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「どうして結城瑞奈がまたいないの?」
午後の陽ざしが容赦なく肌を炙ってくるなか、川南澪が険しい目つきで食ってかかってきた。あっという間に距離を詰められる。じとっとした汗を腋に感じた。
「今日も体調が悪いんだ」
果たして、川南は怒り狂った。
「この前もそう言ったじゃない!」端正な顔立ちが歪み、裂くほどに大きく開いた口からは濃いピンク色の扁桃腺が見えた。「いったい瑞奈は何をしているの? 瑞奈なしで勝てるの? あんた達が何を考えているのかさっぱり分からない」
どうして川南はここまで瑞奈との勝負に固執するのだろう。川南と瑞奈との間に、過去、何があったのだろうか。瑞奈からはそのことを聞かされたことがない。
俺が疑問を抱き困惑しているにもかかわらず、川南は興奮気味に吠えてきた。
「わたし達はもう勝ったんだから。いい? わたしは瑞奈と戦いたいの。決勝で戦うために、血を吐くような練習を積んできたの。なのに、どうして瑞奈がいないの? あんた達がここで敗れたら、わたしの努力は何にもならないの。だから、今すぐ瑞奈を呼んできて。じゃないと、あんた達だけじゃ勝てない!」
川南が既にベンチ入りしている集団の方を向く。これから俺達が戦う、準決勝の相手チームの選手が、試合前の準備にとりかかっていた。
川南達のチームは、午前中に行われたもう一つの準決勝で勝利をおさめ、決勝戦進出を決めていた。
相手チームがアップを始める。鋭い号令が耳に届きだす。特に、ゴールマウス付近からは激しい怒号のような声が響いてくる。後ろ髪の長いゴールキーパーがシュートを次から次へと止めていた。
川南が、くいっと親指を立て、後ろ向きでそのゴールキーパーを指さした。
「ここまですべての試合で無失点よ」冷たい鉈を首筋にあてられた気がした。「どんなシュートも、あのキーパーがセーブしちゃうの。失点率0.00よ。信じらんない。今年入ったばかりのほやほや新入生のくせに」
目がかっと見開いた。視線は長髪のゴールキーパーを捉えていた。
「ゴリラみたいな顔も、長身で髪が長いのも鬱陶しいけど。でも、試合中の判断力、瞬発力、ビルドアップ時の足もとの技術、後方からのコーチング力、ポジショニング、学習能力、挙げればきりがないほど、すべてが完璧なゴールキーパーよ。瑞奈がいないのに、あのキーパーから、あんた達はゴールを奪えるの?」
言われなくとも、キーパーの動きを一度見れば、川南が主張したいことは分かった。
一言で簡略に言い表すと、『とてつもない』ゴールキーパーだ。
ごくりと喉が鳴った。飲み込めないものが喉に残る。不快だった。喉に力を入れて飲み込もうと試みるも、駄目だった。その間も、件のゴールキーパーは立て続けにシュートをストップしている。さきほどからゴールネットは一度も揺れていなかった。
「一つだけアドバイスをあげる。負けてもらったら困るから」川南が不敵な笑みを漏らした。「正々堂々といくことね。どれだけシュートを止められても、焦ってトリッキーな攻撃をしかけないこと。あのキーパーの裏をかこうとしても、絶対にすべて読まれるから」
川南がぎろりと目を光らせた。剥き出しの野性の匂いを嗅いだ気がした。
「あんたたちを、瑞奈を、完膚なきまでに叩きのめすのはわたしの役割だから。負けたら承知しないよ。それと、これ、わたしのID」
え。驚く俺に背を向けて、川南が歩き去っていく。振り向かず、背中越しに川南が言い放った。
「瑞奈にLINEで状況説明しろって、言っといて」
機械音痴の瑞奈にLINEのID検索は無理だ。とてもじゃないけど言える雰囲気ではなかった。
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