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坂本さんと千葉さんが去ったあと、僕は書物の続きを写していた。字の練習にもなるし、何も考えなくていい時間。心が休まるんだ、これが。
「ゆう、いいかい?」


襖を挟んだ向こうから、勝さんの声がする。


「はぁい」


僕は筆を置かずに答えた。


「今から坂本に会いに行こうと思うんだが」


「そうですかぁ」


勝さんお気に入りになったんだなぁ。….ん?


「今からですか?!」


「そう」


僕は慌てて筆を硯に置いて木刀片手に襖を開けた。


「わさび色の着物に黒の袴…問題ないだろう。おいらの共をしてくれよ」


勝さんは馬に馬具もつけず、刀も玄関に置いて門を潜ってしまった。僕は足袋に草鞋を履いて慌てて追いかける。


「そのつもりですが、勝さん、不用心じゃありませんか?!そんな格好で、坂本さんはともかく、千葉さんは勝さんを斬ろうとしていたのですよ?」


僕に合わせてか、馬に揺られてゆったり進む勝さんを見上げる。


「そのためのお前さんだろ?」


僕は呆気にとられた。信用してくれてるのは嬉しいが、にしたって不用心だろう。せめて帯刀くらいして欲しい。でも、「今から刀を取りに戻りましょう」と言っても「面倒だ」って言われるだろうし、僕が走って取りに行くのはさすがに危なすぎる。倒幕派が幕府の人間を斬る事件はあちこちで聞いているから、勝さんのお傍を離れる訳にはいかない。ざりざりと砂利を踏む音がする。


「千葉道場は….こっちか」


よく悠々と行くもんだ。千葉道場には千葉さんのように勝さんを斬ろうとする輩が多いかもしれないっていうのに。千葉道場の門の横には、可愛らしい柑橘系の実の木が植えてあった。勝さんは門番を見ると、


「坂本竜馬はいるかい?会いたいんだが」


と声をかけた。里にいた頃から人見知りな僕は、勝さんのそんなところが羨ましい。


「坂本さんのお知り合いですか?」


「うんそうだよ」


「ではお名前を…..」


「それは言えねぇんだ。とにかく坂本を呼んできて欲しいんだよ」


横暴だし怪しいですよ勝さん!!


「は、はぁ……」


門番さんすみません…..。

門番さんは道場の中へ入って行った。手持ち無沙汰なので、ちょっと周辺を見てみる。道場の隣には、大きな川があって、橋を渡る人は活気がある。多くの人が往来する江戸だ。商人もいれば、刀を腰に刺した侍だっている。…..僕の隣にいる勝さんだって立派な侍なんだから、刀を刺して欲しい。


「ぅわっ!」


「おう、なんだよ。びっくりするじゃねぇか」


「あ、あ、なんだ蝶か….」


顔の近くに来た虫が、目に近すぎてなにか分からなかった。蝶で良かった….僕は虫が苦手なんだ…..。


「お前さん、可愛い面して物腰も柔けぇのに虫がだめかよ。剣を抜きゃあその辺の攘夷志士だって歯が立たねぇ剣豪だっつーのに」


勝さんは、はっ、と笑っている。


「勝さんは虫が苦手じゃないからこの気持ちは分からないんですよぅ」


鳥や犬、猫や馬。蛇や蜘蛛、蚓に蛙は好きだし、触って手に乗せることだってできるのに、どうも虫はだめだ…..。


「勝先生!」


道場の門から出てきた坂本さんは、袴を履いていなかった。そして、僕よりも少し背の低い、腰に剣を刺した若い男性を連れている。彼も脱藩者だろうか。


「坂….竜馬。これから船を見せてやろうと思ってな。着いてこいよ」


「はい!お、ゆうもおるんじゃのう」


「はい。勝さんは腰に刀も刺さずですので、僕がいないと」


「たしかに。不用心ですき」


坂本さんが話している横で、男性が刀を手にかけた。やる気だろうか。受けて立とう、と僕も木刀を手にかけると、次の瞬間、坂本さんが彼に足を引っ掛け、彼はバタンと倒れた。


「おっ!」


勝さんが彼を見ると、坂本さんはすかさず


「こちらは沢村というて、同じ土佐脱藩の志士。わしと一緒に弟子にしてつかぁさい」


「あぁ、えぇよ」


いいんですか?!さっきまで斬りかかろうとしてきた奴ですよ勝さん!!…..坂本さんも坂本さんだ。隙を見て斬るよう言うんじゃないだろうな?


「これから軍艦操練所に行くから着いてきな」


「軍艦操練所…..」


新しい船の操縦を教える場所だ。幕府が作らせて、勝さんはそこの権力者なんだよな。僕もちょっと行ったことがあるけど、僕は船の積荷に腰掛けてるのがお似合いだから、教えてあげられることはなにもないな。


「ほんまかのーっ!!嬉しいーっ!!待っちょってくれ!重太郎さんも連れて来てえぇかの?!」


「あぁ。若先生も呼んできな」


おいおいおい….勝先生、それは….。あぁ、もう坂本さんも呼びに行ってしまった….。仕方ない、こうなっては、勝さんの護衛をする他ないんだ。土の上に膝を揃えて経たり混んだ…沢村さん?に?僕は話しかけた。


「大丈夫ですか?」


「….お、おぉお!!これは美人じゃ!勝サンの娘ですか?!」


「いや、それは部下だし男だよ」


「なんっと….もったいない…..」


なんだよもったいないって。会う人会う人女にまちがわれるが、僕はそんなに幼いか?桜の舞う、涼しげな弥生に歳を重ね、もう十九になったって言うのに。


坂本さんが道場から出てきた。今度はちゃんと白い袴を履いて、組合角に桔梗の刺繍をした紺色の着物をはためかせている。目はらんらんとしているが、抱えられた千葉の若先生はぼんやりとして、覇気がない顔をしている。勝さんを斬ろうとしたんだ。気乗りしないで当然だろう。

馬に乗る勝さんと、坂本さんの間に入って軍艦操練所に向かう。坂本さんと違って、沢村さんも若先生も上の空だった。

軍艦操練所で操縦の指導をしていたジョン万次郎さんを見ると、坂本さんは嬉しそうにはしゃいだ。勝さんが坂本さんと万次郎さんと一緒に黒船の上で笑いあっているのを遠目に見て、僕は坂本さんの様子に、陸から呆気にとられる沢村さんと若先生に同行した。


「私は….なんでここにいるんだ….攘夷の志士が…..」


「……..」


そりゃあそうだ。僕だって聞きたい。まぁ、坂本さんという人は人懐っこく、こういう攘夷の志を持つ人も、不思議と動かせてしまうんだろう。ひとはしゃぎした坂本さんは、勝さんに連れられて僕たちと合流した。


「竜馬、そんな顔されると、ついもっと喜ばせてやろうと思ってしまう。得な男だね」


坂本さんは大型犬のように勝さんを見ていた。


「この後は、どうするんだい?おいらは帰るよ」


「お供します」


「…..いや」


馬に乗った勝さんは、僕を見下ろしていたが、スッと僕の後ろを指さした。僕が振りかけると、少し調子を取り戻した若先生が、僕をキッと見ている。


「君は、どう言った理由で勝殿と一緒にいるのか。間違っているとは思わないのか」


僕の考えを聞いてくれると。チラリと視線を逸らすと、沢村さんも僕をキッと上目遣いに睨んでいる。坂本さんは穏やかな目で、僕の考えに期待しているようだった。


「僕は、攘夷を悪いとは思いません。国を良くしようと必死になる姿は素晴らしい志しだと思います」


「では、尚更なぜそちら側にいる!!」


大きい声は威圧的だからあんまり出さないで欲しい…..。と思いつつも、僕は続ける。


「では、今日本にいる外国人を一人、バサッと殺したとしましょう。その人は口が聞けないので、仮に日本に交渉を持ちかけていれば、この交渉はなかったことになります」


「そうだろうとも!!」


若先生は食い気味だな….。


「ですが、アメリカ、イギリスなど多くの国は、日本と交渉がしたいので、まだまだ話を持ちかけて来るでしょう」


「全員斬ればいいじゃないか!」


そうかもしれないが。


「千葉先生。アメリカ、イギリス、その他の異国人が日本に来たら、あなたの道場に通っている門下生よりも多いんですよ。いつ死ぬかも分からないのに、そんな現実味の無い数字、僕は相手にできません」


「なっ!….君は、このままで良いと思っているのかね?!」


「思っていませんよ。ですから、外国から術を盗んで日本を内側から強くする方が現実的だなぁと感じています」


「内側からなどとっ….もう幕府は駄目なんだ!勝殿の考えでは!」


「現状、日本が危ないのは承知の上です。ですが、勝さんは攘夷よりも現実を見ていると思っております。….もし勝さんを斬ろうというのなら、僕がお相手致します」


「上等だ!道場に来たまえ!!受けて立とう!!」


…..うん?もしかして、この流れは今からか?沢村さんも若先生も僕に唸っているようだし….でも勝さんをお送りしなければ、


「じゃあおいらは先に帰るから。ゆう、道場から屋敷までの道は覚えただろ?一人で帰っておいで」


だーっ!!そんな気はした!!


「勝さん!!せめて木刀をお持ちください!」


「えぇ?いらんよ。馬で駆ければ逃げられる」


「もしものためです!!」


「お前は疑り深いね…..」


「勝さんのためです!」


「わかったよ……」


面倒だな、という顔をしつつも、勝さんは木刀を腰に刺して馬を出した。蹄の音がだんだん遠ざかって見えなくなった。


「行こうか」


「そうですね…..」


僕は沢村さんと若先生にがんを飛ばされ、坂本さんへの疑いも晴れないまま、千葉道場へ向かった。

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