颯人は有名な和菓子店で、女の子が好きそうな可愛いデザインの和菓子を、上機嫌で選んでいた。
日曜日の事を考えると顔が緩みっぱなしだ。隣では従兄弟の篤希が呆れたように颯人を見ている。
「まさかそれ七瀬さんに買っていくんじゃないだろうな。」
「そうだけど、何か問題あるか?」
篤希の方を見ると彼の後ろに若い女性が二人いて、颯人の方をチラチラと見ている。にっこりと微笑みかけると、彼女達は顔を真っ赤にして、こそこそ何か話している。
「いいか、颯人。なぜ俺があの地味な七瀬さんを秘書に選んだか分かるか?またお前に恋心を抱き問題を起こして辞めてしまったら、俺が大変になるからだ」
「七瀬さんは別にそんな子じゃないだろう」
颯人は和菓子を包んでもらい会計をする。
「そうだ。彼女は今の所真面目に働いていて、幸いお前に興味も持ってない。彼女のことはそっとしておくんだ」
「失礼だな。俺は何もしてないぞ。ただ頑張って働いている自分の秘書に、ちょっとしたお礼として買ってるだけだ」
「あのー、すみません」
先ほどの女性2人が、颯人と篤希が店を出た所を呼び止めた。
「もしよかったら一緒にお茶でも行きませんか?」
彼女達は真っ赤になりながらも、懸命に颯人と篤希を誘ってくる。颯人はいつものキラースマイルで微笑んだ。
「申し訳ありません。これから急いで会社に戻らないといけないので」
「あの、だったら連絡先とか教えてもらえませんか?」
女性が颯人に詰め寄ろうとしたところ、篤希がそれを遮った。
「本当に申し訳ありません。今急いでいますので。」
そう言いながら、颯人をタクシーに押し込んだ。
「いいか、七瀬さんはとてもいい子だ。お前の様な男は彼女には荷が重すぎる。わかるか?そっとしておくんだ。気を持たせる様なことはするな」
篤希は眼鏡を押し上げてため息をつくと、タクシーの背もたれに寄りかかって目を閉じた。そんな篤希を颯人はひと睨みすると、手に持った和菓子の袋に目を落とした。
別に蒼をどうこうしようというのではない。ただ彼女が喜ぶ姿が見たいだけだ。
彼女は慣れない秘書の仕事を必死に覚えようと、夜遅くまで仕事している時がある。また過去の秘書と違い、颯人のプライベートに踏み込んできたり色目を使う事も無い。最初はあまり期待もしなかったが、今では秘書として立派に仕事をこなしつつある。
しかし気になるのは彼女のあの地味な変装だ。一体何の為にやっているのかわからない。
彼女と初めて会った日に思ったのだが、あの地味な格好の下には美しい姿が隠れている。それはつい最近、彼女が眼鏡を外している姿を見て確信した。
颯人はそんな蒼に興味を持ったのだ。あの醜い仮面を外したらどんな美しい女性が現れるのだろうと。彼女は颯人の好奇心をくすぐる。一体どんな女性が隠れているのか。彼女の事をもっと知りたい。
突然携帯がなり着信を確認もせず電話を取ると西園寺琉花の声が聞こえた。
「颯人!もうやっと電話に出た〜。ねえ今晩時間ある?一緒にご飯食べようよ〜」
琉花の甘えた声を聞き、颯人は溜息をつく。なぜ確認して電話を取らなかったのか。
琉花の父親は颯人の父が会長を勤めている桐生グループの親会社、KS IT Solutionsの専務をしている。琉花の西園寺家とは家族同士で長い付き合いがある為、琉花を無下にすることができない。
「悪いが今日も仕事で忙しい。多分今月一杯は無理だ。来月また家族で顔合わせがあるだろう。その時に行くから。」
「ええっ、また?最近颯人そればっかりじゃない。どうして?」
電話の向こうでぐすっと涙声になっている。颯人はそれを聞いて更にいらいらする。
琉花は蒼と同じ25歳だ。彼女は現在インフルエンサーとしてSNSから色々なコンテンツを発信していてそれを主な仕事にしている。
コンテンツの内容は主にメイクやファッションなどで彼女はそれらに大金をつぎ込んでいる。また目が必要以上に大きく見えるよう整形したり、肌が白くシミが一つも無いようにする為レーザー治療に行ったり、体型を保つ為に毎日マッサージやジムなどに通ったりとそれはもの凄い。
琉花は西園寺家の一人娘で親に甘やかされて育ったためか気が強く我儘だ。自分の思い通りにならないと癇癪を起こしよく周りを振り回す。颯人の会社でも過去に秘書と大騒動を起こし現在颯人から会社へは立ち入り禁止命令を受けている。
「琉花…嘘泣きはやめろ」
「嘘泣きじゃないもん!一体最近の颯人は何なの?どうして会ってくれないの?」
「いいか、俺には従業員200人を雇っていかなければならない責任がある。従業員を路頭に迷わせる訳にはいかないんだ」
「……わかったわよ。来月必ず来て。お父さんとお母さんが颯人に話したい事があるって言ってるから」
そう言って琉花は電話を切った。颯人が大きく溜息をつくと、隣で篤希が同情したような目で颯人を見た。
「お前も大変だな。そのうち西園寺家から正式に結婚の申し出がくるぞ」
「それを言わないでくれ。俺はあんなお子様と結婚する気はない」
琉花と結婚することを考えるとゾッとする。
颯人は美人が好きだが、美人と言っても色々とタイプがある。可愛いいつまでも少女のような琉花を好きな男もいるが、颯人はもう少し大人びて見える女性が好きだ。ただしあまりゴージャスすぎるとそれも行き過ぎていて、大人の女性の中に少しあどけなさが絶妙にあるそう言うタイプが颯人は好きなのだ。
そして性格ももっと穏やかで、男に頼らず独立して芯のある女性だ。メイクや着る服だけに人生を捧げているような外面だけの人間ではなく、もっと世の中の事に関心を向け、それに対し何かしらの貢献や努力をしている大人の女性。
…そう、例えば七瀬蒼のような――…
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