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お屋敷に戻ってきたのは、辺りが暗くなり始めた17時頃。
まずは裏庭から入ってみると、そこにはルークの姿は無かった。
「……さすがに、こんな時間まではやっていないか」
もしかしたらまだ修練中かとも思ったが、さすがにそれは無かったようだ。
改めて玄関側からお屋敷に入ると、ミュリエルさんとキャスリーンさんが出迎えてくれた。
「「お帰りなさいませ」」
「ただいまー。
キャスリーンさん、お久し振り」
同じ建物の中にいるのに、会うのはずいぶん久し振りな気がした。
私が倒れて、目が覚めて以降は初めてになるかな。
「は、はい! 申し訳ございません!
しばらく目を腫らしてしまっていて、クラリスさんから表に出ないように言われておりまして……」
「そうだったんだ? でも、もう大丈夫そう?」
100%大丈夫とも言い切れなさそうだが、見えない場所の仕事ばかりをやっているわけにもいかない。
内心は色々あるだろうけど、基本的には嬉し涙だったとは思うし……。
「はい、何かありましたらご用命ください!」
「うん、よろしくね」
キャスリーンさんを見た流れで、なんとなくそのままミュリエルさんに目を移す。
そういえば今は、夕食を準備するくらいの時間か――
「……あ、あの。
アイナ様、私に何か……?」
「あ、ごめんなさい。他のみんなは夕食の準備をしているのかなーって思って」
「はい、今日もご期待くださいね!」
「……ミュリエルさんは、お料理の方はどう?」
私の質問に、何故かキャスリーンさんがびくっとした。
おや? と思いながらいると、ミュリエルさんが返事をする。
「賄いで1回、作らせて頂きました。
クラリスさんが忙しいようでしたので、キャスリーンさんに見てもらいながら……」
……すでに予想が付いてしまった。
キャスリーンさんが味見をして、きっと酷い目に遭ったのだろう。
そう思いながら、そういえば……とミュリエルさんのスキルを鑑定してみる。
たくさんのスキルがある中で、ひときわ異彩を放つものがあった。それは――
──────────────────
レアスキル:
・工程ランダム補正<調理>:Lv37
──────────────────
……おお、レアスキルだ……。
名前がちょっと『工程省略<錬金術>』に似てるけど、これってどんなスキルなんだろう?
えい、かんてーっ。
──────────────────
【工程ランダム補正<調理>】
『調理』スキルを使用中、特殊な補正を得る。
レベルが高いほど、より大きな補正を得る。
──────────────────
ふむ……?
よく分からないけど、調理中にマイナス補正が掛かってメシマズになる……ってこと?
いや、でもランダムっていうくらいなのだから、上手くいく場合もあるんじゃないかなぁ。
「ミュリエルさんって、スキルを調べたことってある?」
「はい。ここに雇って頂くときも調べました」
何かミュリエルさん、レアスキル持ってるみたいなんだけど――
……と言おうとしたものの、果たしてここで伝えて良いものか。
せっかく料理の勉強をしたいと言っているのに、これのせいでやる気を削ぐのも何か申し訳ないし……。
うーん、先にクラリスさんに相談することにしようかな。
「そうなんだ?
多才そうだから、何でお料理だけ上手くいかないのかなって」
「そうなんですよ。何故か料理だけ上手くいかなくて……はぁ」
「みゅ、ミュリエルさん、ため息は……!」
「あ、失礼しました!」
キャスリーンさんの言葉に、姿勢を正すミュリエルさん。
そこまで厳しくなくても良いんだけど、メイドとしての内部統制が取れているのは素晴らしいことだ。
「ところで、ルークってお屋敷の中にいる?」
「ルークさんですか? 結構前に外に行かれました。
軽く走ってくると仰っていましたが……」
「ああ、そうなんだ。それまでは何してた?」
「裏庭で、剣の素振りなどをされていました」
「一日ずっと、か~……。
……うん、ありがとう。私は少し外にいるから、二人は仕事に戻ってて。
今日はもう、出迎えは要らないから」
「「はい、かしこまりました」」
二人はお辞儀をすると、それぞれお屋敷のどこかに散っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
玄関の側でぼーっとしていると、20分ほど経った頃にルークが戻ってきた。
どれだけ走ったのかは分からないが、汗をたくさんかいている。
……話すにはちょうと良いタイミングだと思ったんだけど、どう考えても今じゃない感が半端ない。
「アイナ様? こんなところで、どうされましたか?」
「おかえりー。
ルークが頑張ってるって聞いて、何となく待ってたの」
「そうでしたか、ありがとうございます。
頑張ってるとはいっても、身体を動かしているだけですが……。
すいません、身体を解していてもよろしいですか?」
「もちろん、もちろん!
ちゃんとケアしておかないと、筋肉痛になっちゃうからね」
「それでは失礼して」
ルークはそう言うと、庭の隅に移動してストレッチを始めた。
私も何となく、その側に移動してみる。
「今日は、どうだった?」
「そうですね。一日中、身体を動かせて良かったです」
「……このままで、強くなれそうかな?」
その言葉が予想外だったのか、ルークは驚いた顔で私を見る。
そしてその流れのまま、今日ダグラスさんに話したことと、相談して返ってきた返事をルークに伝えてみた。
「……なるほど、痛いところですね。否定はできません」
神妙な顔で頷くルーク。
「今後どうなるかは分からないけど、王都にいるときくらいは自由に動いてみる?
今は夜の警備もしてもらっちゃってるけど、そこは人を雇うつもりだし。
さすがに私も、王都の中で危険な目には遭わないだろうし……」
街の外に出るならともかく、王都の人通りの多いところであれば、まったく問題は無い。
名声が広まったら危ないことも起こるかもしれないけど、今はまだ平気だろう。
……うーん、ちょっと甘いかな?
でも必要があれば、雇った警備の人にボディガードをお願いする、っていうのでも良いんだよね。
「そうですね、今は、まだ……きっと、大丈夫でしょう。ただ、今後を見据える必要があります。
……それでは警備の人員を揃えることができたら、私はお言葉に甘えさせて頂きましょう」
「うん、そうしよっか。
それじゃ、急いで揃えちゃわないとね!」
「ははは……、ありがとうございます」
……漫画やゲームみたいに、一週間だけ山に籠って劇的パワーアップ! みたいなことは無いだろうから、ある程度長期の話にはなるだろう。
この世界は、スキルやレベルがある世界。
でも基本的には、上げたいものを頑張らないと、そのレベルも上がっていかない世界なのだ。
レアモンスターを倒したらレベル爆上げ……とかだったら楽なんだろうけどね。
その場合は、精神的にはあまり成長しなさそうだけど。