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「ネネお婆さんのお孫さんって、あのミステリー作家の水谷紗理奈なのぉ~~???」
アリスが興奮して目の前の小さな老婆に言った
選挙事務所の帰り、制作チラシを渡しに寄ったネネ婆さん家の縁側で、アリスとネネ婆さんのおしゃべりに花が咲く
「ああ!そうさ!え~っと・・・7番目の孫だったかね?8番目だったかね?なにせ孫が8人もいたら、誰が誰か、忘れちまうんだよ」
アリスの尊敬する師匠、この島で唯一の「奇跡の産婆」と言われるネネ婆さんが大きな湯呑みを啜りながらそう言った
「そのお孫さんが東京から帰ってきてるの?」
キャーキャー言って今アリスはネネ婆さん特製のずんだ餅を頬張っている(※ずんだ餅→餅を枝豆と砂糖でおはぎのように調理したもの)
もっちゅ・・もっちゅ・・「う~ん・・・美味しい(はぁと)」
「坂崎町の家を買ったらしいから、どうやら住み着くみたいだね」
しわしわの玉ねぎ頭の小さな眼光鋭い、ネネ婆さんは、ほくほくとどことなく嬉しそうに言った
「すごいじゃない!有名人がこの町に住むなんて!ああっ!睡眠より読書をとりたいと思わせる作家は、彼女だけよ!ぜひお近づきになりたいわ!!それで仲良くなったら私を小説に出してもらうの!ああっ!彼女はどんな風に私を殺すのかしら?殺し方が優しいのよ、考えただけでもワクワクするわ」
「そんなにあたしの孫は有名なのかい?」
「有名なんてものじゃないわ!彼女は日本の財産よ!彼女の物語が今度韓国映画になるのよ!日本中でベストセラーを出している推理作家がお孫さん、なのに彼女の本を一冊も読んだことが無いの?」
「この歳になったら本を読んだら眠くなるんだよ」
ネネ婆さんがホッホッホッと笑った、孫を褒めてもらって上機嫌だ
「俺もシリーズ全部読んだぜ、たしかに面白いけど暗いシーンが多いんだ気が滅入るぜ、もっとアクションが多い方がいいよ、俺を小説に出してくれるなら、格好いいシティーハンターみたいなのがいいな、必殺技を使って悪を倒すんだ!そんで美女とのいちゃつきは絶対必要だ!もしよかったらベッドシーンをレクチャーしてやってもいい、網戸直ったぜ!ネネ婆さん」
直哉が真っ白のビジネスシャツにブラックのスラックス、それに似合わない作業手袋をはめて、ドライバー片手に話に入って来た
ネネ婆さんが用意してくれた、キンキンに冷えたシソジュースを一気に飲む
「ありがとよ!あんたはそのうち、馬と一緒に去勢されたほうが世の中のためかもね、それとあたしの介護ベッドの調子が悪いんだ、それも見ておくれ」
「人使い荒れぇな!オイ!」
アリスがキャハハと笑う
「言ってやってよ!ネネ婆さんにかかったら、ナオ君も形無しね」
「網戸が壊れて困ってたんだよ、年寄りの一人暮らしだからね、来てくれて助かるよ、あと、車いすのブレーキも調子が悪いんだ」
「ナオく~~~ん!」
「聞こえたよ!」
ピンクのセットアップに清楚な白の、ハイヒール、今日は直哉と選挙活動をしていた、可愛らしいうち巻きボブのアリスは、すっかり4児の母親だ
「一番下の男の子が北斗さんにそっくりなの!」
アリスの声は得意然としていた、スマホをネネ婆さんに見せて説明する
しかしまたネネ婆さんは、ホゥッ・・・とため息をつく
「うちの孫もこれぐらいの時は、そりゃぁあたしに懐いていてね~、紗理奈はせっかく帰って来たのに、本の締め切りに追われているのかね?一度だけ顔をだしてくれただけでね~」
「そうなんだ~・・・・」
アリスは孫娘を心配しているネネ婆さんに、同情した
「それに今日はあの子の誕生日なんだ、留守番電話にあの子の好きなずんだ餅を、作ったから取りにおいでと残したのに、連絡がないんだよ~」
「留守番電話って・・・家電?スマホは?そっちにかけてみた? 」
「あたしゃ電話といえばあれだよ」
ネネ婆さんが居間の方を指さした、そこには今ではお目にかかれない、真っ黒のダイヤル式の電話だった
「今時珍しい・・・・」
アリスはその遠い昔、アリスの親友貞子が家で産気づいた時に、ネネ婆さんに電話で指示されていた時の事を思い出した
あの時・・・ネネ婆さんはきっとこの黒電話を握りしめて、手に汗を握っていたに違いない
「ねぇ!ナオ君!ネネお婆さんのお孫さんに「ずんだ餅」を届けてくれない?今日はその小説家先生のお誕生日なんだって!」
「場所はどこだい?行ってやるよ」
しゃがんで車いすを直している直哉が、振り向いて二人に聞く
「住所をかくよ!ありがとよ!ナオ!ついでに孫がどうしてるか見てきておくれ、あたしが心配していると伝えておくれ」
直哉がもう一度ネネ婆さんに振り向いて言った
「ところでそのお孫さんは美人かい?」
ネネ婆さんが睫をパタパタさせて言う
「若い頃のあたしにそっくりさ」
こりや期待できねーなと、直哉は目玉を回した
この一週間周防町にも、初夏の暑さがずっと続いていた、うっとおしい梅雨が明け店舗のほとんどが、ドアをしめ切ってクーラーをつける頃、いよいよ淡路島の夏到来だ
アリスと別れた直哉は、湾岸線の国道を運転していた
最近買ったBMWのコンバーチブルに乗って、この季節にぴったりのオープンカーの助手席には、ネネ婆さんに託づかったずんだ、餅が入った重箱が置かれていた
夕日が沈みかけ、海はオレンジ色に輝いている
それを見て直哉は思う
今はアメリカに留学に行っている年の離れた、弟の街ともこの空で繋がっているんだと
ジェントルモンスターの、スーパーヒーローがかけるような、サングラスのレンズに夕日が反射している、海風で髪を遊ばせ、お気に入りのロックな音楽を聴きながら
ネネ婆さんの孫が住んでいると言う、坂崎町という最近開発されたリゾートタウンへ、車を走らせていた
ここ1~2年で建設された海辺の小高い丘にある、富裕層の住む高級リゾートタウン
ヤシの木に囲まれ綺麗に舗装された道路を徐行していくと、ネネ婆さんが書かれた住所の、コンドミニアムが見つかった、その外観を見て思った
とても大きくて過ごしやすそうだ、ここを一括で購入したなんて、さすが人気作家のネネ婆さんの孫は、そうとう稼いでいるに違いない
直哉はコンドミニアムの前に車を停め、口笛を吹きながら美しい洋風の玄関口に立ち、インターフォンを鳴らした
沈みゆく太陽が海を金色から紫に染めている、そろそろ海鳥達が巣に帰る時間だ、海鳥の群れが空の上で輪を描いている
その時ガチャリとドアが開いた、黒髪の女性がそこには立っていた
「やぁ!こんにち―・・・」
彼女と目があった瞬間、直哉はその続きの言葉を失った
艶やかな長い黒髪、センター分けで丸いおでこが見えている、好みの髪型だ
透き通るような真っ白な肌
明らかに日に焼けた地元の人間ではない
直哉は息を飲んだ
その女性の繊細な顎のライン
そしてバンビのような大きすぎる瞳
ぽってりした薔薇色の唇
おお!美人だ!
直哉は心の中で叫んだ、すばやく彼女の全身に視線を走らせる、ほっそりした肩が白のティアードワンピースから
覗いている、そしてその下の豊かで柔らかそうな胸の谷間、思わず直哉の皮膚表面の神経をかすめ、体毛が立ってドクンと股間が脈を打った
意外な自分の反応に驚いた、あの胸が本物かどうかは調べなければわからない、顔が赤くなってないといいが
そして彼女の瞳もまっすぐ自分を見据えている
しばらく二人は玄関口で、無言のままお互いを観察した
彼女の瞳は明るい茶色で、今は夕日に照らされて瞳の虹彩までハッキリ見える、そして白目はどこまでも澄んでいた
直哉はここでこうしていつまでも見つめ合って、いてもいいと思った
女性を見てこんな風に思うのは初めてだ、どこまでも女らしい風貌をしている
うっとりと彼女を見つめていると、いきなり彼女は眉間に皺を寄せ、直哉を睨んでこう言った
「何してるの?早く入って!ご近所に見られたら大変!」
「え?・・・・ 」
そう思った瞬間直哉は彼女に手を引っ張られ、家の中に引きずり込まれた