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夜の図書館に私を呼びだしたグレン。彼はどんな理由を話すのだろうか。
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「お前に貸したら、紛失するからだ」
え、そういう理由?
でも、グレンの言う通りだ。
グレンは、私がクラスメイトにどんな扱いを受けているか知っている。
今は落ち着いているが、リリアンと彼女を取り巻く女生徒二人だけはいまだに私に冷たくあたる。
前回の試験だって、課題曲をすり替えられ、不合格の危機に陥った。
「紛失したら、同じ本を買うための手続きが面倒くさい。なら危険を前もって防いだ方がいいだろ」
「だとしても教科書を借りられないのは困るわ。教科書を図書館で借りてきなさいと言ったのは先生よ。明日、手ぶらで登校したら怒られてしまうわ」
「先生に言われたのか……、それは困るな」
先生の助言で教科書を借りに来たのだとグレンに伝えると、頑なに否定していた彼の考えが少し動いた。
きっと、私の独断だと思い込んでいたんだと思う。
腕を組み、親指と人差し指を顎に当て、うーんと唸っている。
「でしょう? だから明日の授業に使う教科書を貸してちょうだい」
「嫌だ」
このまま教科書を貸してとお願いをしても、グレンは”嫌だ”の一点張りだろう。
やり方を変えないといけない。
私はグレンから視線をそらし、ハンカチで顔を隠す。そして、ひっくひっくと声を出した。
「な、泣くなよ!」
「だって、だってえ……」
「お、俺だってリリアンのやり方は許せねえと思ってる。けど、図書委員として本が紛失するのを未然にに防ぎたいんだ」
「私が……、私がチャールズさまを助けなければ、普通に生活できたのかしら」
「……」
実際には泣いていない。
顔を隠して泣いたフリをしているだけだ。
私の演技を信じ、泣いたと思っているグレンは、狼狽えながらも本音を話してくれた。
グレンもリリアンたちの事をよく思っていない様子。
「わかったよ! 少し手伝ってやる」
「ほんと!? グレン、ありがとう!」
私はハンカチを放り投げ、グレンの両手を包み込むように握った。
グレンは目を見開き、頬がほんのり赤く染まっている。
「手伝うって、どうするの? 教科書は貸してくれないのでしょう?」
「明日の分だけ貸してやる。準備が必要だからな」
「準備?」
教科書の貸し出しを認めてくれるだけで良かったのに、グレンはリリアンたちの嫌がらせをやめさせる考えがあるらしい。彼の考えを実行するには一日準備期間が必要のようで、その間は貸してくれるみたいだ。
「俺はただやり方を説明するだけで、後はお前がやるか、やらないかだけどな」
「わかったわ。話してくださる?」
「じゃあ、話すぞ」
グレンは私にリリアンの嫌がらせをやめさせる方法を話してくれた。
☆
翌日、私は図書館で借りた教科書を使って午前の授業を乗り切った。
借りたものは、先生が用意してくれた新しいロッカーの中に入れる。先ほど貰った鍵をかけ、ポケットに入れる。
「マリアンヌ!」
「チャールズさま。ご機嫌よう」
昼食の時間になり、チャールズがやってきた。
私は服の裾を掴み、頭を下げる。
「マリアンヌが廊下にいるなんて珍しいね! 俺を待っていたのかな?」
「……はい。お待ちしていました」
「そう言ってくれるなんて嬉しいよ。毎日、君を訊ねてきたかいがあった」
チャールズを待っていたのは事実だ。
そのことを当人に伝えると、チャールズの機嫌がよくなった。彼はマリアンヌに好意を抱いているから、『待っていました』など、彼が来ることを期待している楽しみにしている言葉を私が口にしたのは嬉しいことだろう。
「さあ、行こうか」
「はい」
私はチャールズの手を取り、一緒に食堂へ向かう。
チャールズがいつも利用している個室に入ると、マジル王国の料理が並んでいる。始めは見慣れない食材などに戸惑ったりしていたけれど、それも慣れてきた。薄味だと感じるものも、咀嚼するごとに薄味の調味料に素材の味が加わり、丁度良いものになる。
多分、マジル王国の料理をメヘロディ王国で流行らせたら、健康食として人気になると思う。
(クラッセル領でやってみたいわね)
学校を卒業したら、クラッセル子爵にお願いして店舗経営をしてみようかしら。
そう妄想してしまうほどに、マジル王国の料理は魅力がある。
「俺の婚約者が君に迷惑かけていないかい?」
「……」
チャールズがそんなことを訊ねるのは、”知り合い”から、私が先生に呼び出されたことを聞いたからだろう。
以前、チャールズに私が出来ることは”無くなったものを与えるだけ”だと言っていた。
だから私は―ー。
「リリアンさまではないと思いたいですが……、ロッカーの中に入れたものが無くなったり、ゴミが入っていたりするのです」
「それ、リリアンだな」
「……ですわよね」
いつもは「何もありません」と答えるのだが、今日は事実をチャールズに伝えた。
チャールズはリリアンの仕業だと即答した。
「それで、あいつは君から何を奪ったんだい?」
「教科書です。一年生の単元で使うものすべて」
「ほう。なら、それを用意しよう」
「助かります」
「気にしないでいい。君は俺の命の恩人なのだから」
私はチャールズに感謝する。
チャールズの手を借りようと思ったのは、昨日のグレンが言っていた”準備”に必要なことだからだ。
教科書をチャールズに用意してもらう。
最初の作戦は上手くいった。
次はーー。
「もう一つお願いがあるのです」
私は次の”準備”に入る。
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