第8話 〜羞恥〜
あらすじ
大森は湯ノ内の思惑に、転がるように嵌っていってしまう
その結果、接待先に藤澤、若井が向かうことになる。
大森は2人を守るために湯ノ内を喜ばせなければ行けないのだが…
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その日、若井と藤澤は、それぞれ別の仕事があった。
しかし飯田から 仕事が終わり次第、会議室に集まるようにと連絡が入る。
藤澤は指示通り、仕事が片付くと会議室に向かった。
会議室の扉を行けると、既に若井が椅子に座っている。
「おつかれー」
藤澤が小走りで会議室に入る。
「おつかれ」
若井も同じように返す。
飯田はまだ来てないようだ。
一体、何の話をするんだろう。
藤澤は首を捻る。
「ねぇ…、」
藤澤は若井の隣に座ると、話しかける。
「飯田さんからの電話」
「めっちゃびっくりしなかった?」
「うん」
若井も藤澤をぱっと、見ると笑った。
「めっちゃ、した」
心が同じ事を確認すると2人で笑い合う
「だよねー!?」
「またドッキリとかじゃないよね」
藤澤はいつかのドッキリを思い出す。
用意周到な大森の事だ
わざと、飯田を使って連絡をよこしてもおかしくない
「元貴やりそー」
若井が笑いながら言う
「でも本当にドッキリならドッキリ疑ったら行けないから」
藤澤がメタな事を言い出す。
「そうだね」
「ほら、ちゃんと涼ちゃん演じて」
「うぉー?」
「なんだろぉー?」
藤澤が大袈裟に馬鹿っぽく言うと、若井が大爆笑する
久しぶりに会ったので、お互いテンションが高い
最近、忙しくて会えてなかった。
藤澤とは3日ぶり
大森はもう4日くらい会ってない
こんな事は珍しい
「涼ちゃん」
「最近、元貴に会った?」
「…」
藤澤が右上を見て思い返す。
「あって…ないね」
「だよな」
「元貴大丈夫かな」
若井は単純に心配だ。
大森は寂しがり屋だから、若井が寂しいなら大森はもっと寂しいだろうと思う
久しぶりに会ったら、元貴くっ付いて離れないだろうな
犬のように人懐っこい大森の姿が思い浮かぶ
そしたら、しばらく好きにさせてあげよう
話も沢山、 聞いてあげよう
若井がそう思っていると、会議室の扉が開いた。
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若井と藤澤は飯田の運転する車に乗せられて、目黒に向かっていた。
若井は飯田から何を聞かされるかとひやひやしながら、 身構えていた。
しかし特に話もないまま、今に至る。
運転席に座る飯田を、若井は後部座席から伺う。
ちらっと、藤澤が若井を見る。
「あのー」
藤澤が少し天然を含ませたトーンで口を開く
「あれ、これから…どこ行くんでしたっけ?」
藤澤は恐らく、不安に思っている若井の為に天然を気取って聞いてくれている。
この重たい空気、聞きづらいだろうに
「お前ら、大森から聞いてないか?」
「今回のこと」
今回のこと…
やけに濁すな
そう思った時、ふっとある可能性が浮かんだ
あ、もしかしてこれバンジー飛ばされるんじゃないか
大森なら、十分有り得る
わざと、飯田を使って緊張状態を作ってからバンジーを飛ばせる
終わったあとは「びっくりした?」とか言って出て来そうだ
若井が頭の中でシュミレーションをしていると、運転席から飯田が言う。
「あいつタイアップでやらかしたんだよ」
「契約破棄とCM取り直し」
「そんで、今のうちは火の車だ」
若井も藤澤も息を飲んだ。
そんな話聞いてない
「それ、いつの話ですか」
藤澤が、ズバっと聞く。
「1週間くらい前かな」
2人とも顔を見合わせる。
4日前に会ってるのに、相変わらず大森は何も話さない
藤澤は少し苛立った。
全部収まってから、何事も無かったように事後報告するつもりなんだろう
あの時は大変だったとか笑いながら
そういうのはやめてくれと何度も言ってるのに
「まじか」
「元貴…」
若井が心配そうに呟く
「お前らの仕事は大森のリカバリーだ」
飯田が続ける。
「あいつ接待に行ったくせに、相手さん怒らせたらからな」
「接待!?」
若井は、つい驚く
藤澤も隣で、瞳を開く。
元貴が接待?
あの性格で接待なんてできるのか
いや、出来なかったから俺らが呼ばれてるのか
若井は、それも大森らしくて少し頬が緩む。
相手を殴ってないといいけど
一方、藤澤は複雑な気持ちだった。
それ、大森は来て欲しくないんじゃないか
大森はどんな時でもバランスを大切にしてる。
トラブルが起きても言わないのは心配をかけたくないという点もあるだろう。
でも、1番は心配させるような自分を見せたくないというプライドからだ。
自分たちがリカバリーにいくのは、それを踏みつける行為になってしまう。
「あの」
藤澤は口を開く
「それ、僕たちじゃないといけませんか?」
若井が、ちらっと藤澤を見る。
確かに、大森は嫌がるかもしれない
若井もそう思った。
「あぁ」
飯田が言う。
「お相手さんは、お前らを指名してきてる」
藤澤は苦しそうに答える
「そうですか…」
あぁ元貴、嫌だろうな…
久しぶりに会うのに
藤澤は大森の気持ちを思うと苦い気持ちになった。
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しばらく車に乗っていると、到着したのだろうか
地下の駐車場に車が降りていく。
2人とも、何となく車から降りる準備を始めた。
車は大森の時と同じように、両開きの扉の前に停車する。
2人が車から降りると、飯田も車から降りて来た。
2人を見ると言う。
「お前らも中まで送ってやる」
「接待相手は大森の隣に座ってる」
「湯ノ内さんって人だ」
「覚えたな?」
「はい」
「はい、覚えました」
藤澤は覚えましたと返答して、若井はただ返事をした。
「よし、来い」
飯田は両開きの扉を開けると、廊下を歩いていく。
2人は飯田に着いて行きながら、お互いに顔を見合わせる。
正直、緊張する
若井は手を揉み込みながら、それを誤魔化していると藤澤が少し前に出る。
「若井、後ろにいな」
若井はこくりと頷くと、藤澤の背中に少し隠れる。
こういう時の藤澤は本当に頼りになる。
いつもの柔らかな雰囲気からは想像もつかないほど男らしい、ぴしっとした雰囲気が漂う。
飯田が内側の扉を開けると、中に入る。
「あ、失礼」
飯田が扉の後ろの側を見ると、一言詫びた。
藤澤は、なんだろうと思って見ると2人の男性が扉の影でキスをしていた。
「ぅ、え」
藤澤はつい驚きが声で漏れる。
若い男の右手が、年配の人の股間を弄った。
藤澤は慌てて、目を逸らす。
すごい物を見てしまった
こんな所で良く出来るな
藤澤は一周回って、関心すらした。
ちらっと若井を見ると、驚きを隠そうともせずに2人の様子を食い入るように見ている。
藤澤は若井の腕を叩く。
「見すぎ」
「あぁ、うん」
若井はやっと目を逸らすと、呟く
「やっば」
しかし、2人は部屋の角を曲がると、さらに仰天する事になる。
広いフロアに出ると、キスをしている人なんて一人もいない
そこらじゅうで男同士が身体を寄せあっている。
どこから、どう見てもそういう事をやってるグループもいる。
若井が藤澤の右腕を、強く掴んだ。
藤澤も呆気に取られて言葉が出ない。
飯田が藤澤の肩を叩く。
「ほら、挨拶いくぞ」
「あ、挨拶…?」
藤澤が、ぽかんとして繰り返す
何が何だか、
接待という話は、どこに言ったんだろ。
飯田が部屋の奥に進んで行くので、藤澤はとりあえず着いていく。
若井が辺りを、きょろきょろと見渡す。
「元貴は…」
若井が小さく呟く。
藤澤はぞっとした。
まさか、あの中に混じってないよな
藤澤が少し歩くと、大森の姿を見つけた。
席に座って、俯いている。
良かった
藤澤は心から安心した。
藤澤は若井にアイコンタクトをすると、大森の方を見た。
その目線で若井も大森を見つけると、少し安心した。
しかし 俯いている大森を見て、気の毒に思う
こんな所に一人で…
寂しかっただろうな
飯田が湯ノ内に声をかける。
「湯ノ内さん」
「あぁ!飯田くん!!」
「いやー、わざわざごめんね!」
俯いていた大森が、ぱっと顔を上げると藤澤を見る。
目が合うと 大森は、なんとも言えない表情をした。
気まずそうな、泣きそうな、でも嬉しそうな
藤澤は今すぐ、頑張ったねと言って抱きしめたくなった。
でも出来ない、その変わりに藤澤は精一杯の笑顔を向けた。
大森は、その笑顔を見るとより一層泣きそう顔して俯いた。
「すみません、うちの大森が」
飯田が湯ノ内に謝罪をする。
「いいの!いいの!!」
「あ、君たちが若井くんと藤澤くんね」
藤澤は背筋を伸ばすと、返事をする。
「はい!」
「ミセスグリーンアップルのキーボード 」
「藤澤涼架と申します」
「おお、丁寧にありがとね」
湯ノ内がにこやかに答える。
「同じくギターの若井滉斗です」
後ろから若井が、さっと自己紹介を済ます。
飯田が、横から付け加える。
「ぜひ、こき使って下さい」
「あははっ」
湯ノ内が豪快に笑う。
「さぁ座って、座って」
湯ノ内は嬉しそうに、2人を手招いた。
「あ、はい」
「お隣、失礼します」
藤澤がすぐに、湯ノ内の隣に座る。
若井は藤澤の隣に座った。
本当は大森の隣に座ってあげたかったが 何となく、まずい気がしてやめた。
「いや、人数は多い方が楽しいでしょ」
「大森くん、つまらないそうだったからね」
「君たちに来てもらったんだけどね」
湯ノ内が大森の頭をぽんぽんと撫でる。
「大森はどうしましょうか?」
「こちらで引き取りますか?」
飯田が聞く。
「ん?」
「どうだろうね」
湯ノ内が大森を見る。
「帰りたいかい?」
大森は足元を見ていたが、ぐっと顔を上げると無理やり口角を上げた。
大森の無理矢理な笑みに、若井は驚く。
嬉しくもないのに、笑う
大森が、あまりしない事だ。
「いいえ」
大森はそれだけ言うと、また口を閉じる。
湯ノ内は何も言わずに、大森を見つめ続けた。
大森は湯ノ内の顔色を見ると、下唇を噛んだ。
そして、絞り出すように言う
「まだ、ご一緒させてください」
「湯ノ内さま」
藤澤は背筋が伸びた。
大森に、ここまで言わせるか
湯ノ内という人間が相当、強者だと言う証拠だ。
一方、若井は緊張で縮こまりながら唾を飲み込んだ。
大森のこんな姿は、始めてだ。
中学の頃から今まで、大森はこう言うゴマすりは絶対にやらなかった。
藤澤と若井の間に、凍るような緊張が生まれる。
2人とも思っている事は一緒だ。
この湯ノ内という人は何者だ。
「ああ、そう」
「まだ居たいみたいだし、いいんじゃない?」
湯ノ内がそう言うと、大森は一瞬死んだような瞳で彼方を見つめた。
若井は本当は今すぐにでも、帰りたいんだろうなと思う。
飯田が申し訳なさそうに言う。
「そうですか、すみません」
飯田は、さらに大森に釘を刺す。
「おい、くれぐれも失礼ないように」
「…はい」
大森は消えそうな声で返事をする。
「では、また何がございましたら連絡ください」
「いや、ありがとね」
飯田が言うと湯ノ内もご機嫌で返す。
飯田はくるっと、踵を返すと帰っていった。
飯田が居なくなると、途端に席に静寂が訪れる。
誰も口を開きたがらない。
藤澤は一人、決心を決めると口を開いた。
「藤澤くん、やめなさい」
湯ノ内が、それを優しい口調で止める。
「え」
藤澤は、ぽかんとしながら湯ノ内を見る。
湯ノ内は藤澤を、暖かい眼差しで見つめる。
「君は無理をして話さなくていい」
「好きな飲み物を頼みなさい」
「若井くんも」
「はいこれ、メニュー」
そう言うと、湯ノ内がメニューを藤澤に渡す。
藤澤は困惑しながら、メニュー受け取った。
つい、大森の方を見る。
大森も唖然として湯ノ内を見ている。
しかし、湯ノ内は振り返ると大森を厳しい目付きで見る。
「君は何をしている」
強い口調に、藤澤も若井も驚いて、湯ノ内を見る。
大森は、すっと背筋を伸ばすと小さく震えた。
「あ、ごめんなさい」
大森が泣きそうな顔をすると湯ノ内とテーブルを交互に見る。
本当にどうしたらいいのか、分かってない様子だ。
藤澤は、つい腕を伸ばして大森のフォローに回ろうとした。
すると、湯ノ内が藤澤を厳しく咎める。
「貴方は手を出さない」
「藤澤くん、いいですね? 」
「…はい」
藤澤は出した手をそっと、膝の上に置く。
大森は 今度は湯ノ内と藤澤を交互に見つめた。
「な、なにかお困りですか」
大森が震える声で聞く。
「つまらない事を言うんじゃない」
湯ノ内がスパッと切る。
大森の身体がゆらりと揺れる。
限界そうだ、瞳も虚ろになってきた。
「ごめんなさい」
大森は、ただ謝罪を繰り返した。
「周りを見てみなさい」
湯ノ内が大森に言う。
大森は身を縮ませると、周りを見る。
身体を重ねあっている人々を、瞳を揺らして観察する。
「貴方だけですよ」
湯ノ内は皆まで言わない。
しかし、若井も、藤澤も意味は分かった。
若井の隣に座っている藤澤が、微かに震える。
若井が様子を見ると、藤澤が湯ノ内をすごい形相で睨んでいる。
あ、やばい
涼ちゃん、爆発するかもしれない
若井は机の下で、涼ちゃんの太ももを叩く。
やめておけという意味だ。
藤澤自身も理解している。
ここで激怒したら、大森の今までの苦労が無駄になる。
大森が ここまで折れてるのだから、それこそ音楽人生がかかってるのだろう。
藤澤は拳を握りしめて、怒りを抑える。
若井は、それを見ながら「そうなるよな」と納得した。
大森の今までの努力を知っていれば、誰もが湯ノ内の雑な扱いを許さないだろう。
しかし、若井はなぜか心が踊っていた。
大森は、何をするんだろう
仕方ない、面白くないわけがない
若井はむしろ 大森をよく理解しているからこそ、次の一手が気になった。
大森らしく上手く逃げ切るんだろうか、しかし逃げきれずに蹂躙されている所も見たい
若井は口角が上がらないように必死で抑えた。
コメント
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最高ですもうほんとに最高 日々の楽しみが増えてるんです😭感謝ー!!!
やばい、テスト勉強してて見るの遅くなっt(( 個人的には涼ちゃんそのまま殴っちゃえ☆って感じだけど、ひろぱ心配は、、、?
好きだあ… 怒ってる藤澤さんもいいし楽しんでる若井さんもいいし…! 続き楽しみです!!!!!!!