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(ど~しよう! 大好きな陽さんの家にお邪魔しただけじゃなく、言われるがまま呑気にシャワーまで浴びちゃってるよ。そんでもってこのまま、この身を捧げることになっちゃうのだろうか……)
宮本は先ほどまでのやり取りを思い出しつつ、顔を歪ませながら、シャワーのお湯を頭からかぶった。ここに辿り着くまでに何度も『ばっちい』や『小汚い』を橋本の口から連呼されたせいで、ジャブジャブ洗わずにはいられない。
「おまえが身に着けてる服は、そのまま乾燥機にかけても大丈夫なものか?」
「とりあえず大丈夫ですけど……」
「だったらそこにある洗濯機に、服を全部突っ込め。待ってる間の変わりの服は――これと下着はこれでいいか。汚い躰を早く綺麗にしてこい!」
橋本の自宅の内装を堪能する前に、ルームウエア風の黒のジャージの上下と新しいトランクスを手渡された後、バスルームまで追いやられて現在に至る。
パステルカラーのグリーンを基調とした浴室は、目に優しくてとても落ち着けるものなのに、この後の展開を考えるだけで、宮本のドキドキが止まらなかった。
だけど――。
「……まだ好きだって、言ってもらってないんだよな」
言われたら言われたで、今以上の胸の高まりを体験することになるのは容易に想像できるので、すごく困るのだが。
宮本は目の前にある鏡の中に映る自分の顔を、ぼんやりと見つめた。
困惑顔の濡れ鼠になったことで、モブキャラレベルの底辺に位置する男前ぶりに、辟易するしかない。
橋本が口走った『俺の男』発言は正直嬉しかったものの、あの場をやり過ごすために言ったのではないかという疑惑が、宮本の心を支配しはじめていた。
そんな不安を抱えながら念入りに躰を洗い、何食わぬ顔で浴室から出て、水滴を丁寧に拭ってから渡された衣類に袖を通した。
時折唇を噛みしめたりと、普段の顔を維持しようとすればするほど、崩れるものにならざるをえなかった。
いろんな不安があって、心には余裕がないはずなのに、シャンプーやボディソープの香りを嗅いでしまったら必然的に橋本のことを思い出し、同じ香りをまとう自分が恥ずかしくなったり、畏れ多く思ったりして、感情のアップダウンがそのまま顔色に表れていたのである。
その結果、微妙な表情を浮かべてリビングに顔を出すと、宮本の気配を察知した橋本が入れ違いにバスルームに向かった。
「テーブルにお茶置いてあるから、勝手に飲んで待っていてくれ」
事務的に告げるなり、身を翻して消えていく。
「……あれ?」
感情の機微に敏感な橋本が、宮本の表情をスルーしたことに違和感を覚えた。自分が変だったのは、顔だけではないのに――。
貸し与えていただいたパーカーのジャージの上は、難なく着ることができた。しかしながら橋本の足の長さに合わせているズボンのせいで、宮本がそれを着用すると、みっともない長袴状態になったのである。
しょうがないので、裾をくるくる折って対処したものは、ものすごーく格好悪い見た目になった。所々に蛍光のオレンジのラインがお洒落な感じで施された格好いいジャージなのに、自分の体形のせいで、それを無にしていることを突っ込まない橋本の心情が、さっぱりわからなかった。
宮本は首を捻りながらキョロキョロして、辺りを見回してみる。リビングの広さは宮本が住んでるアパートよりも広いのに、置いてある家具が少ないせいで、余計にだだっ広く感じた。
(俺のヲタクグッズが、部屋を圧迫しているのは理解しているけど、捨てることができないんだよなぁ)
自分の家の様子と比較しつつ、すぐ傍にあった扉を何の気なしに開けてみる。
「ひゃっ!」
リビングの明かりが暗い部屋の中に差し込んだので、そこにあったベッドが目に飛び込んできて、素っ頓狂な声をあげてしまった。慌てて扉を閉めようとしたが、宮本の理性がそれを押し留める。
目をつぶり耳を澄まして、バスルームの音を探知した。洗濯機の回る音に混じって、独特な水音が僅かに聞こえてくる。
(素早く寝室に入って、ベッドに顔を埋めること2、3秒で戻れば、絶対にバレることはないだろう! このときベッドに乗らず枕に照準を合わせていれば、布団を乱すことなく部屋を脱出できる)
宮本は、しなくていい入念な計画を立てるなり、橋本の寝室に勇んで入り込んだ。