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藤井渚の告白に、伊織は数秒間、沈黙した。心臓は張り裂けそうだったが、藤堂の熱すぎる独占愛から逃れたいという抗いがたい誘惑と、藤井のまっすぐな優しさに、伊織は抗えなかった。「はい……」

伊織のか細い返事だったが、藤井にははっきりと聞こえた。

藤井は、安堵したように、そして喜びを込めて微笑んだ。

「ありがとう、伊織くん。約束する。君を後悔させない」

伊井織が藤井の告白を受け入れたことは、藤堂にはまだ知られていなかった。伊織は藤堂に「体調が悪い」と告げ、週末のデートを断った。藤堂は不満そうだったが、「早く良くなれよ、俺の可愛い伊織」と熱いメッセージを送るに留まった。

そして、藤井渚との初めてのデートの日。

伊織は、藤井の提案で、少し離れた場所にある大きな公園と、その周辺のお洒落な雑貨屋を巡ることにした。伊織は、藤堂といる時のような緊張ではなく、新鮮で穏やかな気持ちで藤井と並んで歩いた。藤井は、伊織の話をゆっくりと聞き、伊織のペースを尊重してくれた。

伊織は、雑貨屋で見つけた猫の小さな置物に夢中になっていた。

「伊織くん、本当に可愛いものが好きだね」

藤井はそう言って笑い、自然な仕草で伊織の手を取った。

「あ、藤井さん……」

伊織の指は、藤井の少しゴツゴツとした、けれど温かい指に包み込まれた。藤堂の熱すぎる手とは違う、確かな安心感があった。伊織は、この手の繋ぎ方こそが、自分が求めていたものかもしれない、と感じた。

「渚でいいよ。恋人なんだから」

藤井は、そう言って微笑む。伊織は少し照れながらも、「う、うん、渚」と小さく応じた。

二人は、繋いだ手をそのままに、公園の並木道をゆっくりと歩き始めた。穏やかな陽光の中、二人の姿は、まさに幸せなカップルそのものだった。

しかし、その幸福な光景は、一瞬で引き裂かれた。

並木道の影から、突如として黒いコートの人物が飛び出してきた。その人物は、顔のほとんどをマスクとフードで隠していたが、その冷たい眼光は、間違いなく藤堂蓮のものだった。

藤堂は、伊織と藤井が手をつないでいるのを見た瞬間、理性を失った。

「伊織ッ!!」

藤堂は叫びながら二人に駆け寄り、伊織と藤井の手を、強引に引き剥がした。

「蓮?! な、なんでここに……」

伊織はパニックに陥った。藤堂の顔は、嫉妬と怒りで真っ青になり、眼光はまるで氷のように鋭かった。

「なんでだと? お前が体調不良だと嘘をついて、俺の週末を奪っておきながら、この女とデートだと?! しかも、手なんか繋いで!」

藤堂は、伊織の細い腕を強く掴み、自分の後ろに引き寄せた。

藤井渚は、一瞬の驚きから立ち直ると、冷静に藤堂と対峙した。

「藤堂くん。私たちのデートの邪魔はしないでくれるか」

「邪魔? ふざけるな! 俺の恋人を連れ回しておいて、どの口が言う!」

藤堂は藤井を睨みつけた。

「伊織はもう、あんたの恋人じゃない」

藤井は、伊織の代わりに答えた。

「伊織くんは、この間、私の告白を受けてくれた。伊織くんは、私のものだ」

その言葉は、藤堂の心にナイフのように突き刺さった。藤堂は、愕然とした表情を浮かべた後、怒りによって全身を震わせた。

「嘘だ! 伊織、言ってみろ! こいつの言葉は嘘だって!」

藤堂は、伊織を正面に向かせ、その肩を強く掴んだ。しかし、伊織は俯いたまま、藤堂の目を見ることができない。

「伊織……」

「……ごめん、蓮。僕、渚と、付き合うことにした」

伊織の小さな、しかし確かな裏切りの言葉に、藤堂は全てを失ったかのように立ち尽くした。

「ああ、そうかよ。裏切り者め」

藤堂は、伊織を突き放し、藤井渚に向き直った。その目は、憎悪に満ちていた。

「いいだろう、転校生。お前が伊織を奪ったことは、絶対に許さない。伊織は、お前の理想の**『自由』**なんかじゃ、満たされない。必ず、俺の愛が正しかったと、思い知らせてやる」

藤堂の独占欲は、今や、破壊的な怒りとなって、藤井渚にぶつけられた。藤井は動じず、伊織を藤堂から守るように、藤堂と伊織の間に立った。

「それは、これから伊織くんが決めることだ。もう、君の出番はない」

藤堂VS藤井渚。かつてない激しい対立が、二人の恋人との間で、勃発したのだった。

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