テラーノベル
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彼──川浪 春樹は、高層マンション住まいな上に商社勤めで、
パッと見はイケてる部類だし、スーツもビシッと決まっていて、付き合い始めた頃には、なんて素敵な人なんだろうと思っていた。
それが、今じゃまるで魔法が解けたみたいに、ちっとも素敵にも思えない代わりに、
サンダルをズルズルとつっかけて前を歩くかっこうは、かっこいいどころかオヤジ臭さすら漂うみたいだった。
「こんなタワーマンションに住んでる商社マンなんて、超イケてると思ってたのに……」
先を行く背中に呟くと、
「なんだよ、何ぶつぶつ言ってんだよ?」
春樹が口にして、取り出したカギで、自分の部屋のドアを開けた。
「別に……」とだけ、返す。
言ったところで今さら改善されるわけでもないし、むしろもう直してくれたらいいのにという期待感さえ、薄らいでしまっていた。
ソファーに並んで座り、見るともなしにテレビを見る。
この後は、なんとなくそんな雰囲気にもなって、ベッドになだれ込むのがいつものコースで……。
そう思ったら、彼との関係がますます面白味のないものに思えてきた。
「あ……鷹騰社長じゃん」
彼の声に、顔を上げてテレビ画面に目をやる。
「本当だ……」
さっき確かに見た、あの男だと思う。
テレビに映るその顔は、鋭くも涼しげな目元で爽やかに笑っていて、あの尊大で不機嫌そうな感じは、微塵も見られなかった──。
「いいよなーホント。かっこよさだけじゃなくて、名誉まで備わってるとか、どんだけイイ男なんだよ」
横で、春樹が缶ビールを手にぼやく。
「春樹だって、彼みたいにトップを目指せばいいじゃない」
口の中のビールをごくっと飲み込んで、私からも言い返す。
「バカ、何言ってんだよ。器が違うんだって。俺なんかじゃ、あの社長の足元にも及ばないわ。
ここの最上階って、だいたいいくらすると思ってんだよ? 俺なんか、この程度がせいぜい手一杯だっていうのに……わかってないよな、おまえは」
飲み干した缶をぐしゃりと握り潰して、彼が大げさに息を吐いて見せる。
「そう……わかってないんだろうね……」
空返事をして、またテレビに目を移すと、
鷹騰社長が、自らのビジネスポリシーをしたり顔で語っていた──。
『僕は、時間を削ってまで仕事をするよりは、本来は眠って充電をした方がいいと考えている。
だが、寝る間も惜しいと思うこともあって、そういう時は睡眠よりも仕事を選んでいる。
時には寝る時間を返上することも、仕事のキャパを広げるビジネスチャンスだとも思っているんです……』
「さすがだなァー」と、共感したように頷きながら見ている春樹を横目に、
(どんなに偉そうなこと言ったって、あんな口の聞き方しかできないんじゃ、人間性なんてたいしたことないはずだけど……)と、私には、それほどの男じゃないようにしか思えなかった。
その後は、思った通りの展開で……ベッドに入ってもさして盛り上がることもなく、
抱いた後の余韻すらないまま、彼の方は「疲れたから」とすぐに寝入ってしまった。
……目が冴えて寝付けず夜中にベッドから起き出して、風にでもあたろうかとベランダに出た。
高層マンションだけあって、街の夜景が綺麗に見えて、
「ここからでも充分景色はいいけど、一番上の階にもなると、また見え方も違うのかな……」
そうちょっとだけ想像をしてみた。
だけど、実際に見たことのない景色に想像力は追いつかなくて、少しだけ手摺から身を乗り出して上の階を眺めた。
最上階の窓に明かりが灯っているらしいのが目に入って、
(まだ、起きてるんだ……こんな時間なのに)
ぼんやりと感じた。
(もしかして、寝る間も惜しんで……)っていうのは本当なのかな……と、さっきのテレビでの話がにわかに思い出される。
あんな話はただのテレビ用の作り事くらいにも思ってたのに、もし本当にそうなんだとしたら、やっぱり仕事とかはデキる人なのかもしれなかった……。
かの
69
林檎
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コメント
1件
うわっ…この話、なんかじわじわくるね。主人公の「魔法が解けた」感、すごくリアル…。彼氏に冷めてく過程が丁寧に描かれてて、胸がギュッてなった。鷹騰社長のテレビの前と後ろのギャップ、めっちゃ気になるし、最上階の灯りを見上げるシーンがすごく印象的だった。これからどうなるんだろう…🌙