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また夢を見た。夢というより、今回は昔の記憶を追憶している感じだった。
いや、あれはまるで夢のような出来事だったから、あれは夢だったのかもしれない。
そもそも、現実からかけ離れたところにいるのだから、夢との区別をつけられないのも無理はないと、必死に自分を鼓舞しているのだが、どうしてもまともな精神状態でいたいと願う自分が居て、ただただうっとおしい。
ーーあの日が夢だったら良かったのに。
*
窓の奥に複数匹いる虫を視認できるほどの夏だった。
何人か熱中症で倒れる従者もいる中、いつも通り機敏に動く天神様を、ふとした瞬間に倒れてしまわないかと不安視しつつ見守っていた。
この日は、蝉の声に混ざってデモ集団も集まり、蝉と聞き間違える様な、言葉になっていない言葉をビービー騒ぐ人たちで天神邸は溢れかえっていた。
そういう時は天神様が直接退治しに行っていた。こういうのに従者を使わないのは、従者の中での七不思議に認定されている。
剣の音がうるさくなるにつれ、怒声が減り、外の景色のうるささも減る。
流石は主様といったところか、三秒に一回くらいのペースで人々をなぎ倒している。
はじめ、200人くらいいたはずのデモ集団は、見る見るうちに数を、いや桁を減らし、気づくと残り4~5人になっていた。
しかし、その残ったグループを殺すスピードは著しく遅かった。
なぜなら、彼らは人質を取っていたからだ。
デモ集団のグループは、見せつけるかのように袋を掲げる。
袋はもぞもぞと動いていて、中に生き物がいると一目瞭然だ。
主様はそいつらと口論したのち、一太刀二太刀で敵を倒した後、慎重に袋を切って開けた。
袋からは主様より一回り小さいくらいの青年が出てきた。
そして、俺はこの青年に見覚えがあった。
いつも天神邸にやってきては盗みを繰り返す、害虫みたいなやつだ。
俺含め数多の従者が主様に相談しているのだが、毎回追い返さなくていいと言われ、それでもと食い下がると平手打ちされるという謎の人物だ。これも最近七不思議に認定された。
なので、この光景に特段違和感は感じなかった。
救出成功した後、主様は庭に寝転がった。
普段そんな子供っぽい事してないのに珍しい、どこか悪いんだろうかと思っていたが、残念なことにその予想が的中した。
盗賊と一言二言言葉を交わしたのち、主様は血を吐いて倒れこんだ。
あの光景だけは、嘘であってほしいと願っている。
主様の口から流れ落ちる血に、普段見せないような余裕のない表情を見せる主様が、非現実感を飽和させ、限度を超えた。
音が聞こえない距離のはずなのに、盗賊の男の悲鳴が聞こえてきて、気づくと窓枠を小さく拳でたたいていた。
誰かを呼ぼうと、身体を振り向かせようとして、しかしそれは叶わず、窓の向こうの悪夢に夢中になっていた。
主様は血を吐き続けながら盗賊の男に何かを告げ口している。
盗賊の男は心ここにあらずといった感じで、目の前で吐血してぶっ倒れた男にいまだに気を取られているようだ。
しばらくして、主様は口角を吊り上げ、その後動かなくなった。
笑った。主様が笑った。
今まで俺たち従者の中で、主様の笑顔を見た事がある人なんていなかったのに。
あんな部外者に、あんな害虫みたいなやつに。
笑顔を見せるなんて。
しかも死に際の、最期の笑顔を。
許せない。
結局、動けない自分が腹立たしいだけというのは分かっていた。
でも、あんなすがすがしい程の笑顔を、俺は見た事が無かった。
心にぽっかりと空いた穴をどう説明すればいいか俺は知らなかった。
翌日、一切眠れなかったせいで明るくなった景色に、相反してどす黒い俺の心。
でも、もう主様はいない。
きっと今日訃報が伝えられるだろう。
そう決心して一日を開始した。
その日の午後、俺はとても驚いた。
普通に主様が居る。
瓜二つな顔をして、身体をして、声をしている。
他の奴に聞いても、主様はいつも通りじゃないかと言われる。
でも違う。
俺は主様が亡くなる瞬間を見ているとはいえ、見ていなくとも明らかに違いは分かるはずだ。
利き手が絶対違う。
主様は左利きっぽい雰囲気だけ出しといて右利き。なのにこいつは左利き。
あの雰囲気にまんまと騙されたわけだ。
でも、俺は従者というポジション。
やっぱり偽物も主様として従うしかないと割り切って生活していた。
偽物は日に日に本物に近づき、一か月もすれば見破るのが難しいレベルになっていた。
利き手も直っていたし、やはり黄落人が変身した姿。
今の彼が偽物だと気づいているのは俺しかいない。
でも、時々本物なのかと信じてしまうほど、偽物の変装は完璧だった。
しかし、確実に偽物だと確信した出来事があった。
*
10月23日。例年より暑い日だったが、体感とても寒かった。
そういえば、今日は俺の誕生日だったか。
誕生日を迎えても、祝ってくれることなんてなかったし、誕生日は人生の中で最も影の薄いイベントだった。
朝の仕事を一通りこなしたら、主様……いや、偽物に呼び出された。
呼び出されることなんてしょっちゅうある。最近は、俺の仕事にミスが増えてきていて、その話をされることが多かった。
だが、偽物になってから呼び出しもなくなっていたし、怒られることもなくなっていた。ミスが減ったわけではないが。
ミスだって直そうとはしてるんだが、最近頭痛や立ち眩み、めまいが多くて、立っていられないことがある。
その時にミスをしてしまう。
病院に行く時間もないし、人外を診てくれるところはほとんどなく、結局自然治癒を待つしかないわけだが、どんどんその症状は酷くなっていた。
病名も調べてはいるけど、似たような症状の病気など世の中に無限に存在する。特定するのは無理だった。
呼び出された部屋に向かった。
偽物は、欲しいがままにした椅子を多少持て余すように一回転させ、その後話し出した。
「音端って最近体調悪いの?」
マジか。
偽物が本物より優しいんだけど。
とはいえ、体調不良でこの仕事をやめたりしたら暫く厳しい生活が待っているだろうということで、体調に関して何か言われた時は誤魔化そうと心に決めている。
「いえ。お心遣いありがとうございます」
「あー……そう。……無理しないでね」
「ですから、僕は平気ですよ。それで……呼び出しの内容って、もしかしてこれですか?」
「本題は別。……今日誕生日でしょ、おめでと」
「えっ、あ、どうも……?」
「これ、あげる。プレゼント」
そう言って、偽物は俺の右手に彼の左手を重ねる。
彼の右手が離れると、俺に残されたのは手作りのブレスレットだった。
「これは……?」
「なんかあげようと思ったんだけど、何渡せばいいかわかんなくて、結局こんなんになっちゃった。要らないなら捨てちゃっていいから」
「いや……ありがとうございます。でも……なんか急ですね」
「なんか気が変わった」
「そうですか」
「もう用終わったから帰っていいよ」
「では失礼します」
ブレスレットを握りしめ、俺は部屋から出た。
ブレスレットは俺の手の中で輝いているように見えた。
大した価値のないものなのかもしれないし、何より偽物から手渡された物ではあるが、ほんの少しだけ嬉しかった。
まさか誕プレが来るとは思わなかったが、やはり偽物なのだなと確信できる出来事だ。
……だが、偽物はどうやら本物の主様の評判を落とす気はないらしい。
だとしたら何のために変身しているのか。
謎は深まるばかりだった。
その翌日、俺は神化人育成プロジェクトに飛ばされた。
何も知らない状態から、何もかもを知らされた。
でもその行動に意味はない。
俺は簡単に忘れてしまうし、簡単に操れる。
俺は偽物に色々話したいことがある。どうして主様に変身したのか、そしてなんで本物より優しいのか。
どうして俺にブレスレットを渡したのか。
そのためには偽物の正体を探らないといけないし、そいつとちゃんと話さないといけない。
もう一人の……いや、”ただの別人”のあいつは、作られた存在であるにも関わらずまるで自分の意思を持つかのように行動する。
ネームド有利になる行動が多くなるようにプログラミングされているはずだが、なぜか時々参加者である俺に協力してくることがある。
まるで掴めない、そんな男だ。
そんな男に、俺はある日一つの頼み事をした。
たまにある参加者側の時に賭けて。
結論から言えば、その賭けは成功した。
そしてあいつは、呼んでくれればいつでも協力できる、それほど俺は暇なんだと答えた。
いやそんなことあるか?とは思ったが、彼の掴めなさを鑑みればありうる話だと納得してしまった。
彼の協力もあれば、もしかしたら。
偽物のあいつにお礼……いや、詰め寄れるかもしれない。
*
そんな昔の事の悪夢を見ていた。
主様が亡くなっている光景は本当にショックだったが、いい加減切り替えて、前に進まないといけない。
まぁ、できれば彼の協力を仰ぎたくはないが。
しかし、俺は運の悪い男だ。
「……あ」
俺の姿をそっくり模した人物が俺の背後に立っていた。
俺からすれば黄落人の変装だとすぐ分かるが、正直他人から見れば分からないだろう。
そんな別の偽物が、ナイフを持って立っていた。
「まさか貴方に会ってしまうとは。覚えていますか?」
「……さぁ……?」
頭痛が酷くなってきた。
収まるまで時間を稼ぐにしても明らかに戦いそうだし、かなりまずい。
視界がずっと揺らぐレベルのこの頭痛で戦えるわけがないのだが。
「第一ゲームぶりですね、音端さん。花芽です」
「あぁ……ぅ、そうっすか」
「……本調子じゃないんですか?つまらない戦いはしたくありません」
「大丈夫……っすよ」
「そうですか。そういえば、第二ゲームではお見掛けしませんでしたね、何してたんですか?」
「知ってるくせに」
「まぁそうですね」
「ーーでは、ここまで来たら私は戦いますよ」
「……」
そうだな。
ここまで来たら俺だって、代償を覚悟してきた。
俺は、能力を使用した。
「光を操り転送する能力」