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#クロスオーバー注意
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回復した、と思われていた。
倒れた後、ハルヒはちゃんと学校に来ていたし、
ホスト部にも顔を出していた。
環の過剰な心配にも、鏡夜の静かな監視にも、
「大丈夫」と短く返していた。
それが、問題だった。
大丈夫、と言える程度には、
まだ壊れきっていなかったから。
⸻
最初に消えたのは、音だった。
部室の笑い声が、
遠くの雑音のように聞こえる。
次に、色が薄くなった。
薔薇も、制服も、
すべてが少しだけ褪せて見える。
そして最後に、
人の輪郭が曖昧になった。
目の前に誰かがいる。
声をかけられている。
それは理解できる。
でも、
“自分に向けられている”という実感だけが、
どうしても結びつかない。
——私じゃなくていい。
その考えが、
いつの間にか“事実”になっていた。
⸻
夜になると、
考えは一方向にしか進まない。
迷惑をかけている。
心配を消費している。
時間を奪っている。
だから、距離を取るのが正解だ。
誰にも頼らず、
誰にも期待されず、
誰の視界にも入らない場所に行けばいい。
それは、逃げじゃない。
整理だ。
ハルヒは、そう結論づけた。
⸻
翌日、
環が話しかけても、
双子がからかっても、
返事は最低限だった。
感情を出さない。
反応を減らす。
“ここにいない人間”みたいに振る舞えば、
きっと皆も、慣れる。
それが優しさだと、
本気で思っていた。
鏡夜だけが、
その異変に気づいていた。
ハルヒの目が、
人を見ていない。
⸻
「ハルヒ」
名前を呼ばれても、
一瞬、反応が遅れる。
「……何?」
声は平坦で、
温度がなかった。
「君、また戻りかけている」
「どこに?」
即答だった。
戻る、という言葉自体が、
もう理解できていなかった。
鏡夜は言葉を選ぶのをやめた。
「“いなくなってもいい場所”を探している目だ」
その指摘に、
ハルヒの中で何かが揺れた。
でも、揺れただけだ。
「……心配しすぎ」
それ以上、
話を続ける気力がなかった。
⸻
視界は、
どんどん狭くなる。
笑っている環の顔も、
はにー先輩の声も、
モリ先輩の存在感も、
“関係のない風景”として処理されていく。
誰かが手を伸ばしていることに、
気づけない。
気づいたとしても、
それを“自分へのもの”だと
受け取れない。
——私は、ここにいない。
その感覚だけが、
異様にリアルだった。
⸻
ある日、
部室の扉の前で、
ハルヒは立ち止まった。
中から聞こえる声。
いつもの日常。
一歩踏み出せば、
また戻れるかもしれない。
でも。
「……違う」
小さく呟く。
戻る、という発想自体が、
もう遠かった。
ここにいると、
“まだ繋がっている”と勘違いしてしまう。
それが、
一番怖かった。
⸻
そのとき、
後ろから誰かが名前を呼んだ。
けれど、
ハルヒにはもう、
振り向く理由が見えなかった。
世界は静かで、
色がなく、
人の気配が薄い。
ただ、
自分が“透明になっていく”感覚だけが、
確かにそこにあった。
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