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枕の位置を把握するために、ほんの少しだけ扉を開けっぱなしにして、寝室の中に光を取り入れる。
宮本はそそくさと部屋の中に入り込み、スプリングの効いたベッドの上に左手をつきながら、力なく倒れ込むように、枕へ向かってダイブした。
(ふぁあ! 陽しゃんの匂い~ぃ! さっき使ったスカルプケアシャンプーのハーブの香りと一緒に、陽さんの香りが混ざり合っていて、何だかすぐ傍にいるみたいだ)
自分で決めた既定の時間をすっかり忘れ、思う存分にフガフガ枕の匂いを嗅いでから、腰を上げかけたときだった。キィという小さな音と一緒に扉が開き、寝室の入り口に大柄な男が立ち塞がる。
逆光で、どんな顔をしているのかわからなかったが、扉の前で固まった状態でいることで、かなり驚かせてしまったのが、手に取るようにわかった。
「……雅輝、こんなところで何をしてるんだ?」
向こう側から光を受けていたが、宮本は目を凝らして橋本をよぉく見てみる。程よく引き締まった上半身が裸というだけでも刺激的なのに、バスタオルを腰に巻いて下半身を隠している衝撃的な姿がわかり、心と躰が一瞬でヒートした。
「よよよよ陽さんこそ、何でそんな恰好でいるんですか?」
自分がしていたことをぶっ飛ばし、目の前がクラクラする状態で、宮本は話しかける。
「何でって、風呂上りはいつもこの格好だからさ。汗が引くまで、服を着たくなくてな。もしかして、おまえも同じだったりするのか?」
「そっそんなのありえましぇんっ。てぃくびを丸出しにしたまま、そこら辺を歩けませんって」
無防備な橋本の恰好のせいで、一気にオーバーヒートした宮本は、自分が噛んでしまったことにも気づかず、ベッドの脇にちょこんと正座をしたまま、両手をあたふた動かしながら、慌てふためいた。
「ところでおまえ、何でこの部屋に入ってるんだ?」
橋本は白い目で訊ねるなり、宮本の前に片膝をつき、にゅっと顔を寄せる。
「ひえっ! 危っ、見えっ」
「こんな至近距離で見えるかよ。馬鹿なのか、まったく」
「でもでも、裸が至近距離にありますぅ……」
意味なく万歳をして降参を表した宮本に、橋本は顔をうんと歪ませて頭を抱えた。
「これじゃあいつまで経っても、話が進まねぇだろ。この部屋で何をしていた、探し物か?」
「探し物?」
宮本は告げられた言葉の意味がわからず、両手を上げたまま疑問を口にした。
呆れるくらいにキョどる宮本に、眉間に深い皺を寄せた橋本が、仕方なさそうに説明する。
「他のヤツを引っ張りこんでいるという、いかがわしい痕跡がないか探していたと思ってさ。長い髪の毛や、使用済みのコンドームなんか」
「あー、なるほど」
「納得した顔をしながら、感心するなよ。だったらおまえは、何をしていたんだ?」
胸の前に腕を組んでじっと睨みを利かせる、橋本の顔が怖いことこの上ない。
「非常にお恥ずかしい話で、とても言いにくいのですが……」
上げていた腕を力なく下ろして、両手の親指と人差し指を意味なくもちょもちょ動かしながら、上目遣いで橋本を見た。
「恥ずかしくて、言いにくいコトか。人ン家で何をやらかしたのやら」
「あのですね、そのぅ、むぅ……」
橋本が瞳をちょっとだけ細めて笑ったのを見て、宮本はごくりと唾を飲み込んだ。言うなら和やかになった今だろうと、思いきって言葉を繋げる。
「陽さんの使ってる枕の匂いを嗅いで、興奮してましたっ!」
「……はい?」
「やっ、だから枕にこうして顔を埋めてですね、気が済むまで匂いを嗅いでしまって。本当は2、3秒だけにしようと思っていたんですけど、あまりにも魅惑的な香りに、離れがたくなったんですぅ」
エア枕を指先で描くなり、顔を埋めたときの様子を、宮本は身振り手振りをまじえて実況した。それを目の当たりにした橋本は、両目を大きく見開き、驚きの表情をありありと浮かべる。
「ですので不審なものがないか、陽さんの寝室を探索する余裕は、俺にありませんでした。というか、そんなことすら思いつきもせず、ただただ匂いを嗅いでました」
「雅輝、おまえってヤツは、峠で車を転がしてるときといい、今といい、本当に斜め上を行くことをしてくれるよな」
橋本に責められているわけじゃなかったけど、落ち込まずにはいられなくて、俯きながら両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「だから好きなんだぞ」
静かに告げられた言葉は、妄想で自分が作ったものだと思ってしまった。それだけ橋本の告白を望んでいたから。
そのせいですぐには反応できず、躰を強ばらせながら橋本のセリフをしっかりと噛みしめたあとに、やっと顔を上げることができた。
「まるで夢みたい……」
「夢じゃねぇよ。俺は雅輝が好きだ」