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#魔法
しろのね
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U
45
ちょん
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入学してから、早いもので一週間が経った。本格的な授業が始まり、リリーもようやく学園での日々の習慣に少しずつ慣れ始めていた頃のこと。陽光が差し込む廊下を歩いていると、前から聞き覚えのある心地よい声が聞こえてきた。
「リリー! 久しぶりだね」
「お兄様! お久しぶりです。お元気でしたか?」
寮生活が始まって以来、お互いに多忙でなかなかタイミングが合わなかったため、家を出てからはこれが初めての再会だった。学園の制服に身を包んだ兄・カールの姿は、身内であるリリーから見ても一目を置いてしまうほど堂々としており、眩しいほどに輝いて見えた。
「生徒会のお仕事、お疲れ様です。学園内でもお兄様の活躍の噂をかねがね耳にしておりますわ。妹としてとても誇らしく思います」
「ありがとう。と言っても、僕は書記だからね。そこまで大変というわけではないよ」
この学園の生徒会は、三年生の成績優秀者の中から選抜される狭き門だ。それもたった五人という極めて限られた人数であり、その中で役職に就いているというのは絶大な名誉であった。
「リリーも無理をしすぎず、自分のペースで頑張るんだよ」
「はい。少しでもお兄様に追いつけるよう、頑張りますわ」
「リリー様ー! 次の授業が始まってしまいますわよー!」
廊下の先から、手を振るアンの呼ぶ声が風に乗って聞こえてきた。
「次は何の授業だい?」
「魔法……の実技です」
そう答えると、カールは優しくリリーの頭を撫で、安心させるように微笑みかけた。
「実技で思ったように結果が出せなくても、筆記でしっかり点数を取れれば留年することはないからね。不安に思う必要はないよ」
「……はい。がんばります」
───────────────
「――以上で本日の説明を終わります。それではランクごとに分かれて、実際に演習を行ってみましょう。名前を呼んでいきますので、返事をしてください」
魔法の実技授業では、生徒一人ひとりの魔力量やコントロール力に応じてランク分けがなされ、それぞれのレベルに適した指導が行われる仕組みになっていた。
(予想通りね……)
……リリーが配置されたのは一番下の『Eランク』だった。
友人のアンハールやスージーはBランク、セシルは当然のように最高位のAランクに名を連ねている。皆、高位貴族の名に恥じぬ実力を発揮し、着実にその才能を開花させていた。
この世界における魔法の評価基準は、下から順に【E、D、C、B、A、S、SS】という等級に分けられている。
魔法を扱う者の大半はDからAランクに収まっており、逆に最低評価であるEランクに位置する者はごく稀だった。
その上のSランクとなるとほんのひと握りしか存在しないため、国が直接管理を行っており、その多くは第一線で活躍する高ランクの冒険者となっている。さらに上のSSランクに至っては、もはやおとぎ話に出てくる伝説級であり、現社会で存在は確認されていない。
魔法は日々の修練を積み重ねれば確実に鍛えられていくものだ。
努力した分だけ魔力の量と質は向上し、ランクも上がっていく。だからこそ、初期ランクが低い者であっても決して諦める必要はない。過去にはランクが三つも上がったという快挙の例すらあるのだ。
だが、リリーの場合は根本的な問題を抱えていた。
「今日もまずは、体内の魔力を体外へスムーズに導き出す訓練から始めましょうか」
Eランクを担当するアンリ先生は、とても穏やかな人柄で、落ちこぼれとされる生徒一人ひとりにどこまでも優しく寄り添う指導をしてくれる。
それでも、リリーの手のひらはどうしても……小さく震えてしまうのだった。
「リリー様、焦らなくて大丈夫ですよ。ご自身の内側にある魔力を感じて、そっと手先へ流し込むイメージを持ってみてください」
先生にそう声をかけられた瞬間、リリーの喉の奥がひどく干上がったように乾いた。
掌に意識を集中させようとするだけで、冷や汗が額を伝う。胸の奥が冷たく凍りつき、心が固まってしまったかのように指一本動かせなくなる。
────怖い。
なぜ、こんなにも恐ろしいのか自分でも分からないのに。
「リリー様、大丈夫ですか?」
顔色の悪さを心配したアンリ先生が、覗き込むように声をかけてくれる。
「……は、はい。大丈夫ですわ」
リリーは必死に歪む表情を整えて笑顔を作ったが、両手は小刻みに震えたままだ。目の前で先生が手本として揺らめかせている小さな炎の見本すら、直視することができなかった。
(どうして……どうして私だけ……)
隣のクラスのミーシャは、楽しそうに小さな炎を軽々と灯し、担当教官から褒められていた。アンも「ちょっと方向がズレちゃいましたわ!」と無邪気に笑いながら、確かな風魔法を操っていた。
周りを見渡しても、魔法そのものを心底恐れている者など誰一人としていない。
私だけなのだ。
皆、着実に自分の能力を高め、前へ進んでいるというのに。
なのに、私は――。
「また、何も出せなかった……」
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、ぽつりと漏らしたリリーの呟きを聞きつけて、アンリ先生が静かに歩み寄ってきた。
「リリー様……もしかしてあなたは、炎そのものが『怖い』のですか?」
「えっ……」
不意を突かれて思わず顔を上げたが、先生の瞳にあるのは嘲笑ではなく、深い慈愛と優しさだった。
「いいえ……違いますわ。ただ少し、緊張してしまっているだけですの」
リリーは完璧な社交用の笑顔を作って答えた。ほんのわずか、先生の視線から目をそらしてしまったことを、リリー自身も痛いほど自覚していた。
休み時間。胸の悪心を鎮めるため、中庭のベンチで一人風に当たっていると、静かな足取りでセシルが隣に腰かけてきた。
「大丈夫ですか、リリー? 少し顔色がよくありませんが……」
「平気よ、セシル様。心配してくれてありがとう」
「あまり無理はしないでくださいね。たとえ誰になんと言われようとも、リリーはリリーのままでいいのですから。……もし将来、婚約者が決まらないようでしたら、いつでも僕のところに来てください。僕はいつでも歓迎しますよ?」
そう言ってセシルは軽く微笑み、冗談めかした言葉で彼女の緊張をほほぐそうとしてくれた。
「ふふ、ありがとう……。でも、これは誰のせいでもなく、私が自分で乗り越えなければいけない壁なのです」
周りにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
リリーがそう固い決意を口にすると、セシルはそれ以上追求することはせず、ただ静かに寄り添うように隣にいてくれた。
─────
あれは、リリーがまだ五歳になったばかりの頃のことだった。
魔法がどういうものかも、その真の恐ろしさも何も知らなかった、無垢だったあの頃の自分。
「今日は一日中、庭で魔法の練習をしようと思うんだ」
朝の食卓でそう告げた兄の言葉に、小さなリリーは目を輝かせて飛びついた。
「お兄様、私も見てもいいですか? 魔法ってどんなふうに出るのか、ずっと気になっていたのです!」
初めて目の当たりにする本物の魔法。
きっと宝石のように綺麗で、不思議で、胸がわくわくするものなのだろうと信じて疑わなかった。
「ふふ、いいよ。じゃあ、僕の火の魔法を見せてあげるね。でも、危ないからちゃんと離れているんだよ」
兄は優しく笑うと手を高く掲げ、静かに呪文を呟いた。
「――ファイアボール」
次の瞬間、兄の手から放たれたのは、小さな子供の背丈を遥かに超える真紅の炎の塊だった。
それは猛烈な速度で標的の的に向かって飛んでいく。的を粉々に破壊するほどの威力を秘めたその激しい炎。
ゴゥッ――という鼓膜を刺すような凄まじい熱風と轟音とともに、巨大な火柱がリリーの視界全てを赤く覆い尽くした。
その瞬間、リリーの中で何かが弾けた。
全身が激しい恐怖で痙攣し、息が詰まる。心臓が早鐘のようにどくん、どくんと途方もない音を立てて暴れ出す。
目の前で燃え盛る炎がぼやけ、まるで自分を呑み込もうとする恐ろしい巨大な悪魔の顎のように見えた。
焼かれる。殺される。怖い。今すぐここから逃げ出したい――。
渦巻く恐怖の言葉が頭の中を駆け巡り、足は竦んで動かず、悲鳴すら声にならなかった。
「リリーお嬢様っ!」
異変に気づいたメイドのアリサが血相を変えて駆け寄って抱きしめてくれたことで、リリーはようやく正気に戻された。
それと同時に、瞳から堰を切ったように涙が一気にあふれ出した。
「こわい……! いや……! 火、いやあぁっ……!」
リリーの手はガタガタと震えて止まらなかった。
それ以来だった。
リリーは「火」の魔法だけが、どうしても受け付けなくなってしまったのだ。
水の魔法も、風の魔法も、聖なる光の魔法も決して恐ろしいとは思わない。
兄や教師がそれらの魔法を使っても、恐怖を感じることは一度もなかった。
だが、火だけは明確に違った。
その爆ぜる音も、独特の熱気も、揺らめく赤色さえも――目にするだけで、心が恐怖で氷結してしまう。
「リリーは火の要素に対してだけ、過敏すぎるのね」と母は悲しそうに言った。
なぜそこまで恐れるのか、理由など分かるはずもない。
ただ無性に火が怖い。まるで過去に、その熱によって命を奪われたことがあるかのような、抗いがたい根源的な恐怖。
あの時見つめた凄まじい炎が、幼いリリーの心の中に「絶対的な恐怖」を植え付けた。
理由はただ、それだけのことだった。
リリーは決して魔法という存在そのものが嫌いなわけではない。
ただ――火という現象だけが、心底恐ろしいのだ。
────
翌朝、食堂で顔を合わせた兄・カールが、申し訳なさそうな顔で密かに尋ねてきた。
「リリー……まだ、火は怖いかい?」
怖い。怖くに決まっている。
あの真っ赤に揺らめく熱気を見るだけで、胸が締め付けられ、吐き気すら催すのだから。
「リリーが炎を怖がっているのは、きっと僕の――」
「違いますわ!」
自分でも驚くほど大きな声が喉から飛び出し、リリーはハッとして口元を押さえた。
「お兄様のせいでは、決してございません。これは……私自身の問題ですの」
罪悪感を滲ませる兄にこれ以上かばわれるわけにはいかない。
弱音を吐いている猶予など、自分にはないのだ。
自分は格式あるアルベール公爵家の令嬢。皆の手本となるべき誇り高い存在でなければならない。これ以上、周囲から「落ちこぼれ」と蔑まれるわけにはいかないのだから。
感情をコントロールしろ。
弱気な心を支配するのだ。
恐怖を押し殺せ。
何も感じないフリをしろ。
完璧な公爵令嬢を、笑顔で演じきるのだ。
不安や恐れを一切悟られぬよう、リリーは顔に完璧な淑女の微笑みを貼り付けた。それが、今の彼女にできる精一杯の抗いだった。
「……そうか。何か辛いことがあれば、いつでも相談するんだよ」
兄は寂しさと心配が混ざり合った目をしながらも、それだけ言って去っていった。
これでいい。誰にも、大好きな家族にすら弱い姿など見せたくない。
涙なんて流さない。
悔しがったりしない。
感情を乱したりしない。
これは、私が私として立っていくための戦いなのだから。
己の恐怖は、自分で支配してみせる――。
コメント
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お、第4話読了!リリーが火の魔法だけを極端に怖がる理由が明かされた回やったね。幼い頃に兄カールのファイアボールを目の当たりにしたトラウマが原因か…あの威力なら確かに子供には衝撃的やわ。でも「自分自身の問題」って周りに弱みを見せまいとするリリーの強がりが切ない。セシル様の「婚約者が決まらなかったら…」って軽いノリの申し出にはちょっと和んだけど、彼なりの優しさやな。次はリリーがどう向き合うのか気になる🔥