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格安生姜
1,230
前回の🤍視点
内容は同じです。
後半に後日談(💛視点)も加えてます。
最初に気づいたのは、収録が始まって三十分ほど経った頃だった。
なんとなく、視線を感じて顔を上げた。
少し離れたところに立っていたスタッフと目が合う。
向こうは、すぐに視線を逸らした。
…………?
俺たちはアイドルだし、スタッフが確認のために見ていることだってある。
特に気にせず、隣に立つ舜太へ視線を戻した。
「なぁじゅう、次の企画って何やったっけ?」
「たしか、二人一組でゲームするやつじゃなかった?」
「あー、そうやった。俺、絶対負けへんで」
「ほんと? 俺、ゲームなら舜太に勝てる気がするけど」
そう言うと、舜太は少し悔しそうな顔をした。
いつも明るくて、表情がころころ変わる。見ていて飽きないし、つい構いたくなる。
……好きだな。
心の中でそう思うのは、もう何度目だろう。
舜太のことは、ずっと前から好きだった。
けれど、本人に伝えたことはない。
今の関係が壊れるのが怖い、というのもある。何より舜太は、俺がどれだけ特別扱いしているか、きっと気づいていない。
隣に座るのも、何かと世話を焼くのも、他のメンバーより少しだけ甘く接するのも。
全部、俺にとっては意味がある。
舜太にとっては、いつもの俺なのだろうけど。
ふと、さっきのスタッフへ視線を向けた。
また、こちらを見ている。
……いや。
視線の先にいるのは、俺じゃない。
舜太だった。
ただ見ている、という感じではなかった。
視線が妙に長く、じっとりとまとわりつくようで。
俺は小さく眉を寄せた。
……何か用ですか。
声には出さず、目だけで牽制する。
スタッフは、すぐに目を逸らした。
やっぱり。
舜太に向けられる視線には、昔から敏感だった。
誰かが舜太を見ていると、つい気になる。仕事上の視線なら何とも思わないけれど、今のは違った。
あの目は、少し気持ちが悪い。
舜太は何も気づいていない様子で、俺に話しかけてくる。
「じゅう、聞いとる?」
「聞いてるよ」
「ほんま? 絶対聞いてなかったやろ」
「聞いてたって」
笑って返す。
舜太は疑わしそうに俺を見たあと、すぐに笑った。
……可愛い。
そんなことを考えながら、俺はもう一度スタッフを見た。
まだ、舜太を見ている。
少しだけ、気分が悪かった。
それから、何日か経った。
あのスタッフを見かけるたびに、舜太へ向けられる視線が気になった。
収録中。 移動中。 楽屋の出入り口。
どこにいても、ふと顔を上げると、あのスタッフが舜太を見ている。
……何なんだろう。
いや、何を考えているのかは、なんとなく分かる。
あの目は、ただ仕事相手を見ている目じゃない。
舜太は誰にでも優しい。
話しかけられたら普通に応じるし、頼まれたら断らない。困っている人がいたら、自然に手を貸す。
そういうところが舜太らしいと思う。
だからこそ、厄介だった。
本人にその気がなくても、相手が勝手に勘違いすることなんて珍しくない。
まして、あんな目で見ている相手なら。
「じゅう、こっち」
楽屋から収録スタジオへ向かう途中、舜太が俺の袖を軽く引いた。
「ん?」
「こっちの廊下通ろ」
「いつもと違うけど、何かあるの?」
「いや、なんも。こっちの方が早いかなって」
「そうなんだ。じゃあ、舜太についていこうかな」
隣を歩く舜太を見上げる。
俺より少し背が高い。並んで歩くと、自然と目線が上になる。
近くにいると、つい触れたくなる。
袖を引いたり、手を握ったり。
今まで何度もそうしてきた。
舜太は嫌がらないし、むしろ何も考えずに受け入れてくれる。
……本当に、無防備なやつ。
そんなところも好きだけど、誰にでも見せてほしいわけじゃない。
本当は、もっと触れたい。
その先だって、考えないわけがない。
舜太が俺をどう思っているのか、まだ分からない。
けど、俺の気持ちはとっくに決まっている。
いつか、ちゃんと伝えるつもりだ。
それまでは、今の距離を楽しんでおけばいい。
……ただ、あのスタッフには、少し釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
「舜太、今日よく動くね」
ある日、そう言うと、舜太は不思議そうに俺を見た。
「そう?」
「うん。さっきから俺の前に来たり、隣に来たり」
「俺、落ち着きないんかな」
「ふふ。そうかも」
舜太は楽しそうに笑った。
「でも、舜太が近くにいると安心するよ」
これは本当だった。
舜太が隣にいると、自然と気持ちが落ち着く。
何をするにも、つい隣を探してしまう。
「……なんで?」
「なんとなく」
「なんとなくて」
「うん。舜太って、頼りになるから」
そう言うと、舜太は少し照れたように笑った。
「……そ、そらそうやろ」
「ふふ」
「じゅうのことは、俺がちゃんと見とるから」
思いがけない言葉に、少しだけ目を瞬かせた。
「……なんてな///」
舜太は照れ隠しみたいに笑って、視線を逸らす。
「そっか」
「……うん」
「じゃあ、これからも頼りにしてるね。舜太」
「……任せとき!」
胸を張る舜太に、思わず笑みがこぼれた。
何気ない言葉で、簡単に俺の気持ちを持っていく。
本人はきっと、そんなこと知らないんだろうけど。
「じゅう、次の収録行こ」
「うん」
舜太の隣を歩き出す。
ふと、廊下の向こうにあのスタッフの姿が見えた。
こちらに気づいた途端、視線が舜太へ向く。
……またか。
舜太は気づいていない。
何か話しかけるわけでもなく、ただじっと舜太を目で追っている。
その視線が、ひどく気に入らなかった。
俺は舜太の肩に軽く手を置き、そのまま自然に自分の隣へ引き寄せる。
「舜太、行こ」
「あ、うん」
そのまま歩きながら、もう一度だけ後ろを振り返った。
スタッフと目が合う。
今度は逸らさなかった。
軽く笑って、舜太の肩を抱く手に少しだけ力を込める。
——あんまり、調子に乗らない方がいい。
言葉にはしなかった。
けど、伝わったのか。
スタッフは一瞬、表情を固くした。
「じゅう?」
「ん?」
「なんかあった?」
「別に。舜太が隣にいるから、機嫌いいだけ」
「なんやそれ」
舜太が笑う。
その笑顔を見て、俺も笑った。
……ほんと、何も知らない。
だからこそ、俺がちゃんと見ておかないと。
その日の収録は、思ったより長引いた。
舜太が鏡を見ながら、少し眉を寄せている。
「……今日、顔むくんどる?」
「そんなことないよ」
後ろから声をかけると、舜太は鏡越しに俺を見た。
「いつも通り綺麗だと思うけど」
「……え?」
「顔。大丈夫だよ」
舜太は少しだけ困ったように笑った。
「じゅうはええよなあ」
「何が?」
「顔が」
「え?」
「いや、なんでもない」
……何それ。
褒めてくれているのだろうか。
少し嬉しくなって、舜太の顔を覗き込んだ。
ふと、鏡の端に人影が映った。
あのスタッフだった。
俺は自然と表情を引き締める。
スタッフは、こちらを見ていた。
……またか。
この前、釘を刺したばかりだ。
鏡越しに、じっと視線を返す。
今度は笑わなかった。
目が合った瞬間、スタッフはすぐに視線を逸らして姿を消した。
……分かってるなら、いい。
俺は小さく息を吐いた。
「じゅう、ちょっとこっち来て」
舜太が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「前髪、変やで」
「え、そう?」
「うん。ちょっと直したる」
舜太が俺の前に立ち、前髪を軽く整えてくれた。
「ありがとう」
「ええよ」
近くで見る舜太の顔は、やっぱり可愛い。
真剣な顔で前髪を直している。
「よし。完璧」
「ほんと?」
「うん」
「舜太に直してもらうと、安心するね」
そう言うと、舜太は少しだけ照れたように目を逸らした。
その仕草が可愛くて、もう少し見ていたくなる。
俺は笑って、もう一度鏡を見た。
スタッフの姿はない。
少しだけ、ほっとした。
あのスタッフを見かけるようになってから、気づけば三週間ほどが経っていた。
最初の頃ほど、視線を感じる頻度は多くない。
けれど、完全に気にならなくなったわけではなかった。
舜太は相変わらず、俺の隣にいる。
「今日も一緒だね」
「そらそうやろ。俺らは真・運命やもん!」
「うん」
舜太の言葉に、思わず笑ってしまう。
そんなふうに言ってくれるのが嬉しい。
……本当は、運命なんかじゃなくてもいい。
俺は、舜太と一緒にいたい。
メンバーだから。 仕事だから。 そういう理由じゃなくて。
ただ、好きだから。
でも、そんな気持ちはまだ言えなかった。
収録が終わった直後だった。
俺は、スタジオの隅ではやちゃんたちと仕事の話をしていた。
話が一段落して、ふと隣を見る。
……あれ。
舜太がいない。
「舜太?」
周囲を見渡しても、姿が見えない。
「舜太、どこ行ったか知ってます?」
近くにいたスタッフに尋ねる。
「ああ、曽野くんなら、あそこにいたスタッフに呼ばれて別室に行きましたよ」
指された先を見る。
例のスタッフがさっきまでそこにいたはずなのに、もう姿がない。
一瞬、嫌な予感が頭をよぎる。
いや、予感なんてものじゃない。
あいつが舜太に向けていた視線は、ずっと前から気づいていた。
何度も目を合わせて、牽制してきた。
それでも、まだ足りなかったらしい。
「どこですか?」
「廊下の奥の方に行きましたよ」
礼を言うより先に、足が動いていた。
ふざけんな。
舜太に何かするつもりなら、絶対に許さない。
歩く速度を上げる。
胸の奥で、苛立ちが静かに膨らんでいた。
廊下を進む。
個室の前まで来たところで、どこかから声が聞こえた。
「嫌や……!」
舜太の声だった。
続けて、かすかに。
「お願い……!」
声が震えている。
嫌な予感が、確信に変わった。
あのスタッフの顔が浮かぶ。
まさか、ここまでやるとは思わなかった。
「舜太!」
思わず声を上げる。
「舜太、どこ?」
その瞬間。
「……じゅう!」
舜太の声が聞こえた。
迷う理由なんてなかった。
扉を勢いよく開ける。
「――何してるの?」
自分でも驚くほど、低い声だった。
スタッフが振り返る。
舜太が床に倒れていた。
肩を押さえつけられ、必死に抵抗している。
「舜太!」
スタッフの腕を掴む。
「離してください」
「いや、これは……」
「離せって言ってる」
苛立っているはずなのに、声だけは冷静だった。
「何してるんですか。舜太が嫌がってるでしょう」
「誤解だよ。僕はただ……」
「触らないでください」
スタッフの腕を引き、舜太から引き剥がす。
舜太は咳き込みながら、床に手をついた。
俺はすぐにスタッフと舜太の間に立った。
「これ以上舜太に近づかないでください」
スタッフが何か言おうとするが、今は聞く気がなかった。
「……じゅう」
舜太の方へ向き直り、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
「……じゅう」
顔を見た途端、舜太の目から涙が溢れた。
「ごめ……」
「謝らなくていいよ」
舜太の肩にそっと手を置く。
「怖かったね」
その言葉に、舜太はさらに泣き出した。
「立てそう?」
「……うん」
そう答えたものの、足に力が入っていない。
俺はすぐに舜太の腕を自分の肩に回した。
「無理しなくていいよ。俺につかまって」
「……ごめん」
「ううん」
舜太を支えながら、ゆっくり立ち上がらせる。
「山中くん、誤解なんだ。僕はただ……」
「今は話さないでください」
振り返らずに言った。
「次触ったら、許さない」
低い声で告げる。
スタッフが黙り込んだ。
舜太の手を握る。
「行こう、舜太」
「……うん」
個室を出る直前、スタッフを一度だけ振り返った。
その視線に、もう迷いはなかった。
楽屋に戻ると、はやちゃんたちが一斉にこっちを向いた。
「舜太! 大丈夫か?」
はやちゃんがすぐに立ち上がる。
「何があったんだよ。顔、真っ青じゃん」
「……えっと……大丈夫」
舜太はそう答えたものの、声がうまく出ていなかった。
仁ちゃんが心配そうに顔を覗き込む。
「今日はもう帰って、ゆっくり休もう。家まで送ってもらった方がいいんじゃない?」
「せやで。こんなことあったんやし、ひとりで帰ったらあかんよ」
だいちゃんも眉を寄せて、舜太の顔を見た。
はやちゃんが俺の方を向く。
「マネージャーには?」
「今、対応してもらってる」
個室で何があったのか、舜太がスタッフに呼び出されたこと、無理やり身体を押さえつけられ、触られそうになったこと。
さっき、マネージャーには一通り説明した。
あのスタッフのことも、以前から舜太に向けていた視線も。
事実を伝えた上で、今後舜太に接触させないこと、今回の件をきちんと調査して対応することをお願いしている。
「そっか。俺たちも必要なら話すから。何かあったらすぐ言えよ」
「ありがとう」
今は、舜太をこれ以上不安にさせたくなかった。
はやちゃんたちも、舜太の様子を気にしながら少し距離を取ってくれた。
「何かあったらすぐ連絡しろよ」
はやちゃんがそう言って、仁ちゃん、だいちゃんと一緒に楽屋を出ていく。
やがて、楽屋には俺と舜太だけが残った。
「ごめんね」
舜太が顔を上げる。
「なんでじゅうが謝るん?」
「もっと早く気づけばよかった」
「そんな……」
「舜太がいなくなって、探してたんだ」
俺は舜太の手を握ったまま、少しだけ俯いた。
いつも隣にいるのに、いない。
それだけで、嫌な予感がした。
「本当に、怖かった」
舜太が危ない目に遭っていたこと。
あの部屋で、ひとりで怖い思いをしていたこと。
考えるだけで、胸が苦しくなる。
「……俺、もう大丈夫やから」
「そんな顔せんといて」
舜太は、少しだけ困ったように笑った。
「俺が悪いわけやないんやろ?」
「もちろん」
「じゃあ、じゅうも悪くない」
優しい声だった。
でも、今はそれが余計に胸に刺さる。
舜太の手を握る指に、少し力がこもった。
その日から、俺は以前よりも舜太のそばにいるようになった。
収録中も、移動中も。
気づけば隣にいる。
あのスタッフは、マネージャーたちの対応によって然るべき処分を受けたらしい。襲われた日以降、現場で見かけることは一度もなかった。
もう、何も心配することはない。
それでも、舜太が少し離れると、つい目で追ってしまう。
……いや。
正確には、離れてほしくないだけなのかもしれない。
「じゅう、寂しいん?」
舜太が冗談を言うように聞いてきた。
「……うん」
「え?」
思っていたよりも、素直な返事が出た。
自分でも少し驚いたけど、嘘をつく理由もなかった。
「舜太がいないと、寂しい」
……本当のことだ。
舜太は少し困ったように笑った。
「……俺、ずっとおるやん」
「うん」
「どこにも行かへんよ」
その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
舜太は何も知らない。
俺がどれだけ、その言葉を嬉しく思っているのか。
……本当に、鈍感。
好きだから隣にいる。
好きだから触れたい。
好きだから、他の誰かに近づかれるのが嫌だ。
それなのに、舜太は何も気づいていない。
今はまだ、これでいい。
隣にいて、触れて、笑って。
いつか、全部伝えられる日が来るまで。
それから、少しずつ。
舜太の様子が変わっていった。
目が合うと、すぐに逸らす。
隣に座ると、妙に落ち着かない様子で身体を動かす。
名前を呼ぶと、少しだけ反応が遅れる。
「舜太」
「ん?」
「最近、俺のこと避けてる?」
「……え?」
思わず顔を上げた舜太は、驚いたような顔をしていた。
「なんで?」
「目が合うと、すぐ逸らすから」
「いや、それは……」
「嫌われたのかなって」
少しだけ寂しくなって、笑ってみせた。
舜太は慌てたように首を振る。
「ちゃう! 嫌いとか、そんなん絶対ない!」
その顔を見て、少し安心した。
「……じゃあ、どうして?」
「それは……」
舜太は言葉に詰まった。
何かを考えているようだった。
「……なんでもない」
視線を落とす。
嫌われたわけじゃない。
それは、さっきの言葉で分かった。
じゃあ、何をそんなに気にしているんだろう。
……もしかして。
いや、考えすぎかもしれない。
でも、もし少しでも俺を意識してくれているのなら。
もう、隠しておく必要はない気がした。
「舜太」
「……ん?」
「俺は、舜太のことが好きだよ」
舜太が顔を上げる。
「メンバーとしてじゃなくて。友達としてでもなくて」
少しだけ息を吸った。
「恋愛として、好き」
舜太は、何も言わなかった。
「ずっと好きだった」
「隣にいると嬉しくて。舜太が笑ってくれるだけで、幸せで」
「でも、俺ばっかり好きなのかなって思うこともあった」
舜太の表情が、少しだけ変わった。
「最近、避けられてる気がして……少し怖かった」
「……ちゃう」
小さな声が聞こえた。
「避けとるんやない。嫌いになったとか、そんなんやなくて」
「うん」
「……俺が、変なんや」
舜太は、少しずつ言葉を続けた。
「じゅうのこと、前より意識してしまうんよ」
「顔見たら落ち着かんし、隣におると心臓がうるさいし……触れられると、嬉しい」
思わず、息を止めた。
「じゅうが他の誰かと一緒におるん想像したら、嫌やし」
……それって。
「……俺も、じゅうが好きなんかもしれん」
胸の奥が、熱くなった。
「……ほんと?」
「うん」
「俺のこと、恋愛として?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「……好き、やと思う」
舜太は恥ずかしそうに顔を逸らした。
その仕草が、どうしようもなく可愛い。
「じゃあ」
そっと手を差し出す。
「俺と、付き合ってくれる?」
舜太は、その手を見つめた。
「……うん」
手が握られる。
「付き合いたい」
指先に、少しだけ力がこもった。
「ありがとう、舜太」
「……なんでじゅうがお礼言うん?」
「嬉しいから」
そう言って笑うと、舜太も少しだけ笑った。
「……俺も、嬉しい」
「手、繋いで帰ってもいい?」
「……今さら聞くん?」
「ちゃんと聞きたかった」
「……ええよ」
そっと手を握る。
今まで何度も触れてきた手。
けれど、今日は違う。
指を絡めるように、恋人繋ぎにした。
舜太が少し驚いた顔をする。
「……じゅう」
「ん?」
「なんか、変な感じやな」
「何が?」
「こうやって手繋ぐん。今まで普通に触っとったのに」
俺は少しだけ笑った。
「俺は、ずっとこうしたかったけど」
「……そういうこと、普通に言うんやな
」
「好きな人には言いたいよ」
舜太は、困ったように笑った。
……本当は、もっとしたい。
手を繋ぐだけじゃなくて、抱きしめたい。
キスだってしたい。
でも、今はこの手を握っていられるだけで、十分幸せだった。
「……じゅうって、もっと柔らかい人やと思っとった」
「うん?」
「なんか、いつも優しくて。ふわっとしとって」
「それ、褒めてる?」
「褒めとるよ!」
舜太が笑う。
「でも、あの時は……」
少し言葉に詰まってから、舜太は言った。
「……かっこよかった」
思わず、口元が緩んだ。
少しだけ顔を近づける。
「……今も、そう思う?」
「……え?」
「俺のこと、かっこいいって」
舜太は言葉に詰まった。
「……思う、けど」
答えを聞いて、満足そうに笑った。
「よかった」
「……じゅう」
「ん?」
「好き」
自分から言ったのに、恥ずかしそうに目を逸らす。
……本当に可愛い。
「俺も好きだよ」
「……もう、分かったって」
「何回でも言いたい」
そう言って笑うと、舜太は少しだけ肩を寄せてきた。
「舜太」
「ん?」
「帰ろうか」
「……うん」
マネージャーが呼んでくれたタクシーに乗り込む。
後部座席で、舜太が隣に座った。
繋いだ手は、そのまま。
窓の外を眺めていると、舜太の肩がそっと触れた。
今までなら、何も思わなかったはずなのに。
今は、触れたところから熱が広がる気がした。
「舜太」
「……なに?」
「好きだよ」
「……っ、タクシーの中で言わんといて!」
「どうして?」
「恥ずかしいやん!」
小さく笑って、手を握り直した。
「じゃあ、家に着いてから言うね」
「……それも恥ずかしいわ」
舜太は困ったように笑って、俺の肩に寄りかかった。
その重みが、嬉しかった。
「……じゅう」
「ん?」
「俺も、好き」
思わず、顔を見た。
舜太は照れたように笑っていた。
俺はその手を、もう一度握り直した。
ずっと好きだった。
これからは、隠さなくていい。
舜太の隣にいられることが、こんなにも嬉しいなんて。
握った手に、少しだけ力を込めた。
これからも、ずっとこの手を離したくない。
相談窓口、閉鎖希望
💛視点
「仁ちゃん、ちょっと相談があんねん」
そう言って舜太に呼び出されたのは、仕事終わりの夜だった。
普段からメンバーの相談には乗るようにしている。リーダーという立場もあるし、舜太がわざわざ俺を誘ってくるなんて、よほどのことなのだろう。
そう思って、仕事終わりに二人で飯を食いに来た。
……のだが。
「じゅうがな、今日めっちゃ優しかってん」
「……うん」
「俺が眠そうにしとったら、肩貸してくれて」
「……そう」
「ほんで、頭撫でてくれてん。あれ、ほんまに好き」
「…………」
一向に本題に入る気配がない。
箸を動かしながら、俺は遠い目をした。
相談とは。
いや、もう十分相談されている気もするけど。
「……舜太」
「ん?」
「飯、冷めるぞ」
「あ、ほんまや!」
慌てて箸を動かす舜太を見ながら、ため息をつく。
こいつ、さっきからずっと柔太朗の話しかしてない。
しかも、全部惚気。
……いや、待て。
柔太朗もだ。
最近、あいつからも似たような話を聞かされている。
『この前、舜太が俺の隣で寝ちゃったんだけど』
『起こそうと思ったのに、俺の服掴んでてさ。離そうとしたら、寝ぼけてもっとくっついてきた』
『……可愛すぎて、結局しばらくそのままにしてた』
『起きたあと、何も覚えてないって言うんだよ。あんなに甘えておいて』
知らんがな。
なんでこいつら、二人揃って俺に惚気話を聞かせに来るんだ。
俺、リーダーだぞ。
恋愛相談窓口じゃねえぞ。
「……なあ、舜太」
「ん?」
「そろそろ本題入ろうか?」
「……あ」
舜太の動きが止まった。
「そうやった」
「忘れてた?」
「いや、忘れとったわけやないけど……」
急に、もじもじし始める。
箸を置いて、俯いて。
「……仁ちゃん」
「うん?」
「……俺、変態さんになってもうたかもしれへん……///」
「……は?」
思わず、素で声が出た。
舜太は両手で顔を覆った。
「いや、ほんまに……!」
「待て待て。何があった」
「じゅうと付き合い始めてから、なんか……」
「うん」
「……もっと、触りたいなって思うようになってしもて」
「……うん?」
「手繋いだり、ハグしたりはするやん?」
「そうだな」
「でも、その先も……したいなって」
顔を覆ったまま、耳まで真っ赤になっている。
「……キスとか」
「……」
「その……もっと、いろいろ……」
「……」
「俺、変態なんかな……」
「いや、待て待て待て」
俺は思わず笑いそうになった。
「付き合ってる人とキスしたい思うのが、なんで変態なんだよ」
「でも……!」
舜太が顔を上げる。
「じゅう、そういうの興味ないんかもしれへんやん」
「……」
「手繋いで、ハグして、それだけで満足なんかもしれへんし……」
また俯く。
「俺だけ、もっとしたいって思っとるんがバレたら……引かれるかもしれへん」
……なるほど。
ようやく相談の内容が分かった。
「舜太」
「あいつが、お前に興味ないと思う?」
「……え?」
「お前のこと、好きすぎて困ってるようなやつだぞ?」
「……でも」
「……はあ」
俺は思わず額を押さえた。
俺は知っている。
柔太朗が舜太にどれだけ欲情しているかを。
あいつは普段、あんなに落ち着いているくせに、舜太のことになると途端に様子がおかしくなる。
以前も、
『舜太とキスしたいんだけど、なかなかタイミングがなくて』
『二人きりで家にいるときとか、いい雰囲気にはなるんだよ。でも、舜太が普通に笑ってると、今キスしたらびっくりするかなって思って』
『……本当は、キスだけじゃ足りないんだけどね』
『一緒に寝ようって誘いたいんだけど、どういう流れなら自然かな。急に言ったら警戒されそうだし』
『最近、隣でくっついてるとそのまま寝ちゃうんだよ。……いや、寝られるのは可愛いんだけど。こっちは結構、我慢してるんだよね』
なんて、真顔で言っていた。
……お前ら。
お互い好きすぎるくせに、何を遠慮し合ってんだ。
「あいつは、舜太が思ってる以上に、舜太のこと好きだよ」
「でも、キスとか……」
「したいと思ってるんじゃない?」
舜太の顔が、みるみる赤くなった。
「な、なんでそんなこと分かるん!?」
「……まあ、色々聞いてるから」
「何を!?」
「それは言えない」
絶対に言えない。
柔太朗の名誉のためにも。
「とにかく、舜太が嫌じゃないなら、少しずつ自分から甘えてみたらいいんじゃない?」
「甘える……?」
「帰ったら、柔太朗に抱きついてみ。そんで、ちょっとだけ顔近づけてキスしたいって伝えるとか」
「むりむりむりむりむり!」
「声でかい!」
舜太は慌てて口元を押さえた。
「……でも、そんなことしたら……」
「嫌なら、柔太朗がちゃんと言うだろ」
「……」
「お前ら、付き合ってんだから。相手の気持ちをちゃんと聞けばいいの」
舜太はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「……うん」
「無理せんでいいからな」
「……うん!」
急に、顔が明るくなった。
「仁ちゃん、ありがとう!」
「はいはい」
「俺、今日帰ったら……頑張ってみる!」
「……おう」
なんだろ。
その顔を見たら、なんとなく嫌な予感がした。
……舜太、頑張れ。
いや。
頑張るのは、柔太朗の方かもしれない。
その後、食事を終えて帰っていく舜太を見送りながら、俺はようやく一息ついた。
……本当に、なんで俺がこんな相談を受けなきゃいけないんだ。
しかも、こいつら二人とも。
柔太朗からは惚気を聞かされ、舜太からは恋愛相談。
俺は一体何なんだ。
家に帰り、風呂上がりにソファに座ったところでスマホが鳴る。
柔太朗からだった。
『舜太に何言ったの』
……早いな。
『めっちゃ可愛かったんだけど』
『一緒にご飯行ったんでしょ』
『ねえ』
『よっしー?』
画面を見つめて、深くため息をつく。
どうやら、無事に実行したらしい。
「……ほんと、こいつら」
スマホを置いて、ソファに深く沈み込む。
舜太は舜太で、柔太朗が好きすぎて悩んで。
柔太朗は柔太朗で、舜太が可愛すぎて俺に報告してくる。
ほんと、面倒くさい。
……でも。
あんなにお互いを大切にして、相手のことばっかり考えて。
……まあ、あいつらが楽しそうなら、それでいいか。
俺は苦笑しながら、スマホを手に取った。
『知らん。二人で勝手に幸せになっとけ』
送信。
すぐに既読がついた。
リーダーって、大変だな。
そう思いながらも、俺はもう一度、微笑んだ。
コメント
1件
読み終えたわ…!💛視点と🤍視点、両方あって面白かった〜。じゅうの嫉妬深い感じと、舜太が全然気づいてない鈍感さが絶妙で、捏ねくり回してるじゅうの心の声に「早よ言えや!」って何度も突っ込み入れたくなった(笑) 個室で舜太を助けに行くシーンはめっちゃかっこよかったし、その後ゆっくり距離を縮めてく流れがじれったくて良い。仁ちゃんが「なんで俺が二人の惚気聞かされなきゃならんねん」ってなるオチも面白い。リーダーお疲れさまです…! さささん、続きも楽しみにしてるわ🔥