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煙が霧のように満ちている。
その中は目に染みるほどの刺激臭だ。瞳を開くことはおろか、呼吸さえままならない。
真っ赤な火柱が、その地の全てを焼いている。
木々を。
落ち葉を。
空気を。
当然ながら、昆虫や小動物も瞬く間に黒焦げだ。
逃げ場などない。
それほどまでに、森が轟々と燃えている。
実行犯は二人の魔女だ。共に白髪ながらも、身長差は親と子ほど離れている。
「このペースで進むよ。魔源は大丈夫?」
「まだ余裕」
くすぶる大地を気にも留めず、四本の足が前へ進む。
長身の魔女はオルトリンデ。顎まで届く髪は丸みを帯びており、その顔は険しい。
武装は片手剣と盾、そして胸部アーマーの三点だ。そのどれもが曇った鏡のように色褪せており、元の輝きは予想すら難しい。
脚部は短パンのみゆえ、むき出しの足は煙に炙られている。
それでも、煙たいこと以外は気にも留めない。周囲を観察しながら、ズンズンと奥を目指す。
ここは迷いの森。ミファレト荒野の南西に位置する、緑豊かな土地だ。
本来ならば、部外者に探索など許されない。結界が人間の方向感覚を狂わせ、結果的に森の外へ排出されてしまうためだ。
しかし、この二人は森を焼きながら前へ進めている。
結界が作用しないのだから、足取りは軽快だ。
この結界は、魔眼を宿さない者だけを狂わせる。迷いの森は魔女を受け入れるための場所ゆえ、必然の制約だ。
彼女らを派遣した人物は知っている。
迷いの森についても。
ハクアという人物についても。
だからこそ、渡り鳥という手札でこの地を襲わせた。
ここまでは順調だ。
資源を奪うように、あるいは追い込むように、炎の魔法が森を焼け野原へ変えている。
「インフェルノ」
子供のような声はもう一人の魔女だ。
モカ。身長は姉と比べると頭一つ分低い。灰色のワンピースは飾り気がなく、白い髪が長いことから、その雰囲気は幼さと無機質さが共存している。
身の丈に匹敵するほどの巨大なこん棒を携えており、それをずるずると引きずるさまは不気味だ。
彼女の戦闘系統は魔攻系。様々な攻撃魔法を習得しており、インフェルノはその威力と範囲から上位魔法に分類される。
巨大な火柱はまさにそれだ。森を焼き払うように四本の炎が吹き上がると、それらはモカの指定した地点で合流後、より巨大な火柱となって爆発霧散する。
完膚なきまでの自然破壊だ。多数の針葉樹が跡形もなく燃え尽きる。
この光景に胸を痛めたわけではないのだが、姉も愚痴るしかない。
「ミスリルアーマーが煤だらけ。あぁ、モカが悪いわけじゃないから気にしないで」
「うん」
二人の周囲は真っ赤だ。朽ちるように木々が燃えており、塊のような煙を噴き出している。
この地はもはや戦場だ。二人の侵入者が、そう仕向けた。
真っ黒な倒木をピョンを飛び越えながら、オルトリンデが周囲を見渡す。
「敵の姿が見当たらない。気づいているはずなのに……」
妹の魔法を目の当たりにして、逃げ出す算段を相談しているのか。
反撃のチャンスを窺っているのか。
どちらにせよ、今は進む。
そして、森を焼き払う。
「インフェルノ」
詠唱に要する時間は五秒。立ち止まる必要はないため、進行速度に影響はない。
樹木よりも大きな火柱が、自然をいともたやすく蹂躙する。
本来ならば、この凶行は長くは続かない。魔法の発動には、魔源を消耗するからだ。
ましてや、インフェルノを筆頭に上位魔法は燃費が悪く、並の傭兵でさえ数発で息を切らす。
そのはずだが、モカは無表情を崩さない。
彼女が膨大な魔源を蓄えている証左だ。
細腕でありながら、巨人族のこん棒を持ち運べる腕力。
特殊な能力を備えた魔眼。
尽きることのない魔源。
そういった点からも、その実力は計り知れない。
この姉妹と荒野で待機しているティットスとタイガーの四人が、渡り鳥というチームの構成員だ。
彼女らに託された使命は、この地の魔女を抹殺。
イダンリネア王国を攻め込む際に、迷いの森の魔女が立ちはだかる可能性がある以上、事前に潰すことは良策と言えよう。
魔物が溢れるこの世界において、人間同士で殺し合うことは愚かだ。
少なくとも創造主はそう考えているのだが、魔女には魔女の事情がある。
復讐だ。
この姉妹は、両親を王国に殺されている。
遡ること十八年。イダンリネア王国が建国千年の式典で賑わう中、魔女が水を差すように戦争を仕掛けた。
王国軍はアダラマ森林でこれを迎え撃つも、両陣営共に犠牲は甚大だ。
その際の戦死者に、オルトリンデとモカの両親が含まれる。
親の無念を晴らすために、子供達が立ち上がるという悪循環。この連鎖を解く方法は、残念ながら見当たらない。
「来たよ。数は二、いや三」
姉妹のどちらかが、バキンと枯れ枝を踏み抜いた瞬間だった。
オルトリンデが、魔眼をこらしながら足を止める。
「どこ?」
モカも真似るように立ち止まる。
しかし、煙が立ち込める以上、この周辺は視界不良だ。観察眼については、姉の方が優れているらしい。
「真っすぐ前から。タイフーンで森ごとやっちゃって」
「わかった」
迅速な判断だ。
指示を受け、小さな体が光に包まれる。長髪とワンピースがゆらゆらとたなびく中、その瞳は前だけを見据えて動かない。
発光現象はきっかり五秒。
煙を払うため。
邪魔な樹木をなぎ倒すため。
そして、現れた敵を殺すために、突風が吹き荒れる。
タイフーン。風属性の上位魔法。定めた地点とその周辺に、大規模なかまいたちを発生させる。インフェルノと異なり不可視の魔法ゆえ、狙われた側は無傷では済まない。
針葉樹が無残に切り裂かれる中、いくつかの悲鳴が木霊する。
「下がって」
「イタッ! 切られた!」
「うぅ、わたしも~」
三つの声は慌てながらも、状況の立て直しに必死だ。
対照的に、攻撃を仕掛けた側は微動だにしない。
周囲が鎮火したことから、視界は良好だ。
この瞬間、二人と三人は互いの姿を捉える。
白髪の姉妹が見つめる先には、三人の魔女が慌てながらも戦闘態勢へ移行中だ。
中肉中背であること以外は、共通点が見当たらない。
「治療を急いで」
一人目は黒髪の魔女。その髪は少年のように短い。
一方で、彼女の体躯は蠱惑的だ。フード付きのローブは黄土色ゆえ、本来ならば地味なのだろう。それでも色香が漂う理由は、大きなベルトを巻いて体のラインを浮かび上がらせているためか。
彼女の名前はサタリーナ。警戒班の班長であり、その実力は背後の二人を凌駕する。
後方の部下だが、どちらも負傷した。
ゆえに、指示がなくともそうしただろう。
「キュア~。んでもって~……、キュア~」
気の抜けた声は生来のものであり、やる気がないわけではない。
ナーフェ。革鎧と着用する身軽な女性。その身なりは傭兵と大差ないも、短剣や防具は王国産ゆえ似通って当然だ。
露出した右腕から出血するも、得意の回復魔法であっさりと完治させる。
警戒班として、敵の襲来に気づいた一人だ。挨拶代わりのタイフーンで血を流すも、今は涼しい顔で黄色い短髪を整えている。
「ありがとう。あー、痛かっ……、うわ、仕事着が破れてる。ショックだわ……」
この三人の中では彼女が最年長だ。
ルル。ナーフェと共に森を監視していた一人。
強風の刃に晒された結果、チュニックの袖を切り裂かれてしまう。
同時に頬や腕にも裂傷を負うも、衣服が傷ついたことの方が彼女としては痛手だ。子育ての最中ゆえ、子供服も含めてこういった出来事にはナイーブに反応してしまう。
「ルルとナーフェはここで待機。先ずは私が……」
片手剣を鞘に納めたまま、班長が一歩を踏み出す。部下二人の声援を背中に受けながら、目指す先は不届き者の眼前だ。
焼け焦げた地面の上で立ち止まると、ガンを飛ばすように語りかける。
「あなた達、ここがどこだかわかっててやってる?」
氷のような声だ。苛立つと言うよりは見下すような口調だが、故郷がこうも焼かれれば、敵視しない方がおかしい。
この呼びかけに対して、姉が淡々と反応する。
「愚問です。邪魔をするなら殺してあげます」
そのためにこの地へ赴いた。敵の方から現れた以上、ためらう理由がない。
右手の片手剣も、左手の盾も飾りではなく殺すための道具だ。胸部アーマー含めてその全てが傷だらけであろうと、殺傷能力や耐久性に支障はない。
殺意を振りまくサタリーナと襲撃者。
それでも、情報収集を兼ねた話し合いは続行される。
「邪魔しないって言ったら、見逃してくれるの?」
「いいえ、全員殺します」
「そう。全員って、具体的に何人かわかってて言ってる?」
鬼気迫る重圧に対して、サタリーナは一歩も引かない。
眼前の二人が手練れであることは重々承知だ。隙の無い所作も去ることながら、迷いの森を部分的に焼け野原へ変えられる実力は、常識の範疇から外れている。
それでも、部外者を食い止めることが警戒班の仕事だ。
サタリーナは班長として、課せられた責務を全うするつもりでいる。
対照的に、オルトリンデとモカはリラックス状態に近い。不真面目と言うわけではなく、肩肘張る必要がないと理解しているためだ。
自分達なら圧勝出来る。そう確信しているからこそ、つまらない問答にも付き合うつもりだ。
「いいえ。教えてください」
「え? あ、あー……、い、いっぱいよ。知りたかったら自分達で数えて」
サタリーナが墓穴を掘った瞬間だ。
自分で振っておきながら、集落の人口を把握出来ていなかった。
後方の部下二人が必死に笑いを堪えれる一方で、彼女の顔は赤く染まる。
不思議な光景を眺めながら、無口な妹の意志を代弁するようにオルトリンデが口を開く。
「そうですか。先ずは三人。この調子で、殺しながら数えたいと思います」
「なにが三人よ。やっぱり、あなた達の魔眼は節穴ね」
「どういう……」
少なくとも、ここには二人と三人しか見当たらない。
そのはずだが、オルトリンデが息を飲む。
「モカ、気を付けて。包囲されてる」
「わかった」
ここは迷いの森。えぐるように焼かれようと、広大な土地には依然として樹木が残っている。
警戒班にとっては慣れ親しんだ庭だ。姿を見られずに標的へ近づくことなど造作もない。
オルトリンデが自分達へ向けられる視線と殺気に気づいたところで、既に手遅れだ。後方は焼け野原ゆえ安全そうだが、それ以外の方向からは無数の気配が感じられる。
「まぁ、いいわ。手間が省けて助かるもの」
片手剣を揺らしながら、魔女が胸を張る。
隣の妹も無表情を貫いており、姉妹は微塵も揺らいではいない。
その点では、迎え撃つ側も同様だ。
「ねえ、一つだけ教えて。あなた達って、どこから来てるの?」
未だ煙臭い空間で、サタリーナが静かに問う。
敵の本拠地を知ることが出来れば、反撃が可能だ。
故郷でもある森が一部とは言え焼かれてしまった以上、恨まずにはいられない。
「教えませんよ。教えても意味がありませんし」
「意味はあると思うのだけど」
「これから死ぬのに?」
この問答が引き金だ。
単独で突出した愚か者を始末するため、オルトリンデが斬りかかる。躊躇のない疾走は力強く、並の反射神経では視認すらままならない。
その証拠に、サタリーナは棒立ちだ。仮に今から反応出来たとしても、自身が斬られるという未来は変えられない。
その時だった。もう一つの引き金が、撃鉄を叩く。
圧縮されたような爆発音。その発生源は、彼女の右前方だった。
一人目の首を見せしめも兼ねて斬り落とそうとするも、それは叶わない。
意識外からの攻撃だった。右目に近い額部分を弾丸で撃ち抜かれてしまう。
狙撃だ。遠方というほど離れてはいないのだが、拳銃の持ち主は身を潜めながら抜群のタイミングで射撃を成功させる。
銃口から発射された弾丸の速度は、音速の二倍以上。人間如きに反応出来るはずもなく、頭部を撃たれたのなら再起不能は確実だ。
そのはずだが、サタリーナはこのタイミングで片手剣を構える。
「なるほど、銃じゃ殺せない、と。私と同等かそれ以上……」
目を疑いたくなるような光景だ。
撃たれたはずの魔女が、一歩後ずさっただけで踏ん張ってみせる。
仰け反った姿勢のまま動かない理由は、この状況を冷静に分析しているためだ。
「今のは銃? さすがにチクッとしました」
そう言いながらも見かけ上は無傷だ。凝視すれば部分的に赤くなってはいるが、虫刺されと大差ない。
もっとも、サタリーナは反論せずにはいられない。
「嘘つき。顔だけでなく上半身もぐいーんって仰け反ってたわよ。まぁ、倒しきれなかった時点でこっちも失敗だし、痛み分けね」
「魔女の癖に、王国の武器を使うなんて」
「え? それって何かの冗談? あなたの剣も、盾も、鎧だって、どう見ても王国の物にしか見えないのだけど」
「これは王国軍から奪った戦利品。意味合いが違います」
「そういうのを屁理屈って言うの。あ、私達は欲しいものは買えば済むから、そんなせこいことしないけど」
突如として始まった口論だが、サタリーナは一歩も引かない。
彼女の言う通り、この地の魔女はイダンリネア王国ないし周辺の村から、必要な物資を買い付けている。それを可能とする資金を持ち合わせており、高額な拳銃についても必要とあらば入手可能だ。
「そうですか。でしたら、あなた達を殺して全て奪います」
「やれるもんならやってみなさい。おかっぱ頭」
「これはボブ」
見苦しい言い合いと共に、剣と剣がぶつかり合う。
叩くように斬れば受け流され、上半身と下半身を分断するように薙げば、受け止められる。
火花が飛び散るほどの剣戟だ。
二人は一対一にこだわってはいないのだが、周囲の魔女達は魅入るように見守るため、結果的にはそうなっている。
この状況が崩れるとしたら、どちらかの敗北か降参以外ありえない。
ゆえに、あっさりと訪れる。
「はぁはぁ、ハクア様! こいつ強いです!」
サタリーナが音を上げる。相手の刃を力一杯弾くも、余力はほとんど残っていない。
避難するように後方へ跳ねるも、同時に助けを求める。
なぜなら、対戦相手は汗一つかいていない。
このままでは確実に負けると気づかされた以上、彼女の判断は迅速かつ正しい。
しかし、救いの手が差し伸べられるかどうかは別問題だ。
「あんた技術系でしょう? 明鏡止水で抗ってみせなさい」
焼け野原に響く、サタリーナ以外の声。呆れるようなトーンながらも、事実呆れているのだから当然か。
「つ、使ったんです! 使ってこれなんです!」
上司の精神論には屈しない。
命乞いとも言えるのだが、このままでは確実に負けてしまう。敵を包囲しながら自分だけが殺されるという事態を避けるためにも、説得を試みずにはいられない。
明鏡止水とは、技術系の人間が習得する戦技だ。たったの二秒間ながらも、二倍の速さで動けるようになる。
一対一の死闘においては必殺の手札ながらも、オルトリンデとの斬り合いにおいては防戦のために使わざるをえなかった。
それほどの強敵だ。
奥の手を使ってなお勝ちきれなかった以上、サタリーナに勝機は残されていない。
慌てふためく部下を盗み見ながら、声の主は息を吐く。
「情けない。だったら……」
大事な部下を守るため、ため息ついでに次の指示を出そうとするも、この瞬間、焼け焦げた森に殺気が満ちる。
発生源はサタリーナの眼前、オルトリンデだ。
邪魔が入る前に一人目を始末する。そのために柄を握り直すも、予備動作はこれだけだ。
両者の距離はたいして離れていなかった。詰め寄る時間も、片手剣を振り下ろす動作も、まばたきよりも一瞬だ。
それでもなお、銀色の刃は空を切る。
当然だ。そこにサタリーナは立っていない。
彼女はオルトリンデから見て右前方にて、受け身すら取れずに横たわっている。背後から左腕を掴まれ、投げ飛ばされた結果だ。
その実行犯だが、自慢の筋肉を見せつけるように真正面から対戦相手を見下ろしている。
「次は俺の番じゃ。悪いが、手加減はせんぞ」
オルトリンデが小人に見えるほどの巨体だ。紺色の短パンしか身に着けておらず、つまりは裸体を晒している。
問題はその肉体だ。二メートルを越える長身も驚きだが、全身に膨大な筋肉をまとっている。
肉が詰まった皮膚は当然のように硬く、胸筋をピクピクと揺らすことも可能だ。
モーフィス。白髪の老人ながらも、肉体は一切衰えていない。
一方で、頭髪だけはギリギリだ。いくらか残ってはいるものの、若者と比べると本数そのものが圧倒的に少ない。
予期せぬ乱入者にオルトリンデが後ずさるも、半裸の老人に驚いただけだ。気迫負けはしておらず、挑発染みた発言のおかげで冷静さを取り戻す。
「手加減、ですか。でしたらこちらも……」
挨拶も無しに戦闘開始だ。
その一手として、彼女の魔眼が青く輝く。
魔法や戦技と異なり、魔眼の特性は個人個人でバラバラだ。晒された側はその解明に努めなければならず、モーフィスも眉をひそめてしまう。
「むぅ、これは……?」
わかることは一つだけ。これは対象に何らかの影響を与える。
老戦士は体の違和感から即座に見抜くも、それ以上のことはわからない。
種明かしも兼ねた解答は、魔女の方からもたらされた。
「魔眼の名前はホーリー・ディレイ」
先ずは名称から。
同時に、巨体な肉体へ斬りかかる。
「ぐ、う……」
わずかな鮮血は、斬撃を避けられなかった結果だ。
むき出しの左胸から右わき腹にかけて、裂傷が出来上がる。
「能力は、動作の鈍足化。具体的には、きっかり半分に落としてみせる」
ホーリー・ディレイ。これがオルトリンデの魔眼だ。
走る速さも。
攻撃を避ける際の回避行動も。
ありとあらゆる動作が鈍ってしまう。
だからこそ、モーフィスは斬撃を避け切れなかった。それでも致命傷は避けられたことから、戦闘は当然のように継続だ。
「厄介な魔眼じゃのう。こと接近戦においては部類の強さじゃ」
「そうですね。おじいさんがどんなに強くても、私には勝てません」
「そうかもしれん。ついでなんじゃが、あちらのチビッ子についても教えてくれんか? 妹か?」
モーフィスの筋肉が赤く染まるも、戦闘の継続に支障はない。相手の戦力を探る余裕さえあり、その視線は後方の魔女へ向けられた。
モカは依然として棒立ちだ。心の中では姉を応援しているのだろうが、無口ゆえに口には出さない。
「正解です。知られても困らないから教えてあげます。魔眼の名前はセイレーン。見るだけで相手の魔源を吸い取れます」
「ほう。しかも戦闘系統は魔攻系、最高の組み合わせじゃ」
モーフィスの言う通りだ。
攻撃魔法で魔源が尽きようと、生き残った敵から奪えるのならば、もはや無尽蔵と同義だ。
もしくは、姉から吸い取るという選択肢も残されており、この姉妹には隙が無い。
接近戦主体のオルトリンデ。
後方支援のモカ。
鉄壁の布陣だ。互いが互いの土俵で戦えるため、どのような局面にも対応可能だ。
そのような幻想は、丸太のような右腕によって砕かれる。
「だとしてもじゃ」
決着は一瞬だ。
巨人族のような巨体が動いた結果、オルトリンデの胴体から頭部が失われる。
手品ではない。
斬り落とされたわけでもない。
ただただ単純に腕力だ。
オルトリンデが反応出来ない速さで近づき、振り抜くように顔面を殴った。
その結果、敗者の頭部はボールのように吹き飛ぶ一方、残された遺体は真っ赤な噴水を吹き上げる。
「油断するからじゃ。真面目に戦えば、もうちょびっとは生きられたじゃろうに」
魔眼の影響で動作が遅くなろうと、本気を出せば上回れる。
この老人はそれほどの強者だ。勝ち誇る若者に後れを取るほど、愚かではない。
こうなってしまっては、これ以上の戦闘は無意味だ。
残りの敵は、子供のような魔女が一人。
姉が無残に殺されたことから、妹に勝機を見出せるはずがない。
「おまえさん、十五、六といったところじゃろう? こちらが知りたい情報を話してくれれば、苦しまずに殺してやるぞ」
唖然とする魔女へ、モーフィスが言い渡す。
モカの容姿は人形のようだ。
白い髪は長く、灰色のワンピースはダボっと大きい。巨大なこん棒が不釣り合いながらも、上位魔法の使い手であることから身体能力も優れていることは想像に難くない。
その魔眼がチラリと動いた理由は反論のためだ。
「違う。モカは二十一歳。こう見えて立派な大人」
「そうか、すまんかったのう。じゃがな、おまえさんの姉を殺したことについては謝罪せんぞ。先に仕掛けてきたのはそっちじゃからな」
至極まっとうな論法だ。
殺さなければ殺される。
これはそういう戦闘であり、警戒班や里の住民を守るためにも、相手を殺し返すことは最善手だ。
「別に。おねえちゃんは弱かった。足手まといが死んでくれて、モカとしても戦いやすい」
この発言がモーフィスの思考を一時的に混乱させる。
予想外過ぎた。
本来ならば、悲しむか激怒のどちらかか。
しかし、眼前の魔女は表情一つ変えない。
長い年月を生きてきたからこそ、モーフィスはその意味を理解するのに時間がかかってしまう。
その隙を、この魔女が見逃すはずがない。
目にも留まらぬ速さで、巨大なこん棒が振り抜かれる。
予備動作すらない横一閃。
だからこそ、反応など不可能だ。モーフィスは木々とぶつかりながら森の奥まで吹き飛ばされてしまう。
大質量がもたらす暴力を前にしては、巨躯も道端の石ころと大差ない。
周囲がざわつく中、魔女はつまらなそうにつぶやく。
「おじいさんも、こんなものなの?」
その細腕が怪力だと改めて証明された。
身の丈ほどはあるこん棒を、音を置き去りにするほどの速度で薙ぐ。
素振りだけでも拍手喝采ながら、二メートルを上回る大男を球技のように遠方へ飛ばした。
攻撃魔法の使い手ながら、接近戦もこなせてしまう。
この事実とモーフィスの退場に空気が凍り付く中、叫び声が森を揺らす。
「まーだまだー! 俺はピンピンしとるぞー!」
騒がしい足音と共に、巨体の老人が焼け野原に帰還する。
あちこちが汚れているものの、出血の類は見当たらない。口に入った土を吐き出しながら、モーフィスは誰かを探すように木々を見渡す。
「こいつは俺がやる! 里長の出番はないぞい!」
姿を見せぬ人物への決意表明だ。
交渉相手はハクア。この里の頂点であり、警戒班からの報告を受けて襲撃者の到来は把握済みだ。
身を隠しながら観戦しており、いざとなれば割って入るつもりでいる。
それだけの実力を備えているのだが、釘を刺された以上、見守るしかない。
「だったら倒してみせなさい。その子は間違いなく超越者。あんたと同類よ」
「ガハハ! わかっておるわい!」
ハクアの許しが出たことから、モーフィスは鼻息荒く向き直す。
対戦相手は非常に小柄だ。両者共に、首を傾けなければ相手が見えない。
大木のような老人を見上げながら、モカがつぶやく。
「おじいさん、頑丈だね」
壊せると思っていた。
「当然じゃ。常日頃から鍛えておるからな」
この程度ではへこたれない。
大げさに吹っ飛んでしまったが、少なくとも闘争心は無傷のままだ。
迷いの森で、彼らは戦う。
戦場は山火事のように燃えている。空気が乾燥しているため、さらなる延焼は必然か。
背負うものは違えど、両者はこうして相まみえた。
自分達と森を守るため。
王国への復讐を果たすため。
立ち位置も使命も異なるが、殺し合うことに変わりない。
もっとも、彼の心にも黒い感情がくすぶっている。
老人の名前はモーフィス。里長に次ぐ、実力の持ち主だ。
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