「黄楽天様」
「「……誰?」」
嫌に落ち着いたその声が呼ぶ、女の名は黄楽天。
名の通り神化人で、直行を司る神様です。
彼女の最も大事な点は、飛行船に彼女の能力が使われているということ。
飛行船が空に漂い、進み、参加者を幽閉し続けられるのは、彼女の存在があってこそ。
逆に言えば、その黄楽天が亡くなれば、飛行船は空を悠長に飛んでいられなくなります。
すなわち、黄楽天が亡くなれば飛行船は墜落します。
この事実により、様々な人物が黄楽天の行方を追い、ネームドは黄楽天を生かし200回目を迎えるため、参加者は殺して空からの脱出を図るために、黄楽天を利用しようとしているのです。
無論、それは衣川さんも同じ。端的に言えば、黄楽天を殺すことが目的となった計画こそが衣川さんの計画なのです。
元神殺し屋らしい計画だとは思います。
そして、その黄楽天を呼ぶ声に、僕は聞き覚えがありませんでした。
僕は幽霊として194回もこの神化人育成プロジェクトを過ごしています。それでも聞き覚えのない声が聞こえている。
つまり、この194回目で初めて出会った人物だということです。
正直、とてもイレギュラーなことが起こってばかりの194回目に初登場した男なんて碌な奴じゃない気がするんですが。
ただ、出会って5秒でバトルみたいな感じで完全に敵対しているわけではなさそうで、何か刺激しなければ穏便に済ませられそうですが……
天竺さんにそのことを伝えるすべがない事にたった今気づいてしまいました。
「誰だ、黄楽天って」
「黄楽天様のことを知らぬのか?全く……。まあいい。黄楽天様とは何たるかを教えてやろう」
(話に入った方がいいのかな?いやでもそれで刺激しちゃったらなぁ……)
(なんかめんどい事になってんなぁ……そこそこの位置で寝るか。大丈夫、話し終わる頃にはなぜか起きれる)
「先ず、黄楽天様は本当に素晴らしいお方だ。私含め、多くの方を希望と成功に導いた、いわば光の伝道師。黄楽天様から天啓を受けた奴らは、皆口をそろえて黄楽天様は最高だと言う。いや、最高っていうのも可笑しな話だ。最高って言うのはあくまで世界での話だろ?黄楽天様は世界なんてとっくのとうに超えてる。地球だなんてちゃちな世界にとどまる器じゃない。……黄楽天様のお出しになられる修行法はどれも厳しく難しいものだ。中には修行法が厳しすぎて自ずと命を絶った馬鹿もいる。ああ、なんて阿呆なんだ。黄楽天様が一人一人に向き合ってやっと考えて下さったと言う修行法を無下にする阿呆が居てたまるかと、私はその阿呆に勝手に胸を痛めた。だが、その時黄楽天様はなんとおっしゃったと思う?『そうやって心を痛めている様では、修行がまだまだ足りませんね』と。ああ、黄楽天様は自らのご厚意を無下にされたというのに、その者を許し、そして勝手に心に傷を負った私すらも、深い、そして温かいヴェールに包んでくれたのだ。全ての者を平等に扱う。まるで死のように……本当に素晴らしいーー」
「……ぉはよー……」
「おお、睡眠は大事だ」「なんで続けられるんだ……」
「ーー少し話過ぎてしまったか。そういえば、お前たちは何故こんな処に?」
この質問が飛んで来たらどうすべきかをずっと考えていたのですが、結論は出ず。
正直なんでかわかんないけど、変な壁によって飛ばされてきた、というのが僕らの記憶をそのまま伝えた場合。
でも、ここに来たからには死んでもらうぞ……みたいなことを言われるかも、ということを考えるとあまりいいとは思えなく。
しかも、壁に飛ばされてくる少し前、僕らがjealousyさんの部屋に居た時。
jealousyさんと誰かもう一人が部屋に入ってきて、謎の黒い部屋に避難を余儀なくされた時ですね。
その部屋に入ってきた二人組のうち、jealousyさんじゃない方の声……たった今思い出したのですが、あの時の声こそ今前にいる男性と同じ声です。
つまり、もしここに飛ばされてくる条件を彼が知っていて、あの部屋に入らないとここには来れない……みたいな条件だった時、普通に考えて僕らがjealousyさんの部屋に居たことがバレるわけですから、本当の事を伝えるのは厳しいかもしれません。
とはいえ、今から即興で嘘を吐くのも無理に等しいですが。
そんな感じで、僕がどうしたもんかとふがいない姿を見せていた時、天竺さんがこの問いに答えました。
流石は年上といった所か(何も考えていないだけかもしれませんが)、決断力が高くてすごいと純粋に思います。
それが吉と出るか凶と出るか、当時は半分好奇心、半分不安に煽られ戦況を見つめていたのですが、
今となっては、そんなことを気にする場合ではないほど、とある事実に驚きを隠せませんでした。
「いや、それが全く覚えてねぇんだよ。なんか気づいたらここに飛ばされててさ。な、小指」
(嘘つく感じで行くんですね……というか僕に振らないでくださいよ……)
「そうですね。特段心当たりもないのですが」
「そうか?お前たち、二人で一つであの部屋にいたじゃないか」
「……」
(えっバレてる……??)
彼の言葉を、僕はひたすら脳裏でループ再生していました。
「二人で一つ」。まだ僕が天竺さんに憑りついていたころ、僕たちは文字通り「二人で一つ」。
二人の意識を、一つの体に宿す。
その様子を、全て見据えられている。
そして、泥棒が二人いると分かっても尚、彼はその二人を追わない。
そういえば、僕たちが衣川さんに依頼されていた謎のアイテム……おそらく「神化香」を、彼も探していた気がします。
そしてそれが見つからなくて、結局別の所に探しに行ったと。
僕たち二人が部屋に侵入していて、自分の探し物が見つからなかったら、普通僕たちを検挙して、こいつらが盗んだんだと主張すると思うのですが。
おそらく、神化香の使い道は彼が溺愛する神化人、黄楽天に使う予定なのでしょう。
神化香の効能はよく分かりませんが、神化とつくくらいですし、神化人に関係するアイテムなのだとは思います。
神化香は欲しいけど、奪われていても奪い返さない。
泥棒が入っていても見逃す。
黄楽天という神化人を溺愛しているけど、あの語りの内容も正直具体的な要素がなかった。
ここまで考えた時、僕にこんな考えがよぎりました。
この人、もしかして黄楽天にそこまで執着していない……いや、もう少し言えば”黄楽天なんてどうでもいい”のではと。
そんな彼が本当にやりたいこと、彼の本当の目的。
そこまでは分かりませんが、ただ一つ言えるのは。
彼に関わると碌なことがなさそうだ、ということだけです。
「で、あの黒い扉からここに来たのだろう?違うか?」
「あぁ……そう……ですね……」
「となれば、だ。お前たちは神化香を探していたのだな。正直お前たちが神化人のあたりの事情に詳しいとは到底思えんが……なんだか怪しいな。何故神化香を探す?」
「……」
(やばいって)(流石に衣川さんの名前は出せませんけど……僕たちが自主的に神化香探してるっていうのも怪しすぎますし……)
今僕たちが最も突かれたら痛いポイントを刺してくるような質問にたじろいでいると、パァンっというような、どこか爽快な音が鳴り響き、ふと我に返りました。
音は、天竺さんの方から鳴っていました。
まるで手と手が激しくぶつかり合ったようなその音に、思わず振り向くと、本当に情報量の多い光景が広がっていました。
文章にして理解しようとした時、天竺さんがあの男を指さして、ぽつぽつと言葉を雑多に詰め込んだような説明を始めてくれました。
「……あいつが俺様から盗もうとしてた」
「え、どういうことですか」
「ズボンの右ポッケに……神化香って言うんだっけ……あれ入れてたんだよ。したら、あいつがポッケに手ぇ伸ばしてきて」
「それだけで盗むってのも……」
「感覚みたいなもんなんだけど、何か盗もうとしてるやつは……なんかさ、ポッケから盗むってなった時、ポッケだけ見るってより、ポッケの中に入ってる目的のブツを見てるみたいな……。だめだ、よく説明できねぇ。とにかく、あいつが俺様から盗もうとしてるってのは、肌勘というか、そういうので分かっちまったわけ」
「はぁ……それで?」
「で、俺様はなんとかして盗まれるのを防がなきゃだろ?そこで、反射的に手が出ちまった。つまり、盗もうとしてるあいつの手を、俺様が振り払った。その時の音がさっきのパーンみたいな音な」
「……じゃあこの男は」
「結局神化香が欲しかっただけなんだろ?」
「……この男と呼ぶのも疲れただろう?emptyだ。よろしく」
「どこもよろしくじゃないんですけど……てか話が全然つながってないし。何者なんですか、一体」
「神化香を欲しがっている謎の存在ぐらいに思っておけばいい。……ここから脱出したいのなら、私が帰ってから今一度壁を確認してみたまえ。出口が発生するはずだ」
「……え?」
「神化香は諦めるさ。私はこの飛行船のどこかに逃げさせてもらう。さすれば、脱出への道は開かれるであろう。要は、私がこの空間から消えたら脱出できるってこと」
「……」
「もう二度と会わないことを精々祈っているがいい。では」
そう言った後、彼……emptyは眩い光に包まれ、光が収まる頃には彼の姿はありませんでした。
「……行っちゃいましたね、天竺さん」
そこまで言って気付いたのですが、天竺さんはemptyが喋りだしてから一言も話していません。
何かあったのかと天竺さんの方を見ると、彼はブレスレットのようなものを持って、じっと硬直しています。
また僕が思案しだそうとした時、彼は僕からの視点に気付いたのか、慌てた様子でブレスレットをしまい、数秒後に頭を掻きながらブレスレットを僕に見せてくれました。
そのブレスレットは、毛糸を手で編んだような作りで、いわゆるハンドメイドのアクセサリーなのでしょうが、不思議と目を惹かれる魅力的なものです。
いいですね、なんて安直なことを伝えた後、そういえばこんなブレスレット、天竺さんは持っていたっけか、と疑問に思い、その疑問をそのまま口にすると、天竺さんはこう答えました。
この回答がただただ衝撃的だったのです。
「小指にどこまで過去の話したっけ」
「えっと……貧乏で、何か盗まないと生活できなくて、ある日から天神家をターゲットに盗みを繰り返していて……その従者の中には音端さんもいたんですよね」
「そこまででオーケーだ。で、しばらくして俺様は黄落人の能力で天神白兎として活動していた。その時当然従者の中には音端もいたよな」
「そうですね」
「俺様、貧乏だったせいでプレゼントってものにうすうす憧れててな。誰かに渡してみたくて、音端の誕生日にこのブレスレットあげてみたんだ。すっげーあいつ喜んでた」
「え、それどこにあったやつですか?」
「聞いて驚けよ。これーー」
「ーーemptyの腕についてたやつだ」
「……え?てことは」
「emptyは音端と会ってる。てか、これを渡すくらいってことは、あいつらは相当親密だ。もしくは」
「emptyと音端は同一人物……?」
「……かもな」
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