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幕府に所属して、勝麟太郎さんの部下になって数ヶ月。やっと二十歳を迎えた歳だ。
お偉いさんから僕が呼ばれたかと思えば、” お前は海に出たことがないだろう。海無しの土地出身だもんな。ちょうどいいやつがいるんだ “ と紹介されたのが、勝さんだった。百姓生まれで、偶然剣士さんに出会い、剣を教えて貰ったのが三つの頃。武士の真似事が楽しくて、田舎で棒切れを振って、十三の歳で里を焼かれた。剣士さんに拾われて読み書きを教わり、幕府に紹介されて、幕府の剣士になって七年。ついに、剣以外の仕事が来るかと思えば、今度は船乗りらしい。
勝さんは意外と親しみやすい人で、僕のことを ” ゆう “ と呼んで可愛がってくださる。勝さんからしたら、僕は部下でもあり息子にも見えているかもしれない。勝さんは、僕を部下にして最初に言ったのが、
「お前さん、一応住処はあるんだろう?おいらが用事がある度に来てもらうのも面倒だ。おいらの屋敷に住みなよ」
だった。
「い、いいんですか?」
「あぁ。これから色々してもらうことがあるんだ。忙しくなるぜ」
「ありがとうございます。お世話になります」
「おうよ」
幕府に与えられた長屋はあったが、僕は勝さんの屋敷の一部屋をお借りすることにした。勝さんの屋敷は、僕の借りていた長屋よりずっと広い。土間と八畳の部屋が五つ以上あって、しかも縁側付き、庭付き。庭には綺麗な池と青々とした露草が生えている。勝さんのお嫁さんに、二人の娘と三人の息子。一番上はもう嫁に行ってもいい年頃….十五くらいで、一番下の赤子は生まれたてだ。なんだか家族が増えたようで嬉しい。
僕の父の母も、里が焼けてしまった時に死んでしまった。山から煙が見えて、降りてみたら里が燃えていた。….もう、七年前も前の話だ。
そして、家の中で書物を写しながら筆の練習をしていた時。真昼間に、門の向こうから
「御免!!」
という若い男の声がした。なんだろう、と思い部屋を出ると、長女が
「勝は今、手が離せないのです。奥の部屋でお待ちください」
と通しているところだった。勝さんの知り合いだろうか?廊下からチラリと来客の背中を見たが、僕は後ろ姿に覚えのない、二人の男性だった。それも、僕より頭がひとつ分高い。勝さんと僕が同じくらいの身長だから、勝さんと並んでも背の高い来客だろう。土間に行き、お茶を入れているお嫁さんに声をかけた。
「僕がお茶を運びましょうか?」
「いいえ。…..あなたには、隣の部屋で様子を聞いていて貰いましょうか」
「あぁ….わかりました」
” 様子を見て “ というのは、勝さんと初対面の相手ということだ。勝さんは剣の腕もめっぽう強いが、怪我をしてはいけない。途中までお嫁さんの後ろに着いて、客間の隣の部屋に入り、襖に耳をピッタリつけて話を盗み聞きする。
「どうぞ。粗茶でございます」
「こ、これはかたじけない、」
お嫁さんの気遣いに声を漏らしたのは一人だけ。多分、しっかり髷を結った礼儀正しい男性の方だろう。癖っけを高いところで結んだ男性はどんな声だろう。お嫁さんが部屋を出た音の後、礼儀正しい男性が小さな声でもう一人の男性に耳打ちをした。
「竜さん、こういう女を使った気遣いに、気力が萎えてはいかんぞ。これは勝の作戦に違いない。俺たちはお国のために斬るんだ」
「わかっちょる」
もう一人は土佐鉛訛りだった。そして何より、勝さんを斬りに来ただと?!これはいけない…!僕は足のそばに置いておいた木刀を腰に刺して、襖に背を合わせ、何時でも飛び出せる準備をした。緊張からか、春先なのに汗が一滴頬を伝う。
「welcome. 俺が勝だよ」
あぁ〜っ!勝さんいけません!勝さんを斬りに来た奴らに、俺は勝だとなぜ言ってしまうのですか!しかもさっきまで庭仕事をしていた勝さんは、腰に刀も何もないに決まってる! ” 勝は出かけてるんだよ “ って言えばよかったのに!
「お前たち、俺を斬りに来たんだろう?全くやになるぜ。桶町千葉の若先生のお出ましじゃあ、俺なんざ、どう足掻いたってかないっこねぇよ」
桶町千葉….あぁ!千葉道場の指導者じゃないか!どうする?もう出ていってしまうか?!
「わしは、勝先生のお話を伺いに来たんですがのう」
のんびりとした口調で言うのは土佐侍だ。癖っ毛の方だろう。
「君は?」
「はぁ、土佐脱藩坂本竜馬いいます」
「ふーん、脱藩者か」
たしか、土佐は上司からの圧が厳しいと聞く。脱藩したってことは、彼は郷士だろう。勝さんは悠長にも、現在の日本について語り始めた。幕府にいるから、あらかた知っていたつもりだが、勝さんの説明は実に分かりやすかった。
技術を持っているイギリスが、植民地にした土地があるという。そして、イギリスが次に狙うは日本。日本を守るためには、イギリスと同じくらい技術を磨かなくてはならない。金も知識も技術も必要な日本は、開国して外国から技術を盗むしかない、という話だ。
そしてさらに、アメリカに住む人間は、血筋や門閥関係なく、努力によって成り上がることができるという話をした。この話にどんどん前向きで楽しそうな反応をするのは坂本と名乗った人物。彼は友達もアメリカの将軍のようになれるか、今の日本はこのままではいけないと興奮して話し出した。僕はもちろん勝先生のやり方に全面的に賛成をする。
しかし、それに対立するは千葉道場の指導者だ。
「勝先生!あなたは日本が夷狄に汚されているというのに夷狄から学ぼうと仰る!やはりあなたは日本を滅ぼす元凶だ!!
勝殿!!お覚悟!!」
僕のハーフアップにした髪が身体の動きから遅れて靡く。
僕が襖をスパンと開けて木刀を抜こうとしたタイミング。道場の指導者が剣を抜くタイミング。坂本が
「勝先生!!わしを弟子にしてつかぁされ!!」
と言ったタイミング。全てが、同じであった。時が止まったように静かになって、どれくらい経ったか。心臓が、何度脈打ったか。静寂を打ち消したのは、またしても坂本さんの一声。
「わしを、先生の弟子にしてつかぁされ」
「あぁ…..えぇよ…..」
道場の指導者は、
「なっ…..何を言ってるんだ….竜さん…..」
僕も、全く同じ気持ちだった……。
僕がはっとしたのと、坂本さんが僕を見たのは同時だった。
「お、こりゃあ男勝りな娘さんが」
「いや、それはおいらの部下だよ….」
展開について行くのがやっとな勝さんが僕をチラリと振り返る。
「あ….どうも….。ゆうといいます、」
「あぁっ!き、君、我々の話を盗み聞きしていたんだろう!!」
「落ち着きぃや重太郎さん!ほれほれ、刀収めぇや….驚いた、可愛い顔して男の子かえ」
童顔な自覚はあるが…..とりあえず、もう二人に敵意はないようだ。僕も木刀を腰に刺す。
「ほいたら、勝先生。ゆうくん。お邪魔しました。重太郎さん、行こう」
「………」
魂の抜けたような重太郎….さんを、坂本さんは、ほれほれ、と言って門から連れ出した。僕と勝さんは帰って行く二人を眺めていた。
「あ、勝さん。お怪我は?」
「いや….ないね」
「それは良かった。….しかし、驚きましたね、」
「あぁ….だが、坂本はなかなか面白い男だ。近々、会いに行こう。君の良い同僚になるかもしれない」
「は、はぁ…..」
勝さんは嬉しそうにしている。僕はまだ、彼らの去った門から目が離せずにいた….。