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気持ち悪くなる一歩手前まで追い詰められながらも、必死になって目の前にある大量のカレーを平らげた。意地といってもいい。こんなことでタケシ先生との仲を認めてくれるのなら、どんな手を使っても食べ尽くしてやる勢いだった。
隣で食べてるタケシ先生も、俺の量より多くはないけど、かなりの量を食べ終えていて。そのくせ余裕の笑みを浮かべつつお腹をさする俺を、どこか満足気な顔で眺めた。
「歩、美味しかったろ? 久しぶりに食べたからか、余計に美味しく感じた」
「あら、そお? 嬉しいこと言ってくれるのね。王領寺くん大丈夫? たくさん食べてくれてありがとね」
「いっ、いえいえ。とても美味しくて……た、たくさん食べてしまって。ハハハ……」
「昨日に引き続き、今夜も無理して平らげて。体を壊したいのか?」
呆れたお父さんが胸ポケットから、さっと何かを取り出し、俺の目の前に置いてくれる。タケシ先生は素早く差し出されたものを手にして、しげしげと確認した。
「親父、これ胃薬じゃないか。こんな物をずっと、胸ポケットに忍ばせていたの?」
「や、最近胃の調子が悪くてな。すぐに飲めるようにしているだけで、王領寺くんのためじゃないぞ」
若干頬を染めて、明後日を向きながら言う姿は、タケシ先生がする誤魔化しのときと同じだ。さすがは親子――
「お父さん、ありがとうございます」
「お父さん言うな! 胃の調子がお前らのせいで、どんどん悪化していくぞ」
「悪化しそうな顔色でもないのにね、親父……」
「まったくお父さんってば。素直に用意していたって、言えばいいのに」
タケシ先生とお母さんに口撃され、うっと言葉を飲み込んだ、めっちゃ可愛いお父さん。
やっぱりこんな感じのやり取りを直接見ることが出来て嬉しいと、心から思ってしまう。出会い頭のタケシ先生の爆弾発言から考えると、和やかすぎて怖いくらい。
「なぁ、王領寺くん」
「は、はいっ!」
ゴホンと咳払いをしたお父さんが、いきなり話しかけてきた。姿勢を正して、真っ直ぐ顔を見つめる。
「君はまだ若い。年の離れたこんな可愛げのない男と一緒にいるより、若い娘さんに、目がいくんじゃないのか?」
可愛げのない男――ぷっと吹き出しそうになりながら隣を見たら、憮然とした表情を浮かべている姿があった。
「自分の親以上に、俺の体を心配してくれた大事な人を、裏切るようなマネを絶対にしません。どんなに魅力的な人が現れても、タケシ先生一筋です!」
ハッキリ宣言した途端に後頭部をタケシ先生に鷲掴みされ、目の前のテーブルに打ち付けられた。ゴンゴンと何度も……。
「ばっ! お前ってば何を堂々とハズカシイことを言ってくれちゃってんだよっ。まったく!!」
「いっ! うぉっ! 待てって、うっ! タケシっ! せんせ!」
「おいおい……それくらいにしないと、バカな中身が手遅れになるぞ」
助け舟にならない言葉を告げたお父さんのお蔭で、ハッと我に返るタケシ先生。
「武がそんなふうに取り乱すなんて、母さんはじめて見たわ……どんなことがあっても落ち着き払ったままでいて、あまり反応のないコだったのにねぇ」
「なっ! は、反応してたって!」
ごんっ!!!
お父さんが止めたというのになにをとち狂ったのか、またしても俺の後頭部を掴み、テーブルに勢いよく押し付けた。容赦なく、ぎゅ~っと。
「そんなことないわよ。反応が薄すぎてつまらない息子だなぁって、一緒に暮らしていたときは、よく思ったもの」
「それは、その……そこにいる誰かさんの血を、色濃く継いだせいだって」
力いっぱいにぎゅ~っとテーブルに押し付けられると、顔が潰れてしまうよ。
「お父さんは、ちゃんと反応あったわよ。マイナス面に関しては、ずば抜けてね。嫌いっていうものに限って、実は好きだったりして。だからわかりやすくて、いい人なのよ」
ふふふと笑うお母さんの声に「ウルサイ!」と小さい声で怒鳴ったお父さん。しかしながら俺のこの体勢に対して、誰もツッコミを入れてくれないとか、結構辛いんですけど……。
「とにかくだ。ふたりの付き合いをどうこう言ったところで、反対を無視して付き合うだろ? お前なら」
「まぁね。どんなことがあっても、別れるつもりはないよ」
(――ああ、どんな顔してそのセリフを言ったんだ?)
「親として王領寺くん自身は、バカがつくくらいいいヤツだっていうのは、わかりすぎるくらいわかったがな」
「あ、りがと、ございます。すおぅ、先生」
押し付けられる力に反発しながら、テーブルからちょっとだけ顔を上げ、目の前にいるお父さんにお礼を言った。
「これから先、王領寺くんの親御さんを含めて、ふたりでいることに、世間の風当たりが厳しくなったりするかもしれないんだぞ。それでも構わないのか?」
「問題ない」
お父さんの問いかけに、静かな声で即答したタケシ先生。一生懸命に顔を上げてる状態だったけど、横目でその様子を窺ったとき、ふと目が合った。
仕事をしているときの眼差しに似ているんだけど、それとも違う、包み込んでくれるような優しさが、じわじわっと滲み出ていて、思わず見惚れてしまう。
俺もいつか、タケシ先生みたいにカッコイイ大人になれるんだろうか?
そう思ったのも束の間、邪魔といわんばかりに、またしても俺の頭を掴んでる腕に、これでもかと力を入れてきた挙句に、そのままテーブルに押し付けられた。
首が横に向いている状態だったので、グキッと音が鳴るオマケつき。
「い゛っ!?」
横に向いてるから、今度はタケシ先生の表情が逐一見られるんだけど、普通の状態で見ていたいと思う俺は、ワガママなのかな?
「コイツと……歩と付き合った時点でいろんなことを想定して、腹をくくってる。学生のうちはあっちの親にウソをついちゃうことになるけど、卒業したら――社会人になったら、きちんと挨拶に行くつもりだよ」
お父さんとお母さんを真っ直ぐ見据え、これからのことを言い切ったタケシ先生の顔は、今まで見た中で一番格好よくてキレイで。抱きしめたくて、堪らなくなった。
「ところで王領寺くん、さっき首から音が出ていたが、大丈夫なのか?」
オトウサン・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・何故にこのタイミングで?
俺の首のせいでこの話が終わってしまい、俺たちの付き合いは渋々ながら認められた形となったのだった。