平成の始めごろ、善悪とコユキが通っていた中学では、試験の結果は堂々と廊下などに貼り出された物だった。
当然成績の悪かった生徒などは非常に恥ずかしい思いをする事になったり、それが原因で馬鹿にされたり虐めの遠因(えんいん)になる事もあった訳だが……
そこは二十世紀、時は正に世紀末の事である。
今で有れば『子供が傷付いた~』等と声高に叫びつつ、モンスターペアレンツが校長室に押し掛け、校長先生の残り少ない頭髪を毟(むし)り取る事は想像に易い。
だが当時、終末の予言に怯え、生き延びる為の生存競争と受験戦争を混同させてしまっていた世の中は、『学力向上』の言葉の前に全ての保護者は口を噤(つぐ)んだのだ。
そう言った時代背景を受けて貼り出された順位表で、コユキが五位以下に落ちた所を、終(つい)ぞ善悪は目にした事が無かった、一学年二百人を越える中でだ。
本来なら二人が入学した高校よりも、二ランク位は上の、この地域で一番の進学校に余裕で入れた筈であった。
事実、入学式での祝辞に対して、非常に面倒臭そうにではあるが、新入生代表で答辞を返したのは、他ならぬコユキであったのだから。
そう言えば、入学後、帰宅部一択と決め込んでいた善悪は、担任の体育教師に対して戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。
理由は、この学校の独自ルール、『部活動への強制参加』である。
善悪は入学祝で買って貰ったパソコンで、趣味のアニメやゲーム、様々なサブカルチャーを楽しむつもりだったのだ。
部活なんてやってられるか、と思っていたのだが、強面(こわもて)の担任にそんな事言ったら何をされるか分かった物ではなかった。
目を付けられて、色々な場面で難癖を付けられたり、体育の指導にかこつけた体罰だって受けるかもしれないのだ。
令和の今なら、件(くだん)のモンスター(ペアレンツ)が、大挙して学校を襲う、所謂(いわゆる)スタンピートが捲き起こり、女教師たちは一人残らず苗床にされ、体育教師たちはどこかの鉱山に労働奴隷として売られていく事だろう。
だが、あの時代の教師の権力と言うのは現代の常識では想像も出来ないほどに絶大であったのだ、トイレットペーパーの長さを決められるほどに…… そんな時代だったのだ。
善悪の夢だった、パソコン三昧のハイスクールライフは潰(つい)えたかに思えた。
しかし、そこはトンチに定評の有る善悪の事、名案を捻り出す事に成功したのだった。
名案とは『サブカル研究会(部)』設立である。
堂々と申請した善悪に、角刈りの担任は細く剃り揃えた眉毛をゆがめて告げた。
「部員が四人いなければ部としては認められんな。 期限は三日以内だ」
と、意地悪そうに嗤った(わらった)のだった。
友達が少し(コユキだけ)しかいなかった善悪は絶望した。
期限までの三日間、為す術無く無為に終わりまでの時間を数える事だけに費やしてしまっていた。
この間に担任の体育教師が何気なく、自分が顧問を務める『柔道部』への入部を勧めてきていたが、その猫なで声を聞いた善悪は怖気(おぞけ)を感じたものだ。
最早諦めていた善悪の前に、コユキが二人の生徒を引き連れて現れたのは期限の閉門時間に、あと一時間を切った時であった。
彼女が連れて来たのは、見るからに陰気そうな男女、女子の方は不健康そうに痩せこけて、無造作に伸ばした前髪によって、顔を確認することは出来なかった。
男子はキョロキョロと回りの様子を伺い続けていたが、背は極端に小さく、弱視なのだろうか分厚い丸メガネは坊ちゃん刈りに良く似合っている。
この二人とコユキが入部してくれたお蔭で、善悪のハッピースクールライフが約束されたのであった。
長じて後、お山でのお籠(こもり)の修行中、もう駄目だと諦め掛けた時、目の前に姿を現して頑張れと励ましてくれた巨漢の幻のお蔭で何とか乗り切った物だ。
あの時はてっきり、ガネーシャ? 大聖歓喜天(たいせいかんぎてん)? と朦朧(もうろう)とした意識で考えていたが、今思えばコユキの幻を見たのだと明確に分かった。
その事をはっきりと思い出して、善悪は涙を拭おうともせずに、心中に強く誓った。
――――何が起ろうとも、コユキ殿の為に生きよう。 二度と疑ったりしない。 それで死すとも本望である。 自分の全てを賭けてでも彼女の望みを叶えて見せる
と。
本人もはっきりとは気付いてはいなかった様であったが、この朝、幸福善悪(こうふくよしお)は生まれて初めて人を、茶糖コユキを心から愛したのであった。
ともあれ、脚気(かっけ)を放置すると、心不全の危険もあり、死に至るケースも少なくない、コルサコフ症候群の恐ろしさをコユキに説明し、嫌だ嫌だと駄々をこねるコユキに根負けし、折衷案(せっちゅうあん)として今日一日だけだよと確(しっか)り約束してから、コユキに肩を貸して幸福寺へと向かう善悪であった。
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