私たちは、奴隷の少女たちに紛れるようにして馬車に乗り込んだ。
彼女たちの視線に若干の気まずさを覚えたものの、こちらとしても検問を通れるかどうかは死活問題だ。
馬車に乗っているもう一人、用心棒の老年の男性も目付きが鋭くて居心地が悪い。
……奴隷の監視も仕事だろうから、それも仕方が無いか。
「それじゃ、行くぜ!」
クライドさんが馬に鞭を打つと、馬車はゆっくりと走り始めた。
全員が無言の中、自身の腕に描かれた奴隷紋を何となく眺めていると、奴隷の少女たちの心情をついつい想像してしまう。
私の腕に描かれた奴隷紋は偽物だけど、本物を刻まれた彼女たちの気持ちは……いや、同じ目に遭わないと、絶対に分からないんだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく馬車が走っていくと、外から声が聞こえてきた。
どうやら検問所まで辿り着いたようだ。
「よーし、止まれ!」
「……おやおや。検問だなんて、どうしたんですかい?」
検問所の兵士の呼び掛けに対して、クライドさんが受け答えをする。
「犯罪者が逃亡中でな。どこでも話題になっているだろう?
新しい神器が生まれた、っていう話なんだが」
「ああー、ありましたねぇ。俺っちはちょうど酒場で盛り上がっているところだったから、最初は空耳かと思ったんですよ。
そしたらまわりの連中も全員聞こえていたようで、驚いちまいました」
「それでな、神器を作った連中が国王陛下の暗殺を|企《くわだ》てたようなんだ。
……ほら、これが手配書」
「ふむふむ…………。
……んー……。……ははぁ、こりゃまた、ずいぶんな懸賞金の額で……」
「ああ。どこかで見たらすぐに連絡するんだぞ。
さて、お前は奴隷商か。奴隷移送の書類は持っているか?」
「はい、こちらに」
「全員で5人……。あのご老人は用心棒だな……。
うむ、書類も問題無さそうだ」
「もちろんですよ!
俺っちもヘリングファミリーの一員ですからねぇ、信用第一です!」
「はははっ、ヘリングさんにはいつも世話になっているからな。
それでは、通って良し!!」
「へへっ、ありがとうございます! みなさんもお疲れ様です!」
「ミラエルツまで気を付けて行くんだぞ。へリングさんにもよろしくな!」
「へいっ!」
検問所でクライドさんと兵士の話が終わると、馬車は再びゆっくりと走り始めた。
――ふぅ、緊張したぁ……。でもこれで、ひとまず検問は無事に突破できたかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
検問所を離れても馬車は走り続けた。
そして30分ほど経ったころ、森の近くで馬車は止まり、クライドさんが話を切り出してきた。
「――さて、ここら辺で良いかな? 奴隷の演技、お疲れさん」
「はい、ありがとうございました!」
「いやいや、こっちも大金をもらったからな。
……さて、それじゃ奴隷紋を落としちまうか」
クライドさんはそう言いながら、何かの液体と布を持って、奴隷紋が描かれた腕を出すように促した。
液体は石鹸なのかな? 奴隷紋もしっかり乾いているし、水では簡単には落ちないか。
「すいません、よろしくお願いします」
クライドさんが液体を布に含ませて、私の偽の奴隷紋に触れた瞬間――
「……刻まれた紋に依りて束縛の力を示せッ!!」
――突然、そんな言葉を大声で告げた。
は……?
私が疑問に思った瞬間、腕に描かれた奴隷紋が強い熱を帯びる。
「あっ、熱ッ!!?」
――それと同時に、クライドさんは突然宙を横にすっ飛んでいった。
何が起こったのか咄嗟に分からなかったが、ルークがクライドさんを思い切り蹴り飛ばしたようだ。
「アイナ様! 大丈夫ですかっ!?」
ルークの声がする中、私は腕を襲う熱に耐えられず、もう片方の手で腕を押さえていた。
その間に、ルークとエミリアさんは私を護るように囲ってくれる。
「ん……っ、はぁっ……はぁっ……。
だ、大丈夫だけど……、これって……?」
私が何とか声を振り絞ると、ルークに蹴り飛ばされたクライドさんが上半身を起こしながら笑った。
「ははっ、はははっ!!
この液体は特別製でな! 普通のインクで描かれたものに、魔力を与えるんだよ!!
はははっ! もうお前の奴隷紋は偽物じゃない!! 本物だっ!! ぐわーっはっはっは!!」
「……な、何でそんなことを……?
最初からそのつもりで……!?」
「いや? 最初は金貨50枚ももらえば良かったんだがな。
……だが、検問所で見せられた手配書――お前たちは手配書の連中なんだろう?
これからお前らをヘリングさんに献上してやるのよ!! 俺の評価も、うなぎのぼり間違い無いぜっ!!」
クライドさんは醜い表情を浮かべながら、さらに大きな声で笑った。
奴隷の少女たちはそれを見て怯えていたが、用心棒は冷静でいるように見えた。
「……そんな、酷い……!」
「ああ、申し訳ないが勘弁してくれな♪
――スレイブ・ケオネルド!!」
クライドさんがそんな呪文を唱えた瞬間――
バチィイイィツ!!
「――かはっ!?」
私の身体に、奴隷紋を中心にして激しい痛みが駆け抜けた。
稲妻に撃たれたような、一瞬で意識が奪われるような感覚。
……まともに立ってはいられず、思わずその場に崩れ落ちてしまう。
「アイナさんっ!!」
「くっ……」
「そっちの二人も言うことを聞かないと、もっとやっちまうぞ!!
黙って大人しくしてな!! あーっはっはっは!!」
クライドさんは勝ち誇ったように、私たちを馬鹿にするように大声で笑った。
私に奴隷紋が刻まれた今、ルークとエミリアさんも言うことを聞くと思っているのだろう。
しかし――
「……ルークはさ。
私の秘密を……色々と、知ってるわけじゃない……?」
「え? ……な、何ですか、急に……」
突然の問い掛けに、ルークは戸惑った。
しかし私は、全身に走る痛みに耐えながらルークに伝える。
「私は……ほら、死なないでしょ……?
……だから、私のことは気にしないで――」
「おいおい、何をこそこそと喋ってるんだよッ!!
スレイブ・ケオネルド!!」
バチィイイィツ!!
「ぐッ……!?」
耐え難い痛みが再び私を襲う。
意識は奪われそうになるが、まだまだ……この程度なら我慢はできる。
しかし力が抜けていく中、何とかアイテムボックスから――
「……これで、しばいてあげなさい♪」
――神剣アゼルラディアを出して、ルークに渡す。
その剣を手にした瞬間、ルークはクライドさんに思い切り飛び掛かっていった。
「う、うぉお!? せ、先生ッ!!」
クライドさんの慌てた声を受けて、用心棒がクライドさんとルークの間に割って入った。
「応! 若造めが、大人しくせいっ!!」
用心棒は一瞬で剣を抜いて、ルークの神剣アゼルラディアを受け止める。
……しかしその剣はあっさりと折られて、用心棒はそのまま神剣アゼルラディアの一撃を叩き込まれる――
「な、何だと!? 私の剣が……ッ!?
まさか、それが神器――」
その言葉が終わるのを待たず、ルークの剣は何度も用心棒を打ち付けた。
奴隷紋の痛みを我慢しながら何とか立ち上がり、用心棒を見てみると……その身体には斬られたような傷は無く、腕やら脚やらがおかしな方向に曲がっている状態だった。
剣で攻撃したのに何故……とは思ったが、そういえば神剣アゼルラディアには『斬撃力変化』という能力があったっけ。
ルークが希望して付けたものだけど、切れ味を調整することができる能力だ。
斬撃力――つまり斬る力が高すぎると、使いにくい……そんな話があったからね。
……用心棒への攻撃がひと段落すると、ルークはクライドさんに向き直った。
クライドさんはルークの顔を見て、恐怖の形相を浮かべている。
「ま、待てっ! これ以上やったらまたアイツを痛めつけるぞ!?
スレイブ・ケオぐほおおぉっ!!?」
奴隷紋への呪文の最中、クライドさんはルークに思い切り薙ぎ払われた。
まともに横腹に食らってしまったものだから、骨は余裕で折れているだろう。
そのまま横に吹き飛んだクライドさんに、ルークはゆっくりと歩み寄り、そして見下ろしながら低い声で言った。
「……貴様は許さんぞ。
身体のどこも、動かんようにしてやる……」
「ひっ、ひぃっ!? お、お助け――」
そのまま、周囲には鈍い音が響き続けた。
しばらくすると、エミリアさんが恐る恐る話し掛けてくる。
「――アイナさん……。
ルークさんを……止めないでも、良いんですか……?」
「……何で、ですか?」
「ほら、あの……。奴隷紋の解除の方法とか――」
「ああ、それは大丈夫です。
……バニッシュ・フェイト」
こっそり付けていたブレスレットの力で、私は打ち消しの魔法を奴隷紋に掛けた。
一瞬の光のあと、奴隷紋は綺麗に霧散していく。
「……あ、なるほど……」
「一応、もし本物を刻まれたら……とかは考えていたんです。
まさかあの液体が、って感じでしたけど」
「そ、そうですか……!
それで、その、ルークさんは――」
ルークは引き続き、クライドさんを滅多打ちにしている。
しかしその光景を見ていても、私の心には響くものが何も無かった。
「……エミリアさん。
止めた方が良いんですか? ……止める必要、ありますか?」
――最近、私の価値観や倫理観が大きく揺さぶられているのを感じる。
こんな世界の中で、一体何が正しいのか。何を信じれば良いのか――
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