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みら

5,141
#BL
kaede🍁
14,585
その日の夜。
ベッドに入った阿部は、隣にいる目黒をちらりと見た。
昼間、一生懸命考えた。
渡辺にも相談した。
昨日のように『全部ちょうだい』なんて強い言葉は使わない。
今日はもっとマイルドに。
翌朝に支障が出ない程度に。
それが今日の目標だった。
目黒はそんな阿部の視線に気づくと、少しだけ口元を緩めた。
「あべちゃん」
「何?」
「今日は?」
嫌な予感がする。
阿部は何も知らないふりをした。
「今日はって?」
「おねだり」
やっぱり。
目黒は身体を少し阿部の方へ向ける。
「して?」
その顔がすでに楽しそうなのが気になる。
でも今日は大丈夫。
ちゃんと考えてきた。
阿部は一度息を整えてから、目黒を見る。
「……もう少しキスして」
目黒の目が少し細くなった。
「うん」
「あと……」
これも言う。
大事な条件だ。
「跡つけるなら、少しだけ」
「分かった」
「噛むのも」
阿部は昨日痛かったところを思い出しながら、念を押す。
「痛くないくらいにして」
「分かった」
全部。
きちんと伝えた。
目黒も全部。
分かったと言った。
阿部は少し安心する。
「……今日は、それだけ」
「うん」
目黒が笑う。
「じゃあ、もう一回だけ聞いていい?」
「何?」
目黒は阿部の目を見ながら、嬉しそうに言った。
「今日は俺のこと、欲しい?」
「……」
そこは聞かなくていい。
阿部はそう思ったけれど、目黒は答えを待っている。
昼間のメモが頭をよぎった。
『今日は、ちょっとだけ欲しい』
第一候補。
これだ。
阿部は少しだけ頬を赤くしながら、目黒へ近づいた。
「……ちょっとだけ」
「何が?」
「分かるでしょ」
「聞きたい」
「めめ」
「うん」
逃がしてくれそうにない。
阿部は諦め、小さな声で言った。
「……今日は、ちょっとだけ欲しい」
一瞬。
目黒が黙った。
阿部はその顔を見ながら。
少しだけ嫌な予感がした。
「……めめ?」
「分かった」
目黒はものすごく嬉しそうに笑った。
そのまま阿部の頬へ手を添え、唇を重ねる。
最初は。
本当に優しかった。
ゆっくり触れて、少し離れる。
もう一度重なる。
阿部も安心して目を閉じた。
これなら大丈夫。
今日はちゃんと加減できている。
そう思ったのは。
最初だけだった。
次第にキスが深く、長くなっていく。
「……ん」
ようやく離れた時。
阿部は少し息を整えながら、目黒の顔を見た。
「……」
目が合う。
そこで。
阿部は気づいた。
まずい。
これ。
絶対まずい。
さっきまで優しく笑っていた目黒と、何かが違う。
目黒は阿部を見つめたまま、もう一度顔を近づける。
「めめ」
「ん?」
返事は優しい。
でも。
完全にスイッチが入っている。
阿部は昼間作ったメモを思い出した。
『危険度:低』
もう少しキスして。
『危険度:低』
だったはず。
研究結果。
たぶん。
失敗。
そう悟った時には、もう遅かった。
翌朝。
阿部はベッドの中で目を覚ました。
しばらく。
天井を見る。
「……」
身体を少し動かす。
「……いた」
普通に痛い。
さらに起き上がろうとして。
「……だる」
普通に気怠い。
阿部はそのまま枕へ戻った。
何かがおかしい。
いや。
何がおかしいかは分かっている。
昨日はちゃんと伝えた。
『少しだけ』
『痛くないくらい』
『もう少しキスして』
完璧だった。
少なくとも。
阿部の計画上は。
完璧だった。
なのに。
結果。
「……あんまり変わってない」
阿部は隣を見る。
目黒はまだ眠っている。
幸せそうな顔で。
とてもよく眠っている。
阿部はしばらくその寝顔を見つめてから、自分の首元へそっと触れた。
「少しだけって言ったのに……」
跡は昨日より控えめ。
そこは守られている。
噛み方も昨日ほど痛くはなかった。
条件自体は。
一応守っている。
問題はそこではなかった。
おねだりをした瞬間から。
目黒のテンションそのものが百になった。
阿部は目を閉じた。
そして。
昨日作ったメモを頭の中で修正する。
『もう少しキスして 危険度:低』
違う。
『危険度:高』
いや。
違う。
おねだりの内容ではない。
阿部はようやく。
一番重要なことに気づいた。
目黒は。
阿部がおねだりをする。
それ自体が嬉しい。
つまり。
何を言うかは。
あまり関係ない。
「……」
阿部は布団の中で頭を抱えた。
知りたくなかった。
ものすごく知りたくなかった。
でも。
研究結果としては。
認めるしかない。
「……めめ」
隣の目黒は眠ったまま。
阿部は恨めしそうにその横顔を見る。
そして。
小さく呟いた。
「ゼロか百しかないじゃん……」
阿部はもう一度枕へ顔を埋めた。
今日。
収録がある。
そして。
渡辺には。
結果を聞くと言われている。
「……翔太に何て言おう」
少し考えて。
答えは一つしかなかった。
阿部は目を閉じたまま、ぼそっと呟いた。
「……百だった」
隣で。
眠っていたはずの目黒の肩が。
ほんの少しだけ揺れた。
阿部がゆっくり顔を上げる。
「……起きてる?」
「……」
返事はない。
「めめ」
「……」
完全に。
寝たふりだった。
「起きてるでしょ!」
目黒がとうとう笑い出す。
阿部は枕を掴んだ。
「笑わないで!」
「ごめん!」
「全然加減できてないじゃん!」
「条件は守ったよ?」
「そういう問題じゃない!」
朝から響く阿部の抗議を聞きながら、目黒は今日もものすごく幸せそうに笑っていた。
翌日。
収録のため楽屋へ入った阿部は、できるだけいつも通りの顔をしていた。
けれど。
席に着く前に。
渡辺と目が合った。
「……」
「……」
渡辺の目が細くなる。
阿部は嫌な予感がして、そっと視線を逸らした。
「おはよう」
「おはよ」
それだけ。
何も聞かれない。
阿部は少し安心して、自分の席へ向かおうとした。
「で?」
止められた。
阿部が振り返る。
「何?」
「昨日」
「……」
「結果」
やっぱり覚えていた。
阿部は周りを確認する。
まだ目黒はいない。
佐久間と深澤は少し離れたところで話している。
その二人まで。
いつの間にかこちらを見ていた。
「何、その顔」
阿部が言う。
深澤がすぐ近づいてくる。
「だって結果聞くって言ってたじゃん」
「ふっかは言ってないでしょ」
「気になるじゃん」
佐久間も当然のようについてきた。
「俺も!」
「何で全員覚えてるの?」
「作戦会議した仲だから!」
「仲って何」
気づけば。
また四人。
前とほとんど同じ形で集まっていた。
渡辺が腕を組む。
「で?」
「……」
「マイルド作戦」
阿部は少し黙った。
そして。
小さく答える。
「失敗」
三人が同時に反応する。
「え?」
「何?」
「ちゃんと言った?」
阿部は不満そうに頷く。
「言ったよ」
「何て?」
「それは言わない」
「じゃあ分かんないじゃん」
「普通のやつ!」
渡辺が眉を上げる。
「普通のおねだりって何」
「もう少しキスして、とか」
「うん」
「跡は少しだけ、とか」
深澤が頷く。
「かなり具体的じゃん」
「噛むなら痛くないくらい、とか」
佐久間が満足そうに頷いた。
「それ大事!」
「で、ちゃんと守った?」
渡辺が聞く。
阿部は少し考えた。
「……条件は守った」
「じゃあ成功じゃん」
「違うの」
三人が首を傾げる。
阿部は。
昨日の目黒を思い出した。
嬉しそうに笑って。
「分かった」と答えて。
そこから完全にスイッチが入った目黒。
阿部は額を押さえた。
「おねだりした時点でダメだった」
「何が?」
「めめ、百になる」
数秒。
沈黙。
渡辺が先に吹き出した。
深澤も耐えられず笑い始める。
佐久間だけは意味を理解しようとしている。
「百って?」
阿部が真顔で答える。
「ゼロか百しかない」
深澤が机へ突っ伏した。
「無理、面白い!」
「笑い事じゃないんだけど!」
渡辺も肩を震わせている。
「じゃあマイルドに言っても百?」
「百」
「キスだけでも?」
「たぶん百」
「ハグだけって言っても?」
阿部が少し考える。
「……それは五十くらいかも」
「あるんじゃん」
「でもおねだり言った瞬間、目が変わる」
佐久間が。
「ああ」
と納得したように頷いた。
「内容じゃなくて、あべちゃんがおねだりするのが嬉しいんだ」
阿部が佐久間を見る。
「そう」
「やっぱり好きすぎるだけじゃん」
「それはもう分かった」
阿部は小さく息を吐いた。
倦怠期ではない。
飽きられてもいない。
むしろ。
思っていたよりずっと逆だった。
安心はした。
ものすごく安心したけれど。
新しい問題ができた。
「じゃあどうすんの?」
深澤が聞く。
阿部は少し考えて答えた。
「もう研究しない」
渡辺の動きが止まる。
「研究?」
「何でもない」
「今、研究って言った?」
「言ってない」
「絶対言った」
「翔太、そこ拾わなくていいから」
佐久間が笑う。
「普通に言えばいいじゃん」
阿部が見る。
「何を?」
「今日はここまでって」
「……」
佐久間は当たり前のように続ける。
「おねだりするのもあべちゃんなら、終わりって言うのもあべちゃんでいいじゃん」
阿部が少し黙る。
深澤も頷いた。
「それでいいんじゃない?」
渡辺も。
「最初からそうすればよかったのに」
と言う。
阿部が睨む。
「最初からそれ言ってよ」
「俺らも途中から参加しただけだから」
「何回それ言うの」
四人で笑っていると。
楽屋のドアが開いた。
「おはようございます」
目黒だった。
阿部が反射的に口を閉じる。
目黒は四人を見て。
少し首を傾げた。
「また会議?」
「違う!」
阿部だけが即答した。
深澤。
渡辺。
佐久間。
三人は黙った。
目黒が阿部を見る。
「何の話?」
「何でもない」
「昨日の続き?」
「違う」
「百の話?」
阿部の顔が固まった。
三人も止まる。
「……何で知ってるの?」
目黒が笑う。
「朝、聞こえたから」
阿部は。
両手で顔を覆った。
「最悪」
深澤が吹き出す。
渡辺はもう隠す気もなく笑っている。
佐久間まで。
「百なんだ」
と目黒を見る。
「佐久間!」
目黒は楽しそうに笑った。
「何の百?」
「言わなくていい!」
「でも俺、何となく分かる」
「分からなくていい!」
楽屋に笑い声が広がった。
倦怠期かもしれない。
そんな不安から始まった話は。
最終的に。
目黒はゼロか百しかない。
という。
阿部が知りたくなかった事実を残して終わった。
その日の夜。
家へ帰ると。
目黒はいつものように阿部を抱きしめた。
「おかえり」
「ただいま」
毎日の充電。
阿部も目黒の背中へ腕を回す。
少しして離れると。
目黒が嬉しそうに聞いた。
「あべちゃん」
「何?」
「今日もおねだりする?」
阿部は少し考えた。
以前なら。
恥ずかしくて逃げていた。
でも。
もう分かっている。
求めたい時は求めていい。
嫌な時は嫌と言っていい。
途中でやめたくなったら、やめてもいい。
どちらかだけが察するのではなく。
ちゃんと言えばいい。
阿部は目黒を見上げた。
「する」
目黒の顔が。
分かりやすく明るくなる。
阿部はすぐに続けた。
「ただし」
「うん」
「今日は三十」
目黒が固まった。
「……三十?」
「百は禁止」
「何の単位?」
「知らない」
「昨日は?」
「百」
「じゃあ三十ってどのくらい?」
「めめが考えて」
「難しいな……」
目黒は本気で悩み始める。
阿部は思わず笑った。
そして。
目黒の服を軽く引く。
「とりあえず」
「うん?」
「キスして」
目黒の表情が変わる。
阿部はすぐに指を差した。
「今、百になった」
「なってないよ」
「なった」
「まだ八十くらい」
「十分高い!」
二人で笑う。
目黒はそれでも。
今度はちゃんと阿部の顔を見た。
「三十でいい?」
阿部も笑いながら頷く。
「うん」
「分かった」
そして。
ゆっくり。
優しいキスが落ちてくる。
倦怠期ではなかった。
気持ちが減ったわけでもなかった。
ただ。
今までと少しだけ。
二人の伝え方が変わっただけ。
阿部は目黒の胸元へ額を預ける。
「めめ」
「ん?」
「三十だからね」
「分かってる」
「本当に?」
「頑張る」
「頑張るんだ」
目黒が笑う。
阿部も。
つられて笑った。
ゼロか百しかなかった目黒が。
三十を覚えられるかどうか。
それは。
これから二人で。
ゆっくり研究していけばいい。
コメント
1件
「ゼロか百しかないじゃん……」の台詞で爆笑しちゃった😂 あべちゃんがマイルド作戦で研究結果を出そうとしてたのに、おねだり自体が嬉しいってオチ、めめの愛情の深さが伝わってきて尊い……。最後は三十で調整しようとする二人が可愛すぎて悶えました。この距離感、たまらないです