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だが、お嬢様気質が抜けてないと言いながらも、家事労働にどっぷりハマっている唯由は、雪村家の晩餐に狂喜していた。
「この出汁、すごいです。
ぜひ、作り方をっ。
月子やお義母様に食べさせたいですっ」
「……俺にじゃなくてか」
「この水菓子ののってきたお盆、すごい職人技ですね。
どちらでお求めになられましたっ?」
と唯由は雪村家の夕食を違う意味で満喫する。
「蓮太郎、面白いお嬢さんだの。
お前と似合いのようだ。
二度と現れないかもしれない、お前にとっての大事な『愛人』さんだ。
大切にな」
と真伸が微笑む。
大王も大王息子もそれを聞いて笑っていた。
「このかぼちゃの馬車、帰りも動くんですね」
呑まなかった蓮太郎の車の中、唯由は街の灯りを見ながら、そう呟いた。
「酔ってんのか、シンデレラ」
「酔いません。
私、ザルですから」
と言いはしたものの、なんだかいい気分な酒であったことは確かだった。
「……お母さんが出て行ったあと、あの屋敷にひとり残って。
でも、すぐに新しいお母さんと妹ができました。
お義母さんは使用人の人たちをみんな辞めさせてしまい。
長女なんでしょ。
後継ぎなんでしょ。
じゃあ、この家のこと、みんな、やりなさいって言ってきて。
私、最初はなにもできなくて、泣いてばかりだったけど。
あるとき、自分が磨いたグラスがシャンデリアの灯りにすごく輝いてるのが見えて。
次の日、銀食器をYouTube見ながら熱心に磨いたら」
「本じゃないのか」
今どきだな、と前を見たまま蓮太郎が言う。
「これまた、灯りの中で美しく煌めいて。
お義母様はいいおうちの出なので、食べ方も洗練されて美しく。
滅多にお父様が帰らない家の中でもきちんと装われているお義母様が形のいい唇に私が磨き上げたフォークを運ばれる様がまた素晴らしくて。
私、そこからどっぷり家事にハマったんですよ。
新しい世界を開いてくださったので、別にあの二人は嫌いじゃないです」
「……出て行ったお前の母親は何処にいるんだ?」
娘が慣れない家事労働をさせられているのに、なにをしてるんだと思ったようだった。
唯由はちょうど通りかかった総合病院を指差す。
「そうか。
入院されて……」
「いえ、看護師長として、バリバリ働いてます。
もともと看護師で、うちの父親が入院したとき出会ったみたいなんですよね。
でも、結局、じっとしてられない人だったみたいで。
働きたい、と言って出て行ってしまいました」
「お母さんは普通の家の方なのか?」
だったら、蓮形寺の暮らしは大変だったろうと蓮太郎は思ってくれたようだった。
お金に不自由しなくて羨ましいと思われる家でも、古い家だと、しきたりなども多く、親戚もいろいろ口出ししてきたりして、大変だから。
「母は、古澤練行の三女です」
「……大物政治家じゃないか。
いい家の娘なのに、じっとしてられないのは遺伝か」
と言われてしまう。
「いやあ、おじいちゃんも叩き上げの人なんで。
政治家に定年ないですけど。
今でも空いた時間には畑でクワふるってますよ」
練行は娘が勝手をしてすまないと父に謝ったようだった。
いやいや、よそに子どもを作ってた時点で、父が悪いと思うのだが。
器が大きいのか。
深く考えていないのか。
「古澤練行……」
暗い夜道を見据えたまま、蓮太郎は呟く。
「……れんれん仲間だな」
「おじいちゃん、『れん』一個しかないです」
などと言っているうちに、アパートに着いていた。
「なんで戻ってくるんですか」
雪村本邸に戻った途端、蓮太郎は眉をひそめた直哉にそう言われた。
「いや、ジイさんに礼を言おうかと。
蓮形寺をもてなしてくれたから」
「そんなこと訊いてるんじゃないですよ。
ラマンな唯由様を送ってったのに、なに、それじゃあって戻ってきてるんですか」
泊まってこないんですか、と言われる。
いや、女にラマンって使わないだろうが、と思いながらも、唯由に聞いた話をすると、
「古澤練行、最後の大物政治家って感じですよね。
ヤクザっぽいっていうか。
いかにもな昔の政治家っていうか」
迫力ありますよね~と言ったあとで、
「挨拶に行かなくてよろしいんですか?」
と言われる。
「……今の話の流れで行きたいと言うと思うのか」
今、ヤクザっぽいって言ったろ、とれんれん仲間のはずなのに怯える。
「だからこそ、早めにご挨拶に行くべきですよ。
蓮太郎様のその誠実なところをお見せするのです。
蓮太郎様は、唯由様のお父上と違って、一人の女性だけを大切にされるお方。
ご挨拶に伺って、それをハッキリ古澤様に示されたら、きっと味方になってくださることでしょう。
冗談にでも愛人とか阿呆なこと言わないように」
指の二、三本持ってかれますよ、と直哉は言う。
いや、だから、ヤクザっぽいだけで政治家なんだろうが、と蓮太郎が思ったとき、いつの間にか現れた大王父が語り出した。
「すごい迫力でしたよ、古澤練行様。
昔、お会いしましたが。
この私が視線を合わせただけで、震え上がりましたからね」
どの私なんだか知らないが、怖い、と蓮太郎は思っていた。
古澤練行も、過去の怪しい大王父も……。
次の日、唯由はまた自動販売機前で蓮太郎と出会った。
「あ、昨日はお世話になりました」
と言うと、白衣姿の蓮太郎はすごく言いたくなさそうに、
「今度、お前のおじいさんにご挨拶に行きたいんだが」
と言い出した。
何故、親を飛び越えて……。
っていうか、あの祖父に、どんな挨拶するつもりなんですか。
命はひとつしかありませんよ、雪村さん、と思う唯由に蓮太郎は、
「ぜひ、古澤練行先生にご挨拶をしたい」
となにかに操られているような口調で遠くを見て言う。
絶対に行きたくなさそうだ……。
誰に言われたんですか、と思いはしたが。
まあ、たまには、おじいちゃんとこ覗いてみるのもいいか、と思った唯由は、
「そういえば、ハウス栽培のスイカがなったからおいでと言われてたんですよ。
行ってみますか?」
と蓮太郎に訊いてみる。
「そうか、おじいさんはお忙しいか」
「いや、週末、地元にいるって言ってましたよ」
「では、またの機会に」
「おじいちゃんに迎えに来てもらいましょうか。
それとも、電車で行きましょうか」
「大変残念だが、俺は一応言ったからな。
そう大王たちには言っておこう」
「会話通じてませんね。
明日の土曜、九時半くらいに待ち合わせましょうか」
苦笑いしながら、唯由はそう言い、話を終わらせた。
土曜日、二人は駅で待ち合わせて電車に乗り、古澤練行の地元に向かった。
そんなに遠くはないが、日帰りプチ旅行という感じだ。
駅に青ざめて現れた蓮太郎だったが、電車に乗っているうちに楽しくなってきたようだ。
「なにか買って乗ればよかったな」
と言い出す。
「ちょっとしたお菓子ならありますよ」
と唯由がチョコレート菓子などを渡すと嬉しそうだった。
田舎に向かう電車はどんどん空いていって、ぽつぽつしか人がいない中、四人掛けの椅子に蓮太郎と二人きり、向かい合って座っていた。
線路沿いには黄色や白の背の高い野の花が咲き乱れ、窓の向こうには海。
なんか……デートのようではないですか、と唯由は赤くなる。
あんまり蓮太郎の方を見ないようにして、海を見、チョコを口に放り込んだ。