朝になってゴミを出してから学校に行く。
一人暮らしは気楽で自由だけど、面倒なことも全部自分でやらないといけないのがネックだ。
しかし暑いな。
もう七月だから当たり前か。
朝から暑いとダルいんだけどな。
学校に着くと教室がざわついていた。
ざわついてるのはいつもだが、今日は特にうるさい。
「祐!見たか?」
席に着くと清助が話しかけてきた。
「なにを?」
「転校生だよ!転校生!」
「いや、見てないけど」
転校生が来るなんて話は聞いてない。
「職員室にいるみたいだけど、それがメチャクチャ可愛いんだってよ」
「ふうん」
メチャクチャ可愛い転校生ってことは女子なわけだ。
僕の頭に夜中に見た女がまた浮かんだ。
「もしかして昨日見た子かもよ!」
「そう都合良くいくかよ」
横にいた正美が呆れたように言う。
「んなこと、わかんねーだろ?」
「ま、いーんじゃね?来たらラッキーってことで」
昌が収めるように言った。
「転校生が美人なんで朝から騒いでるわけか」
「そういうこと。デレデレしてさあ。男どもは」
志穂が清助の頭を叩きながら環に入ってきた。
向井志穂。
昌と同じく、中学からの付き合い。
ヤンキーで、日焼けした肌にグレイのロングヘア。
口は悪いが正義感が強くて、人情の塊みたいなヤツ。
男女ともに人望がある。
「転校生もいいけどさあ、あの病気、むこうの県でも発生したってさ。そっちの方が気になるわ」
志穂が顔をしかめた。
「ああ、それ聞いたな。百人単位で発症とか」
昌が思い出したようにつぶやいた。
「なんだかイヤな病気が流行ってるらしいな」
10代から20代がメイン、30代、40代とかも中にはいるが、とにかく若い男女の間で流行ってる。
いきなり衰弱して意識もなくなり寝たきりになる。
テレビじゃ原因不明の感染症とか言ってた。
誰か治ったとかの話は聞いたことがない。
日に日に発症地域が拡大してることは確かだ。
それが隣の県まで来たんだから良い気分はしないよな……
「死ぬわけじゃねーけど、寝たきりだろ?たまんねーよ」
「だよな……」
正美のぼやきを受けて清助も頷いた。
始業を告げるチャイムが鳴った。
みんなバラけて自分の席に着いた。
しばらくして廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。
また教室が騒がしくなる。
ガラガラ
教室のドアが開くと担任の岩木が色黒な顔を覗かせた。
岩木は後ろを向いて一言、二言と話してからドアを閉めて教壇に立った。
30歳で英語を担当している。マリンスポーツが趣味らしく、いつも日焼けしていた。
引き締まった体に甘いルックスで女子生徒からかなりの人気がある。
「今日はみんなに新しいクラスメイトを紹介する」
岩木の話を聞いて教室が、わっと盛り上がった。
「ほら、静かに!」
岩木が手を叩くとみんな黙ったが、視線は教室のドアに集中した。
岩木が歩いていってドアを開ける。
「入りなさい」
岩木の声を受けて、転校生が入ってきた。
昨日の女だ…
教室の中がさっきまでの盛り上がりが嘘みたいに静まり返る。
教室の中にいる人間は、ため息を漏らすばかりだった。
ただ教壇の前まで歩いてるだけの転校生にクラス全員が魅入ってしまった。
「自己紹介を」
岩木に促されると転校生は笑を見せて僕達に語りかけた。
「織原由利奈(オリハラ ユリナ)です。よろしくお願いします」
織原由利奈は鈴の音が鳴るような透き通った声で自己紹介した。
「由利奈ちゃーん!よろしく!」
清助のヤツがすげえ笑顔で手を振ると教室中が爆笑した。
織原由利奈もクスッとして会釈する。
「ほら!静かに!」
岩木が注意してから織原由利奈が転校してきた経緯を話していたがみんな上の空だった。
男も女も目の前にいる超絶美少女に見惚れていた。
「席はこの列の一番後ろ、千葉のとなりに座って」
「はい」
俺の隣かよ。
織原由利奈は優雅な雰囲気を醸し出しながら隣に歩いてきた。
「よろしく」
織原由利奈が愛らしい笑顔で会釈する。
「おう」
俺は返事をすると、隣に座った織原由利奈をチラッと見た。
白い肌、黒い髪、赤い唇、昨日見たまんまだ。
ただ、昨日はわからなかったが頬に血色がなかった。
見ようによっては病的にも見える。
どっか悪いのか?
夜中に感じた、胸のざわつきと違和感を思い出した。
気を紛らわすように視線を窓の外に向けた。
青々と茂った校庭の木。
クソ暑い陽気。
もう夏だな……
休み時間ともなると織原由利奈と話したい生徒で周辺があふれかえった。
あんまりの人だかりに辟易した俺は教室の後ろの方へ。
「よっ!なんか騒がしそうだな」
後ろの壁に寄りかかりながら正美が片手をあげて俺に声をかけた。
「ハハッ。逃げてきたよ」
苦笑いすると正美の横に、同じように壁に背中を預ける。
「しばらくは休み時間のたびにこんな感じだな」
横にいた昌が言いながら苦笑した。
「裕さあ、おめえら邪魔なんだよ!うぜー!!って一喝して来いよ。おまえが言えばみんな散るだろう?」
「そういうの好きじゃねーんだよ。俺は」
清助に返した。
「あのままじゃあ、由利奈ちゃんが迷惑じゃねーか」
「なんだよ?いきなり」
清助はなに熱くなってるんだ?
「あいつらがいなくなったら俺が由利奈ちゃんと心行くまで話せるだろう?」
「はあ?」
パチンッ!!
「下心ありありなんだよ!あんたは!」
「痛っえ~…なにすんだよぉ」
清助の頭をいきなり志穂が叩いた。
「そんなに話したかったら裕に頼まないで自分で行ってきなよ」
「いや、それはなんかあからさまっていうか…」
志穂の指摘に清助はバツが悪そうに頭をかく。
「いつもあからさまじゃねーか」
正美が突っ込んだ。
「ああっ!!」
急に清助が叫ぶ。
「な、なに?」
あまりに大きな声だったのでみんな面食らう中、志穂が聞くと清助は俺たちの後ろを指差した。
「ゆ、由利奈ちゃん……」
「あ?」
俺が振り向くと、すぐ後ろに清助意中の織原由利奈が立っていた。
「どうしたの…?」
志穂が織原由利奈に聞く。
「邪魔してごめんなさい」
織原由利奈は志穂に謝ると俺たちを見た。
「昨日……もしかして家の前にいたかなって…みんな」
俺たちの顔を一通り見てから俺の顔に視線が止まった。
「ああ。引っ越してきたところだったよな」
俺が答えると横から清助が、
「はいはい!あのときいたのは俺たちでーす!」
と、大きな声で言った。
「良かった!間違いじゃなくて」
織原由利奈は愛らしい笑顔を見せた。
「えっ?あんたら知ってるの?」
志穂がみんなに聞く。
「俺らがいつも溜まってる場所の前の家なんだよ」
「昨日、ちょうど引っ越してきたとこ見ちゃってな」
俺と昌が説明した。
「なんか運命感じちゃうよねー!」
「そ、そうだね」
清助のお調子な物言いに織原由利奈はちょっと戸惑いながらも笑顔で返した。
「ごめん、バカだから気にしないで」
志穂が清助をどかして織原由利奈に言う。
「でも気はいいヤツばかりだから。なんかあったら遠慮なく相談して」
「ありがとう…えっと…お名前は?」
「私は向井志穂」
「向井さんね。よろしく」
「俺は清助でーす!よろしくね!」
「うるさい!」
志穂が清助のおでこを叩くと、織原由利奈はクスクスと肩を揺すった。
「ついでだから紹介しとくね!」
志穂は昌と正美を紹介してから俺を紹介した。
「千葉祐。関東一の悪、ケンカ無敗の最強男子」
「そ、そうなの?」
織原由利奈はどこか怯えたような表情を向けた。
「変な言い方するなよ」
「ごめん、ごめん。まあ、悪ってのは大人が勝手にレッテル貼ってるだけだから。本当は仁義に厚い、いいヤツだからさ」
志穂が笑いながら続けた。
「でも、最強ってのはマジだから。暴王の称号持ちだしね」
「暴王?」
「最強の男はそう呼ばれるの。この辺の不良からね」
「よせよ」
苦笑いして志穂を止めた。
「なんで?いいじゃん」
志穂が笑う。
「凄いね。一番なんて」
織原由利奈が俺を見上げて言った。
「好きじゃねーんだ。肩書きとか」
「ふうん…そうなんだ。でもカッコイイと思うな。そういうの」
織原由利奈は黒い大きな瞳を向けて言った。
「そうか?まあ、ありがとな」
織原由利奈はニコッとして、「皆さん、今日からよろしくね」と、お辞儀した。
「後で私が学校の中、案内するよ」
「ありがとう」
志穂の申し出に例を言う。
「ああ!俺も案内するわ!」
「あんたはいーんだよ!」
清助は立候補したものの却下された。
「女同士で任せておけよ」
正美が清助の肩を叩いて言うと、始業を告げるチャイムが鳴った。
俺の中の胸のざわつきも違和感も薄れ、小さくなり消えた。
放課後。
俺達は屋上のたまり場でくつろいでた。
「あ~あ、今頃は志穂のやつ、由利奈ちゃんを独占か~」
「そんな言うなら今から一緒に案内してこいよ」
「イヤだよ!志穂、こえーし」
少し離れた場所でタバコを吸っていた俺と昌は二人の会話を見ていた。
「今度の一目惚れもしばらくうるさそうだな」
昌の言葉に苦笑した。
清助のやつは、まあ、惚れっぽい。
「そういえばなんでウチの学校に来たのかな?」
「えっ」
「見た感じは頭良さそうだからさ」
「たしかにウチの学校に合う雰囲気じゃねーな」
俺達のいる学校は自慢じゃないがここらでは最低クラスの偏差値。
おまけに不良も多い。
「オーッス!いたいた!」
「おお、志穂」
「案内終わったのかよ?」
「うん」
「なあなあ、由利奈ちゃんは!?」
「帰ったに決まってるじゃん」
「ああー!もう!ここに一緒に来いよ~」
「はいはい」
「じゃあ、俺らも帰るか?」
「そうだ!駅前の店が新装開店なんだけど行く?」
「いいね」
「俺はパスするわ。バイトあるから」
「そっか。裕、バイトだっけ」
「ああ。みんなで楽しんで来いよ」
駅前のパチンコ屋でみんなと別れた。
こんな感じで俺たちの毎日は進んでいく。
これが当たり前だと思っていた。
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