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ヴィンセント様から聞かされるお父様の一面に、驚くしかなかった。よもや、私を笑わせるために嘘をついているのでは……とも考えたけど、彼のまっすぐな瞳は嘘をいっているように見えない。
「しかし、よりによってケリーアデルを後妻に迎えるとは、誰も思っていなかったよ。考え直せという者も多数いた」
「あ、あの、それって……どういうことですか?」
ヴィンセント様から聞かされたお父様の再婚話に、不穏な気配を感じずにはいられない。だって、お父様があの人と再婚したことを、周囲の人たちは歓迎していなかったように聞こえる。
お父様は、継母を素晴らしい魔女だといっていたのよ。ケリーアデルに学べば、きっと私も魔法が使えるようになると──幼い頃の記憶を思い出し、ハッとする。
もしかして、私のために推し進めたの……?
ヴィンセント様を見つめると、彼は少し辛そうに目を細めた。
「レドモンド卿が後妻に求めた婚姻の条件は『ヴェルヘルミーナの魔力を開花させること』だった」
「私の、魔力?」
「本当は、自身で魔法を使えるようにしてやりたかった。そう話されていた。しかし、当時の第五魔術師団は新たな幻惑の魔女を探す任があってね」
「……それで、お忙しかったのですね」
継母を立派な魔女だとお父様がいっていた意味を、やっと分かったような気がする。
お父様の選択や厳しい躾は今思い出しても、一つも嬉しくない。でも、そこに愛がなかったわけではなかった。見えた気がする事実は、小さな救いに思えた。
「……ヴェルヘルミーナ、驚かないで聞いてくれ」
「もう、ずっと驚くことばかりですわ。まだ、何かあるのですか?」
「ああ……ケリーアデルは、幻惑の魔女候補だった」
突然降ってきた言葉に、私は声すら出なかった。
候補ってなんだろう。
「幻惑の魔女は、隠れるのが上手くてな。自分の力を一時的に分け与えることが出来る」
「……分け与える?」
「木を隠すなら森の中……自分の魔力を他者に与えることで、雲隠れするんだ」
「そんなことをしたら、幻惑の魔女は力が弱まるのではないですか?」
「いや。分け与えたものが失われるわけではない。その力をもって他者を操れるし、魔力の回収も出来る」
ヴィンセント様の話を頭の中で整理しながら、考えた。
つまり、継母は幻惑の魔女、あるいは、そのダミーかもしれないということ?
もしも本物がどこかで、あの女を操って姿を眩ましているとしたら……大変なことじゃないかしら。
「……そうして、幻惑の魔女は隠れながら世の中に混乱を招くのですか?」
「ああ。ケリーアデルが、どちらであろうとも、重要人物だ。だから、周りは再婚を止めたんだ」
私の身体をぎゅっと抱きすくめたヴィンセント様は、低く「私も反対だった」と呟いた。
「ヴェルヘルミーナを危険な目に遭わせる気かと詰め寄ったが、レドモンド卿は『娘のことは私が守る』の一点張りだった。今思えば、既に幻惑の魔女に取り込まれていたのかもしれない……娘を思う気持ちにつけ込まれて」
「……お父様」
「すまない。私には、お父上を正気に戻せるだけの力がなかった。砦にいるときは、いくらか魔女の幻惑が緩ることもあり、なるべく長いこと砦に留まるよう進言したのだが……それが、レドモンド家の混乱を招く要因にもなった」
お父様が屋敷に寄り付かなかった理由はそういうことだったのか。どうにかして、幻惑から逃れて正気を保とうとしていた……。
私はなにも知らなかったのね。
「お父様は……私たちを見捨てたわけじゃなかったのですね?」
「もちろんだ。砦におられる時は常に、レドモンド家のことを憂いていた。命が残りわずかだと察してからは、どう、子どもたちを助けるかばかり、考えていらっしゃった」
セドリックが帝国にいらっしゃるお祖母様のところへ向かうことになったのが突然だったのも、もしかしたら、死期を悟ったお父様が早々と根回しをされていたのかもしれない。
寡黙なお父様らしいといえばそうね。
私たちに本心を語ることなくすごしていたのかと思うと、胸が苦しくなった。どんなに辛かっただろう。どうして、助けてあげられなかったのか……。
頬を濡らした涙を、ヴィンセント様の指がそっと拭った。
「レドモンド卿の葬儀がすみ、すぐにでも君をロックハートへ招くつもりだった。しかし……」
「私がそれを断ることで、拗れてしまったのですね」
「ケリーアデルはペンロド公爵夫人との繋がりが強かった。仕方あるまい」
継母との日々が、次々に思い出された。
私がペンロド公爵夫人との関係に怯えず、ロックハート侯爵様──ローゼマリア様を信じていたら、もう少し早く解決できたのかもしれない。
「私は、本当に無能ですね」
「何を言い出すんだ?」
「だって……私が、私がローゼマリア様を信じて、勇気を出していたら……私が、魔力を使えていたら……お父様を煩わせることも、お父様が苦しむことも」
無能だったばかりに、事を大きくしてしまった。
そう考えると苦しくて、申し訳なくて、さらに胸が締め付けられる。
「泣くな、ヴェルヘルミーナ」
優しい声が耳元で私を呼ぶ。
「私も、貴女を救い出すのに時間がかかってしまった。それこそ、ロックハート家として踏み込める範囲が狭かったからね。下手をしたら戦争になる」
「それは……」
「だが、私の手を取ってくれた」
私の手を、ヴィンセント様はしっかりと握りしめる。
「もう離さない」
「……ヴィンセント様」
「これからは君を支え、その心を癒す手伝いをさせてほしい。レドモンド卿に『娘はやらない』といわれている私だが、いいだろうか?」
優しい言葉を断ることなんて、私にできようか。
大きな手を握りしめた私は、この時、本当の意味でヴィンセント様の妻となる決心を固めた。
コメント
1件
お父様……無口な人だと思っていたけれど、あの沈黙の裏にこんなに深い事情があったなんて。自分の寿命を悟ってからセドリック様を早々に帝国へ送ったのも、すべて計算の上だったんですね。お父様が娘想いの人で本当によかった……胸がじんわり熱くなりました。ヴィンセント様の「もう離さない」も、重みのある素敵な言葉だったなあ。