テラーノベル
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欲求に忠実なのはいいこと。うん。いいこと。
朝の通勤ラッシュに揉まれる車内は、むせ返るような熱気と、どこか殺伐とした空気に満ちていた。
ガタゴトと規則正しく揺れる吊り革の列。太宰治はその高い背を生かして、車内の混雑をどこか他人事のように眺めていた。そのすぐ目の前には、不機嫌そうに、けれどどこか気怠げに視線を落としている中原中也の姿がある。
中也の小柄な体躯では、頭上を泳ぐ吊り革に手を伸ばすのは少しばかり骨が折れる。そのため、彼女は目の前にある金属製の低い手すりを、小さな両手でぎゅっと握りしめていた。満員電車の圧力に負けないよう、踏ん張る足元が心許ない。
それもそのはずだった。二人は昨夜から、都内のホテルで濃密な時間を過ごしたばかりなのだ。
付き合ってそれなりに経つが、互いの任務の都合上、こうして丸一日を共に過ごせる機会は決して多くない。昨夜は久しぶりに羽を伸ばせる夜だった。ホテルのシーツに包まれながら、太宰の執拗で、けれど酷く愛おしげな愛撫に溺れた記憶が、中也の脳裏を未だに薄暗く支配している。
(……腰が、だりぃ……)
中也は心の中で小さく悪態をついた。下腹部の奥に残る、甘く、痺れるような重さ。太宰に幾度も組み敷かれ、揺さぶられた名残が、一歩歩くたびに、そして電車が揺れるたびに存在を主張してくる。普段の戦闘ではどれだけ傷ついても平気な顔をしている中也だが、この特有のだるさだけはどうにも慣れなかった。
寝不足の頭に、電車の走行音が心地よい子守唄のように響く。中也は手すりに掴まったまま、半分ほど意識を飛ばしてぼんやりとしていた。窓の外を流れていく朝の景色が、霞んで見える。
その時だった。
臀部のあたりに、わずかな違和感を覚えた。
最初は、満員電車特有の、乗客同士の不可抗力な接触だと思った。何しろ、背後には文字通り立錐の余地もないほどにサラリーマンや学生が詰めかけ、ひしめき合っているのだ。誰かのカバンや、体の一部が当たることくらい、珍しいことではない。
しかし、その感覚はすぐに「不可抗力」の枠をはみ出した。
衣服の上からでもはっきりと分かる、掌の形。それが、中也の丸みを帯びたお尻の輪郭を、なぞるようにじわりと撫で上げたのだ。
「っ!?」
中也の身体がびくりと跳ねた。眠気もだるさも、一瞬で消し飛ぶ。
(おい、嘘だろ……!?)
背筋に冷たいものが走った。まさか自分が、こんな白昼堂々の通勤電車の中で、いわゆる「痴漢」の被害に遭うなどとは夢にも思っていなかった。
困惑、そして予測していなかった事態への恐怖が混ざり合い、中也は慌てて後ろを振り返った。
すぐ後ろに立っているのは、死んだ魚のような目をしてスマートフォンを眺めている、至って平凡な中年サラリーマンだった。その隣には、熱心に単語帳をめくっている女子学生。誰も中也の方など見ていないし、誰の手も、彼女の身体に触れられるような位置にはなかった。全員が、自身のパーソナルスペースを死守することで精一杯という様子だ。
「……え?」
中也は首を傾げた。
見間違い、ならぬ、触られ間違いだろうか。あまりの寝不足と腰のだるさに、自分の感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。中也は釈然としないまま、再び正面を向き直り、手すりを握り直した。
気のせいだ。そう自分に言い聞かせる。ただの混雑に怯えてどうする、と。
しかし、数秒も経たないうちに、再び「それ」はやってきた。
今度は、先ほどよりも明確だった。スカートの薄い布地越しに、肉を包み込むようにして、ぐっと手のひらが押し当てられる。指先が、割れ目に沿って、ゆっくりと、愛撫するように動いた。
(気のせいじゃねぇ……! やっぱり触られてる!!)
中也は恐怖を堪えながら、もう一度後ろを盗み見た。しかし、やはり背後のサラリーマンは微動だにせず、スマホの画面を見つめている。女子学生も同様だ。
誰も、中也に触れてなどいない。
じこまん
40
怜
206
碧瑠(みどる)&理雨
44
位置的におかしい。後ろの人間が触っていないのだとすれば、一体誰が。
「……ひっ、」
背筋にゾワリとした鳥肌が立つ。姿の見えない何かに触られているような、言いようのない恐怖が中を襲った。いくら異能の徒として修羅場をくぐり抜けてきた中也でも、怪奇現象の類や、満員電車という密室での異常事態には、女としての本能的な恐怖が勝ってしまう。
心臓がドクドクと嫌な音を立てて脈打ち始める。助けを求めるように、中也は自然と、すぐ隣に立っている恋人の姿を探していた。
太宰は、中也のすぐ右隣に立っていた。相変わらず飄々とした、何を考えているのか分からない顔で、窓の外を眺めている。
中也は震える手を伸ばし、太宰のコートの袖をぎゅっと引っ張った。
「……おい、太宰……っ」
かすれた声で呟き、すがるように太宰の顔を見上げる。早くこの異常事態に気づいてくれ、後ろにヤバい奴がいるかもしれない、と目で訴えかけようとした。
だが、太宰の袖を引っ張った瞬間、中也の視線はある一点に吸い寄せられた。
太宰は、左手をコートのポケットに入れている。……いや、違った。
太宰の左腕は、彼のコートの脇から、不自然な角度で中也の背後へと回り込んでいた。満員電車の混雑を利用し、他人の腕に見せかけるようにして、絶妙な位置から中也の身体に伸びているその腕。
その指先は、今まさに、中也のふくらみを、いやらしく捏ねるように弄っていた。
中也の思考が、一瞬でフリーズした。
「あ」
点と点がつながった。
後ろの乗客が触れるはずがない。なぜなら、触っていたのは後ろの人間ではなく、真横にいるこの男だったからだ。
恐怖は一瞬で消え去り、代わりに煮えくり返るような羞恥と怒りが、足元から一気に突き上げてきた。
「お、おい……ッ!!」
中也は周囲に聞こえないよう、地を這うような小声で叫んだ。顔を真っ赤にしながら、太宰のコートを思い切り引っぱたく。
すると、それまで澄ました顔で窓の外を見ていた太宰が、ゆっくりと中也の方へ顔を向けた。
その顔には、いたずらが成功した子供のような、極上の笑みが浮かんでいた。
「ふふ、やっと気づいた。中也」
「おはようじゃねぇよ、この唐変木!! 何してやがる、ぶっ殺すぞ!?」
「何って、愛しい恋人への朝のスキンシップさ。それにしても、さっきの中也、本当に傑作だったなぁ」
太宰はクスクスと声を殺して笑いながら、中也の耳元に顔を寄せた。
「後ろを振り返って、誰もいないからっておろおろしちゃって。幽霊にでも怯える女の子みたいに私の服を引っ張る中也、すっごく可愛かったよ? 」
「てめぇ……! わざとやりやがったな!?」
中也は怒髪天を突く勢いだったが、いかんせんここは満員電車の中だ。大声を出すわけにはいかない。
声を大にできないのをいいことに、太宰はさらに距離を詰めてきた。車内の揺れに紛れて、太宰の長い身体が、中也を包み込むように密着する。
「いいじゃないか、減るもんじゃなし。どうせ今日、私達は二人とも休みを取っているんだからね」
耳元で囁かれる低く甘い声に、中也の身体がビクリと反応した。
そうだ。昨日から引き続いて、今日も二人は仕事を休みにしている。紅葉にも「たまにはしっかり休め」と言われ、首領からも直々に許可をもらった、貴重な連休の二日目なのだ。つまり、この電車を降りた後、どこへ行こうが、何をしようが、誰にも文句は言われない。
「ねぇ、中也。このまま家に帰るのも退屈だし……もう一回、行っちゃう?」
太宰の唇が、中也の耳たぶに軽く触れた。吐息がダイレクトに鼓膜を揺らす。
「もう一回」という言葉が意味する内容を、中也の脳は瞬時に理解した。昨夜、ホテルのベッドで、嫌というほど繰り返されたあの行為を、今からまた、別の場所で、あるいはどちらかの自宅で、もう一度。
ぼ、ぼぼっ……!!
中也の顔面が、爆発したかのように真っ赤に染まった。あまりの気恥ずかしさに、頭のてっぺんから湯気が出そうだ。
「な、何言ってやがる……! バカか、てめぇは! まだ朝だぞ、朝!!」
「朝だからこそ、元気が出ると思わないかい? ほら、中也の身体も、まだあんなに熱かった余韻を残しているしね……」
そう言うと、太宰の背後に回された手が、再び動き出した。
今度は、さっきまでの「痴漢のフリ」のような生易しいものではなかった。
中也のタイトなスカートの裾から、器用に長い指が潜り込んでいく。ストッキングの滑らかなナイロン越しに、太宰の指先が、中也の太ももの内側を執拗になぞり始めた。
「っ……あ、」
中也は思わず小さな声を漏らしそうになり、慌てて自分の手首を噛んで声を押し殺した。
満員電車の密着のせいで、周囲からは太宰の手がどこにあるのか見えない。だが、中也の肌は、太宰の指が、じわじわと上へ、一番敏感な場所へと向かって這い上がってくるのをはっきりと感知していた。
「や、め……太宰、本当に、怒る、ぞ……っ」
涙目で睨みつけるが、声に全く締まりがない。それどころか、昨夜の快楽を思い出してしまった身体は、太宰の指先一つで簡単に熱を帯び始めていた。
手すりを握る中也の手が、きつく震える。
通勤ラッシュの喧騒の中、二人だけの、いかがわしくも甘い時間が、静かに熱を帯びて加速していった。
チャットノベル版作ろうか悩んでる
コメント
10件
た だ ひ た す ら に 中 也 が 可 愛 い 回 だ っ た

最初の方は、「恋人が大変な目に遭ってるのに何で守んないんだよ太宰ー!!」…と、思っていましたが、それが太宰の仕業だと知って、「くそ!太宰の奴め!!」と、騙されました。 中也の可愛さにやられてます!最高すぎる!!
太宰さん、朝から贅沢すぎませんか!? しかも、何でもないかの様に電車の外を見てるっていうのが太宰さんらしい。 中也♀は、朝から災難で可哀想だったけど怖がって少しオロオロしてる姿が、可愛すぎました