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西条景哉
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ダグラス家の墓に、長女アメリアの遺骨が納骨された。
彼女の兄、ストロンは忌々しげな顔をして家族の墓石を見つめる。
(…腐っても家族と言うのは、このことか)
─妹アメリアは、家族を壊した。
医師の家系としての信頼も、両親の心も、親戚との繋がりも、全て壊した。
彼女は名医の家系・ディアバーグス家の子息と結婚したにも関わらず、どこの馬の骨かも分からない、ローウェルという男と不貞を働き、 挙げ句の果てには彼との子を身籠った。
そして、産まれてきた子の容姿がそれを証明してしまった。
母親とも、法律上の父親とも似ても似つかぬ黒髪と、ディープレッドの瞳。そして、人形のように整った美しい顔立ち。
それを見るや否や、法律上の父親であるディアバーグス氏は激昂し、自身の両親と彼女の両親に全てを話した。
そのことがきっかけで、二人は当然離婚。ダグラス家は信頼を失い、義家族からも親戚からも絶縁された。 この話はディアバーグス家によって業界へ知れ渡り、家族で営んでいた病院も、患者の足が遠退いてしまった。
元々身体が弱っていた両親は、このことがきっかけで憔悴死し、当のアメリアも、間もなくして交通事故で亡くなった。ローウェルとのドライブデート中だったと言う。
残されたストロンは、妹を激しく憎んだ。
全てを壊すだけ壊し、呪われた置き土産を残して間男と共に呆気なく逝った彼女を、許すことが出来なかった。
しかし、彼には心の支えがあった。
全てを失い、心が荒んでいた彼に、妻カリーナは、優しく言った。
「大丈夫。私たちなら、また新たに家族を築いて行けるわ。もうすぐ産まれてくるこの子と…それから、アメリアさんが遺した、その子も。四人で、支え合って生きて行きましょう。アメリアさんのしたことは許されないけれど…子どもに罪はないもの」
ストロンは、その言葉に深く救われ、涙を流した。
「ありがとう……!ありがとう、カリーナ…!」
彼女の手を取り、何度も何度も感謝を告げた。
全てを失ったけれど、愛する妻とこれから産まれてくる娘がいる。甥のことはまだまともに向き合えるかは分からないが、娘の良き兄として育ってくれるかもしれない。
その時、淀んだ世界に確かな希望の光が見えた。
陽だまりのような、暖かい光が。
(そうだ。私は、全てを失ってなどいなかった。ここに、守るべき家族がいる。これから、皆で幸せになるのだ)
彼は、もう一度前を向いて生きることを静かに、しかし、力強く決意したのだった。
* * *
間もなくして、カリーナは女の子を出産した。
娘は、平均体重よりもかなり小さかったため、産まれてすぐに検査を受けることとなったが、無事検査を終え、ようやく顔を見られることとなった。
娘は、小さな身体を震わせ、保育器の中で懸命にか弱い産声をあげている。
夫婦は、息を呑むほど感動した。
「ついに…ついに私たちの娘が産まれたんだな……!」
「えぇ、そうよ。何て可愛いのかしら…」
この世に、自分たちの血を引き継いだ、新たな命が誕生したこと。
小さくても、か弱くても、必死に生を叫ぶ愛娘の姿。
正に、幸せの絶頂だった。
「名前はどうしような。とびきり素敵な名前を付けてあげたいが…」
「カルシアが良いわ。素敵な響きだもの。」
「おぉ、良い名前だな!カルシア、パパだぞ~」
しかし、現実はどこまでも残酷であった。
看護師が、何やら深刻そうな面持ちで病室に入ってくる。
二人が少し驚いて目を向けると、彼女は決心したように顔を上げて告げた。
「お父様、お母様、大変申し上げにくいのですが……」
看護師は重々しい口調で続ける。
「娘さんは、先天性の不治の病が見つかっております…持って、十五歳まで生きられるかどうか、と言ったところでしょう…」
「そんな!」
ストロンも、カリーナも頭を殴られたような衝撃に放心した。
目の前が真っ暗になっていくようだった。
全てを失った果てに、ようやく幸せを掴めたと思ったのに。
これから新たな家族として、再出発して行くはずだったのに。
待望の娘は、十五歳まで生きられるかどうか分からない。
幸せは今、音を立てて崩れ去って行く。
「何とか…何とかならないんですか!?」
カリーナが涙を流しながら看護師に問う。
「大変申し訳ないのですが、不治の病ですのでどうすることも出来ないそうでして…」
「そこを何とかお願いします!!」
ストロンも、看護師にすがるようにして詰め寄った。
「申し訳ございません、現代の医学ではどうにも…せめて、お子さんを幸せにしてあげてください。」
「そんな……」
彼は、あまりの絶望に言葉を失った。
カリーナは、娘を抱いたまま声をあげて号泣している。
(こうなったら…こうなったら自力でカルシアを助けるしかない!)
ストロンは、強く決意した。
もう二度と、家族を壊されて堪るものか。
カルシアが産まれて来てくれた幸せだけは、絶対に失って堪るものか。
自分が医者になったのは、きっとこのためだったのだ。
何としても、妻と娘を救って見せる。
彼の心には、執念にも似た情熱が激しく燃えていた。
* * *
そこからは、早かった。
ストロンは、経営していた病院を使って、治療法の研究を始めた。
検査結果によると、カルシアは通常の自己免疫疾患では説明不能な細胞崩壊を起こしているとのことだった。 ステロイドや、NSAIDs、免疫抑制薬、抗がん剤系薬剤では、症状を抑えることは出来ても、すぐに再発してしまうらしい。
しかし、ストロンは諦めなかった。その執念は凄まじいもので、 最先端の研究や海外の論文を調べ尽くし、何度も何度も血液検査、骨髄検査、 細胞診、 染色体検査、 免疫検査、 自己抗体検査を重ね 、半年でおおよその原因を特定してしまった。
カルシアは、DNA損傷が異常に多い細胞ほど免疫攻撃を受けている。DNA修復異常と、自己免疫暴走が連動しているようだった。
やはり、現代の医学では治療が非常に困難である。
(…この場所だけでは、カルシアを救い切れない)
ストロンは、思い立つと直ぐ様動いた。空になった実家を売り払い、グーレ山の山中に新薬開発のための研究所を設立することにした。ダグラス総合病院の研修医であり、彼の部下のバーク=ジャックマンと、看護師として働いていたローレン=シュライバーも、その話を聞きつけ、研究の協力と出資を申し出てくれた。
「院長、私たちにも協力させてください!」
「我々も、お世話になった院長の大切な娘さんを助けたいんです!」
更に、医学生時代の友人たち数名も加わってくれることとなり、この研究は一つのプロジェクトとなった。
資金も、協力者も得て、少し希望の兆しが見えてきた。
しかし、カリーナは日々研究に明け暮れ、元々の慎重な性格からは考えにくい、大胆な行動を取ることが増えた夫を心配しているようだった。
「ねぇ、あなた。最近、隈がひどいわよ。カルシアのために研究してくれているのは感謝しているけれど、ちゃんと休んでちょうだい。それに、本当にご実家を売ってしまって良かったの?」
「あぁ。残しておいても、もう誰も住むことはないからな。休息に関しては、もう少し落ち着いてから取るつもりだ。今は頑張り時だからな。心配を掛けてしまうが、必ずカルシアを救って見せるから、お前にも力を貸してほしい。」
ストロンは、カリーナの手を取って力強く言った。
その真っ直ぐな瞳と、あまりの熱量に負けて、カリーナは微笑み、夫の手を握り返して深く頷いた。
「分かったわ。でも、無理だけはしないでちょうだいね」
コメント
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第2話、読み終えました。一気に引き込まれました。アメリアの物語から始まって、ようやく掴んだ幸せがまた崩れそうになる…「せめてお子さんを幸せに」という看護師の言葉が胸に刺さりました。ストロンの執念と、それでも研究に没頭する姿に、父親としての凄みを感じます。カルシアの未来がどうなるのか、続きが気になります。