鬼の回復力で元気になった一ノ瀬を連れて、無陀野が校内を軽く案内する。
その間に鳴海は彼の制服を受け取るために事務室へと向かった。
そこで自分自身も私服であることを指摘され、慌てて仕事着に着替えると、集合場所である更衣室前へと走った。
「ごめん!待たせちゃった…!」
「何か不備でも…あぁ、着替えてきたのか。」
「うん。ジャージだってことすっかり忘れてて…!あれ、四季ちゃんは…?」
「トイレだ。」
いつものように傘倒立で腕立て伏せをしていた無陀野は、息を整える鳴海を穏やかに見つめる。
その視線に気づいた彼が”どうしたの?”と声をかければ、無陀野は筋トレをやめて彼と向き合った。そして不意に鳴海に抱きついた。
「…無人くん?」
「副担とはいえ復帰したら前線に戻るんだよな」
「そうだね。これでも隊長だし」
「………」
「もしかして、 寂しい?」
「あぁ。かなり寂しい。ここ半年はずっと一緒だったからな。」
「え、俺の旦那様めちゃかわ…!大丈夫だよ〜!俺の部隊は呼ばれないと動かない大所帯だしそれに俺もまだ復帰出来るほど動けないから…」
「どっちにしろ寂しい。お前の弁当も食えなくなる」
「弁当は作っておくから。ね?」
鳴海の返事に、無陀野は少し口角を上げた。
いつもほぼ無表情の彼の笑顔は、鬼の世界ではかなり…いや、とてつもなく貴重なものである。
鳴海の前では比較的穏やかなことが多いが、ここまでハッキリとした笑顔は彼でも初めて見るのだ。よって…
「はっ…!」
「? どうした、急に。」
「無人くんの笑顔は破壊力が強い…!カッコ良すぎ!俺嫉妬しちゃう!!」
「はぁ~くだらないことを言ってる暇があったら、あいつの相手をしろ。」
「へ?」
「天使ー!!」
トイレから出てきた一ノ瀬が、鳴海を見つけるなり猛ダッシュでこちらへ向かってくる。
呼び方が直っていないので、まずはそこから注意する必要がありそうだ…
「四季ちゃん、呼び方呼び方」
「あ、ヤベっ!ごめん、鳴海!」
「もう~もうすぐ教室行くんだから、本当に気をつけてよ?はい、制服。」
「分かってるって!」
本当に分かってるのか疑いたくなるぐらいの全開笑顔で、一ノ瀬は鳴海から制服を受け取った。
何もかもが珍しいのか、更衣室に入ってからもドア越しに興奮した声が聞こえてくる。
無陀野は筋トレをしながら、鳴海は壁に寄りかかってボーっとしながら、彼と会話をするのだった。
「頭に何か生えてんだけど!?」
「鬼の血が目覚めた証だ…123、訓練で自由に消せる…124。」
「鳴海も生えてんの~?」
「生えてるよ~!」
「あとで見せて!傷も治ってるし、すげぇな…」
「いいから早く着替えろ…125。」
「制服カッケェな。」
「サイズ大丈夫そ?」
「おう、ピッタリ!…まさかまた学校に通うなんてな。」
「お前の他にも合格者がいる。その中でレベル的にはお前が最下位だ。様子を見て使えないと判断したら退学だ。」
「は!余裕だよ!…あ!そーいや親父どこやったんだよ!」
着替え終わって更衣室を出た一ノ瀬は、開口一番そう叫んだ。
彼の父親は遺体安置所に保管されていた。
見た目は鳴海が整えているから、葬送は任せると無陀野は告げる。
「…」
「後悔に浸るなんて時間の無駄だ。」
「お前そーゆう言い方…!」
「同じ後悔しないために強くなれ。経験を無駄にする非合理的な馬鹿になるな。」
「(ふふっ。無人くん、相変わらず優しいな。)」
「あんた優し…「ちんたらするな!教室まで15秒で行くぞ!鳴海!」
「え、あ、うん!」
「ズリィんだよ!無理だろ!」
「そうか、じゃ退学だな。」
「鬼かよ!」
「鬼だが?」
「やかましいっす!」
「あははっ!」
無陀野と一ノ瀬のやり取りに、鳴海は無陀野を背負ったまま声をあげて笑う。
その光景は、鬼の世界とは思えないほど微笑ましいものだった。
キッチリ15秒後、3人は無事に教室前へと到着した。
まぁ1人は息が上がりまくっているが…
「ここがお前の教室だ。」
「お前…マジで…減速しねぇのな…」
「四季ちゃん、お疲れ様。」
「おう。学校か…血が…たぎるぜ…!」
「いや、たぎらせなくていいから。もっと落ち着いて。」
またも興奮状態になっている一ノ瀬とそれをなだめる鳴海の方に目を向けていた無陀野。
その彼に、1本の電話がかかってくる。
阿吽の呼吸で鳴海に先に部屋に入るよう目線で伝えると、無陀野は電話に出た。
「なんですか?校長。」
《無人君、合格者出したんでしょ?》
「足で開けて一発カマすか?いや貫禄ある感じで登場する方が…」
「普通でいいから。」
「…さっさと入れ。鳴海、頼むな。」
「りょ〜」
一向に教室の扉を開けようとしない一ノ瀬にイラッときた無陀野は、電話片手に彼を教室内へ蹴り飛ばす。
そして最後に鳴海に一声かけてから、彼は再び電話に戻った。
「それが何か?」
《だーって無人君さー…君ここ数年間、合格者0人だったじゃん。何々ー?何があったのー?》
「たまたまですよ。」
《まぁ不作が続くと、急に豊作になるって言うからねー。無人君の奥さんもかなり優秀だしねー。十数年に一度の粒揃いってことだね。期待大だねー。》
「まだどーなるかわかりませんよ。」
《えーでもさー声ちょっとワクワクしてない?》
「…耳衰えたんじゃないですか?桃太郎機関との戦いは命懸けです。使えないと判断したら即退学ですよ。」
《ツンデレだねーまぁ死なないように、死なないくらい強く育ててあげてよ。》
「当然です。」
《あ、そうだ。鳴海君元気?調子が戻り次第復帰予定でしょ?彼って頑張りすぎて頼るのが苦手だからね》
「本人はまだ万全じゃないって言ってますけどね。俺からしたら動けてる方ですよ」
《無人君が言うなら間違いないね。》
「じゃあ切りますよ。」
そう言って通話を終えた無陀野は、鳴海が入って行った教室の方を見やる。
自分にとって唯一無二の妻のことを想いながら、彼もまた教室内へと足を向けた。
無陀野が電話をしている頃…
教室に頭から突っ込んだ一ノ瀬と、外れたドアを直そうとしていた鳴海は揃って室内の生徒を見渡す。
四季を入れて男は5人、女子は2人…計7人が今年の新入生だった。
それぞれ離れて座っており、一切の会話がない教室は和気藹々な雰囲気とは程遠い。
「(随分ピリピリしてるな~やっぱり四季ちゃんみたいなタイプがレアなんだろうな。)あれ?四季ちゃん、何か手に血ついてない?」
「え?うわ!鼻血出てんじゃん!ダサッ!天…じゃなくて、鳴海~ティッシュ持ってる?」
「ごめん、持ってないや…」
「いいよ!誰かティッシュ持ってねぇ?なぁお前!お前ティッシュ持ってんだろ?マスクしてるし、花粉症とかだろ?ティッシュちょうだい!」
「話しかけるな。」
黒マスクをつけた金髪の少年…名を皇后崎迅。彼に笑顔で話しかけた一ノ瀬は、その一言で一気にイライラモードに入る。
鼻血はそのままに、一ノ瀬は再び皇后崎に声をかけた。
「てめぇ随分な口きくじゃんか…」
「はぁ…」
「ん?ププー!お前ツノねぇじゃん!まだ覚醒してない赤ちゃんか?知ってっか?訓練で消したり出したりできんだぜ!」
「(あちゃ~これは言い返されるぞ…)」
「こんなもん出してる奴は、ルーキー丸出しの馬鹿だろ。」
「(わぁ…強めの右ストレートだ)」
「おい。その “馬鹿” ってのは、俺も含まれてんのか?」
「(え~…ちょっと1人追加されたんだけど…無人くん、早く来て…!)」
「逆になんで含まれてないと思えるんだ?」
「男ならその喧嘩 “買う” 一択だろ。」
「はは!やれやれ!」
「胃が痛い…胃がん?死ぬのか…」
一ノ瀬達の会話に追加で入ってきたのは、左眉にピアスをあけている目つきの鋭い少年…名を矢颪碇。
皇后崎の一言がさらに火に油を注ぎ、場は徐々にヒートアップしていく。
そこへ来て優等生っぽいメガネの少年…名を遊摺部従児、場を収めようと彼まで会話の中に入ってくる。
ようやくドアを(半壊させてしまったが)はめ込んだ鳴海は、もう限界だとばかりに4人の方へと歩き出す。
が、それは不意に腰に回された手によって阻まれた。
「! 無人くん…!」
「ドアありがとな。お前は後ろで見てろ。俺が行く。」
「穏便にすませてね」
鳴海と小声で会話をし、無陀野は音もなく一ノ瀬と皇后崎の方へ向かって行く。
その様子を横目で見ながら、鳴海はピンク髪の大人しそうな女子の後ろの席へと着席した。
「俺の鼻血はもういいんだよ。お前の見下し感ムカつくんだよ。」
「実際見下してんだよ、鼻血君。」
「あぁ?」
「おい。ここに遊びに来た訳じゃないよな?」
「(あれ…?俺、机に座ってたよな…?)」
「(いつの間に後ろに…?)」
「どうした?そんな顔して。何か驚くことでもあったか?」
一切の気配なく皇后崎の背後を取り、一ノ瀬をイスに座らせた無陀野は、驚く2人を冷たく見下ろした。
無駄のないその言動に、鳴海は心の中で大騒ぎ。俺旦那様かっこいい〜〜っ!!と、場の空気を読まずにまた一ノ瀬が言葉を発する。
「席替わる!コイツ嫌い!(鳴海の隣行こーっと。)」
「そうか、仕方ない。本来今日は学校説明と案内だが…別のことをやるか。」
「何すんだ?」
「お前ら鬼だろ?じゃあ “鬼ごっこ” に決まってるだろ。」
「え?遊ぶの?」
緊張感が高まる教室内で、一ノ瀬だけが未だ呑気な表情のままだった。
これから始まる “鬼ごっこ” を思い出しながら、鳴海は無陀野を見つめていた。
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