
「なぜ減る?」
「今の帝都の人々は、他人の足を引っ張り嫉妬の毒を吐くよりも、隊長と千歳様の仲睦まじい噂話に花を咲かせる方が楽しいのでしょう」
幸福な物語はどんな結界よりもあやかしを退けますと語りながら、森部は部下に持たせていたケーキを鷹臣に差し出した。
「銀座一のモンブランです。愛妻家が手ぶらで帰っては、格好がつきませんからね」
「あちらの大きい箱はなんだ?」
「隊員の分です」
「なぜ隊員の分まで俺の金で買うんだ?」
「英雄だからです」
森部の淡々とした回答に呆れながら、鷹臣は千歳のためのケーキの箱を受け取る。
「おまえたち、あとはまかせた」
「御意!」
敬礼する隊員たちの姿にも、軍服の裾を翻し一刻も早く戻ろうとする鷹臣にも、婦人たちの熱烈な吐息が漏れる。
「見て、閣下があんなに急いで。きっと奥様がお待ちなんですわ」
「本当、なんて素敵なの。あんなふうに愛されてみたいものね」
背後から聞こえてくる世迷い言を鷹臣は無視し、帰路を急いだ。
屋敷の門をくぐれば、そこには騒がしい喧騒も英雄を崇める視線もない。
ただ、夏の夜気に混じる梔子の香りと、窓から漏れる柔らかな琥珀色の明かりがあるだけだ。
「鷹臣様、おかえりなさいませ!」
玄関を開けるより早く、パタパタと小走りの音と共に千歳が顔を出す。
その無防備で一点の曇りもない笑顔を見た瞬間、鷹臣の胸の奥に澱んでいた戦いの熱が霧散していった。
「ただいま、千歳」
差し出された箱を受け取った千歳が顔を輝かせる。
「森部が言うには、銀座一のモンブランだそうだ」
「ありがとうございます! お夕飯のあとに紅茶を淹れますね」
世間がどれほど自分を神格化しようと、この腕の中に収まる小さな体温さえ守り抜けるのならそれでいい。
2ヶ月後に控えた祝祭を思い描きながら、鷹臣は千歳にそっと口づけた。
◇
帝都がかつてないほどの祝祭ムードに包まれた、雲ひとつない秋の日。
明治神宮の深い森は静謐な空気に包まれていた。
まだ新しい大鳥居をくぐると、そこには砂利を踏む音さえ憚られるような神聖な静寂が広がっている。
雅楽の調べが遠くから響き渡る中、朱塗りの大きな番傘の下を二人はゆっくりと進んだ。
千歳が纏うのは、一点の曇りもない純白の「白無垢」。
頬には日の光で輝く水鏡の紋章があったが、人々は千歳の凛とした美しさに目を奪われた。
「……千歳、震えているのか?」
隣を歩く鷹臣が、民衆には聞こえないほどの低声で囁く。
「幸せすぎて、少しだけ足元がふわふわいたします」
隣を歩く鷹臣の姿は、まさに帝都の守護神そのもの。
金色の飾緒を肩に垂らし、胸元には数々の勲章が朝日に煌めく陸軍正装。
腰に下げた軍刀の鞘が歩くたびにカチリと硬質な音を立て、冷徹なまでに整った容貌と隙のない軍人の佇まい。
しかし、その視線は常に隣を歩く千歳の足元を気遣い、躓かぬよう目に見えないほど細やかな歩幅の調整を繰り返している。
まさに愛妻家な男だと、参道の両脇を埋め尽くした民衆から感嘆の溜息が漏れ聞こえた。
「まるで絵巻物のようだ」
「神楽坂閣下が、あんなに大切そうに花嫁を見守って……」
森部が仕掛けた「愛妻家の英雄」という物語は、今この瞬間、完璧な真実となって人々の心に刻まれる。
拝殿へと続く石段を前に、鷹臣は一度だけ足を止めた。
「千歳。この先の人生、苦しみも、喜びも、すべて俺が引き受ける。おまえはただ、俺の隣で笑っていればいい」
「はい。鷹臣様。どこまでもお供いたします」
誰からも愛されず、誰にも必要とされなかった人生の最期は鬼神の生贄。
もし許されるなら、死ぬ前に一度でいいから誰かに優しく抱きしめられたい。
かつて絶望の淵で、孤独だった自分に、虐げられながら耐えた日々を送っていた自分にもし会えるのなら、伝えてあげたい。
こんなに素晴らしい旦那様と出会える未来があることを。
神前の儀を終え、参道を戻る二人に盛大な拍手が浴びせられる。
鷹臣は、千歳の足取りがわずかに乱れたのを敏感に察すると、躊躇うことなくその腰を強く引き寄せた。
コメント
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もう…読み終わってじんわり胸が熱くなってるよ…🤍 森部さんの「愛妻家の英雄」プロパガンダ、計算尽くしなのに嘘じゃないってところがもう、ずるいよね。千歳が小走りで「おかえりなさいませ」って飛び出すシーン、可愛すぎてキュンてなった…! 最後の「もし許されるなら、誰かに優しく抱きしめられたい」って回想が、今の千歳に重なって、涙出そうになったよ。本当に、この夫婦には幸せでいてほしいな🌙🥀