「……ウニャ、シーニャもアックと戦いたいのだ」
「ごめんな。奴はシーニャを脅威と見てルティを指名したんだ。だからシーニャはここでフィーサと応戦していてくれるか?」
「シーニャを嫌がったのだ? それならここを片付けたらアックの所に行くのだ! ウニャッ!」
「ああ、それでいいよ」
フィーサは分かっていたようで、何も言わずに待機したままだ。説得に時間を使うと思われていたシーニャは、敵の評価に気を良くして尻尾をぶんぶんと振り回している。
そうなると問題はルティの返事と覚悟だけ――そう思っていたが、彼女はおれの腰に両手を回し、いつの間にか密着していた。
「ぐすっ、あぅぅっ……うぐずっ――」
「ル、ルティ……!? 何だ、何でまだ泣いているんだ?」
「せっかくの魔法が~精霊竜さんが~……」
どうやら何も分からない状態で自分の精霊竜を取られてしまったことに相当ショックだったようだ。
以前はここまで泣きじゃくることは少なかったはずだが、何も出来なかったうえにサンフィアが急にいなくなったのがショックだったらしい。
「魔法は適性の問題があるし、仕方ないと思うぞ。それと精霊竜なら奴から取り返せばいいだけのことだ。それとも諦めているのか?」
「ぞんなごど、ありまぜんでず……ぐずっ」
「それなら泣き止んで敵のアジトに行くぞ。ルティも一緒にだ!」
「あ、あいいっ」
ようやく泣き止んでくれたか。
「……奴がどう動くか分からないが、頼むぞルティ!」
「は、はいっっ!!」
ルティが泣き止むのを見計らったかのように、魔導士が二人ほど近付いて来た。相変わらず魔導士のローブに身を包んでいて、奴らの素顔は見ることが出来ない。だが目的がはっきりしている以上、気にすることでも無いだろう。
「よし、行くぞルティ!」
「はいっっ!」
精霊竜が吐き出したブレス攻撃で、奴らのアジト周辺に近づいていない。しかし歩き進んだ先に見えたのは、予想に反してみすぼらしい小さな小屋が建っているだけだった。
奴の言うように元々竜の縄張りだった場所だとすれば、小屋の裏に何かがあると思っていいだろう。
「アック様っ! 誰か立っています!」
「ウルティモだな」
先に気付いたルティの言う通り、奴はただ一人で待ち構えていた。今まで向こうから突っ込んで来ることは無かったのだが、その認識はすぐに覆された。
遠目から見えていた奴を目視した次の瞬間、影を伝って奴はおれの眼前に立っていた。手元からは閃光が走り、そのまま手刀が頭上から振り落とされる。
「――近接戦闘か!」
「…………」
「ちぃっ! 自らを刃としているっていうのか」
何の武器も持たず、手刀で攻撃してきた敵は初めてのことだ。躱《かわ》せられないほどの速さは無く、首や肩を上下左右に動かしているだけだがここからどのようにして来るのか。
「あ、あのぅ……? アック様~」
「何だ、ルティ。今それどころじゃ――」
「さっきから何と戦っているんですか~?」
何を言うかと思えばルティには見えていないのか?
「――何? 何とって……」
「わたしからは黒い影にしか見えないです~」
「影……?」
よくよく見ればただの影だが、手元から閃光が走ったのはどういうことなんだ?
試しに攻撃を受けてみるべきだろうが、無駄にダメージを負いそうな予感さえある。
「アック様、影ならきっと痛くないですよっ!」
「……むむ」
ルティの言うように警戒しすぎなのだろうか。そう思いながら、影からの手刀を受け止めてみることにした。
だが、
「死ぬことになるがいいのか? アック・イスティ」
「な、何っ!? お前はウルティモ! やはり影に化けていたのか?」
「それも違うな」
ご丁寧にも奴はあっさりとおれの前に姿を現わす。影に重なるように立っているが、やはり何も武器は手にしていない。
「どういうことだ?」
「闇魔法の一種でもあるが、『影身魔法』といったところだ。知らぬのも無理はなかろう」
「……そうだな、見たことは無い。それも何かの末裔てやつか?」
「われは一つに限らぬスキルとジョブを併せ持つ者。故に武器など無意味。もっとも、アック・イスティ。キミもそうであろう?」
「……面倒な奴め」
何もかも見透かされていたわけだ。こういう相手はやりづらい。
「さて、影を使ってすでにキミの後ろを突いたわけだが、すでに影を弾く装備を身に着けていたとはさすがと言える。それもガチャスキルの恩恵というやつかね?」
「何? 後ろ……?」
まさかガチャスキルのことまで知っているとはな。しかし背後の攻撃を喰らった感触はない。
一体どういうことだ?
「ルティ! おれの背中が見えるか? 見えるならどうなっているか教えてくれ!」
「はぇ? 背中ですか~?」
「そうだ」
奴が目の前にいる状況にあるが、どういうわけか決着を急いでいないように見える。ルティの役目が完全に観察係になってしまっているが、そうせざるを得ない。
「はぇぇぇぇ!? アック様の背中に無数の刺し傷みたいな痕が――でも、血も何も出てないですよ~」
「刺し傷!? そんなバカな……」
「その代わりかもですけど、マントがボロボロになってるです」
「……マント?」
そういえば召喚ドワーフ戦の前にガチャで色々出したが、それのことだろうか。
背中に手を伸ばしマントを外すと、【劣化したリチュエルマント:修復不可】と出た。これが特定の攻撃をはね返すだった気がするが。
……なるほど、そういうことだったか。
「アック・イスティ。キミの足掻きには尊敬を覚える。さて、そろそろいいかね? われはキミを死なすことを求めているわけだが?」
「マントが役に立たないから、背後から影で一刺しか?」
「なに、そんな手間を取らずともめまいの内に終わる」
めまいといえば、サンフィアと一緒に喰らった妙な技だ。あれも闇魔法か何かだろうか。装備破壊をする奴である以上、魔法攻撃からの僅かな勝機を見つけるしか無さそうだが。
「めまいか。だがその前に、おれからも影に似た攻撃で足掻《あが》かせてもらう!」
「……ふむ。では期待しよう」
どうやらウルティモとの戦闘は面倒かつ、厄介のようだ。めまいになる正体を見つけなければ最悪な展開になるのは避けられそうにない。
だが、まずはマントと同時に出したモノで仕掛けてやることにする。