「……お前さ、デートしたことあるんだろ?」
「うん! あるけど、なんで?」
こともなげに言われて、ちょっとイラッとした。こういう風に相手の目を見つめながらニコッとしたりする所が、歳上の心をくすぐるんだろう。俺はゴロンと仰向けになると、ゴンの膝の辺りから顔を見上げる。
「いや、どんな感じですんのかなって思っただけ。なんつーか、興味?」
「えー、そんなの気になるの?」
「だってさ、デートだぜ? 分かんねえけど、手とか繋いだりするわけ?」
自分の手をグッパッと握りながら聞いてみると、ゴンは何かを考えているように斜め上を見つめて、それからまたニコッと笑った。
「じゃあさ、俺とキルアでしてみる? デート!」
「……はぁ?」
突拍子な提案に、思わず半笑いで答えてしまった。そんなつもりで話を振ったんじゃないのに、提案してきたゴンは自信満々だった。
「二人でどっか出かけようよ! 俺がエスコートしてあげる!」
「くく……っ、で、デート? お前と? 何その響き、めっちゃおもしれー」
ニヤニヤしながら笑いをこらえていると、ゴンの方も枕を抱えていたずらっ子みたいに笑っていた。
「へへ、そうだよ。キルアのことドキドキさせて……んっ、ふふ、くくく……!」
「ぷっ! うん、行こうぜ。どっか遊びに行って、あはっ、はははっ!」
二人でベッドの上を転げ回って笑い合う。擽りあって枕を投げ始めたらもう止まらない。シーツがクシャクシャになるまで暴れ回って、結局疲れきって転がるように眠った。
***
「じゃあ、駅前で待ち合わせね!」
「おう……じゃあ後でな」
先に部屋を出たゴンを片手を振って見送る。同じ場所から出発するのに、わざわざ時間をずらして待ち合わせをする必要があるのか。そう思ったが、どうやらその方がデートっぽいらしい。
「つーか、マジでやるとはなぁ……」
一人になったツインルームで座りながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。まあでも、いくらデートとは言ってもゴンと二人でなんていつも出かけてるし。そういうのと大して変わらないだろう。
よしっ、と声に出して立ち上がると、忘れ物を確認してチェックアウトに向かった。
「お待たせ、ちょっと遅れたわ。結構待っただろ」
「ううん、俺も今来たとこ!」
噴水のヘリに座ったゴンが、俺を見上げて屈託なく笑う。
いや、そんな訳ねえだろ。そう言いたくなるのをグッと堪えた。どう見積っても十分くらいは待たせているし、噴水の前で『待った?』『今来たところ!』なんてベタというかなんと言うか。マニアって言うやつらはこういうのがいいのだろうか。
そんなことを考えていると、俺より少し暖かい手が伸ばされてぎゅっと右の手を握られた。
「うぉっ」
「ねえ!なんか今日のキルア、雰囲気違うよね?」
「う〜〜ん……?そうか?」
自分の腕や脚を見下ろしてみるけれど、特に変わったところはない。けれどそう言われると悪い気はしないような。
「ハッ! そういう事か…お前…!」
「ん?」
「そうやって女誑かしてんだな! このっ!」
「え〜っ!?俺まだ何もしてないよ!」
ぬけぬけと抜かすゴンのコメカミをぐりぐりと抉る。なんかよく分からないけど悔しい。男としてのレベルで負けた気がする。
「いたたたっ! だって本当になんかいつもと違ったんだもん! ワックス使ってきたでしょー!」
「おりゃあ!……え、分かんの?」
「だって毎日見てるんだから、わかるに決まってるじゃん」
ニッと屈託のない笑みを向けられる。ひまわりみたいな笑顔が眩しい。噴水の水しぶきのせいか、キラキラと輝いているようにさえ思える。
「……」
「あれ、キルア? どうしたの? おーい」
顔を覗き込まれながら目の前で手を振られてハッとする。いきなりそういうこと言うなよな。なんか恥ずいだろ、バカ。
「いや、なんでもねえよ。手ぇ繋ぐんだろ。ん!」
怒りたいつもりではなかったのだけれど、ついぶっきらぼうな返事になってしまった。けれどゴンは気を悪くした様子もなく、差し出した手を握り直してきた。
汗ばんでいる気すらする熱い掌は、俺のよりちょっと柔らかかった。手を繋いだのとか何年ぶりだろう。戦闘中にゴンの手を引っ張ったりした事はあったけど、こうして握りあって歩くのはきっと、小さい頃に家族として以来だろう。何だかむず痒い気分だ。
「キルアの手ってちょっと冷たいね」
「そうか? お前が熱いだけだろ」
「あっ、そうかも。でもキルアも暖かくなってきたね!」
俺の指先を温めようとするように両手で包み込まれる。ゴンの体温が移って来たのか、手指が温くなっていく。
「俺、キルアと手繋ぐの好きだなぁ。キルアも好き?」
「えっ? お、おう」
うわぁ、こいつこういうことできるのか。俺を見つめていた濃く煮出した紅茶みたいな瞳が、嬉しそうに細められた。
というかデートなんて名目だけだと思ってたのに、ちゃんとそれっぽい事をしてくるじゃないか。本気で俺をエスコートするつもりなら、俺は今日一日中どんな顔をしてこいつの隣を歩けばいいんだろうか。
そんなことを考えながら、ゴンに手を引かれて街中を歩く。手を繋ぐほど仲良しの子供たちとして、微笑ましい目で見られている気がする。嫌なのか恥ずかしいのかそうでもないのか分からないけれど、とにかくどこか建物に入りたい。
「なぁ、今ってどこ向かってんだ?」
「えーっとね…ほら、あれ! いつかキルアと一緒に来たいなって思ってたんだ」
ゴンが指さした先にあったのは小洒落た外装の小さな店だった。パスタや釜焼きのピザを売りにしているようで、入口まで行くとミートソースのような甘い匂いが漂ってきた。
「俺、カルボナーラで! キルアは?」
「んー…ミートソースひとつお願い」
店員に注文をすると、頭を下げて厨房に引っ込んで行った。木目調の店内と言い、流れている音楽のセンスと言い、落ち着いていて感じのいい店だ。
料理を待っているゴンは頬杖をついて機嫌良さそうに脚をブラつかせながら、いつものキュッと口角を上げた顔で俺を見つめていた。
「なんか嬉しそうじゃん」
「うん! 俺、キルアといる時が一番楽しいんだ!」
「……ふーん」
「えー、キルアは違うの?」
「まあそれは、俺もそうだけどさ」
言われていることは嬉しいはずなのに、あまり嬉しそうな声は出なかった。
こういうことをさらっと言えるからモテるんだな。君といる時が一番楽しい、なんてどこかで聞いたことのある常套句だ。他にもこんな言葉をかけられた奴がいると思うと、何故か悔しかった。
「美味しいね!」
「うん、美味い」
ミートソースのパスタをクルクルと巻いて口に運ぶ。店先で嗅いだ匂いの通りに甘みが強くて、懐かしい味がした。
俺と一緒にここに来たかったと言っていたのはこのデートごっこのために、適当に言っただけの事なのか。それともゴンの本心だろうか。
別にどっちでも構わないけれど、洒落た店の割に皿いっぱいに大盛りにされたパスタや、美味しいと評判なのだと聞かせてくれたチョコレートパフェを見ていると、後者であって欲しいと思わなくもなかった。
***
店を出た俺たちは、ゲームセンターに行ってプリクラを撮ったり、UFOキャッチャーで遊んだりした。
成果はお揃いの猫のキャラクターのキーホルダーが四つ。茶トラはクラピカ、黒いのはレオリオへのお土産で、俺たちのは小さな白猫と三毛猫。首元のリボンがそれぞれ紫と緑で、表情もなんか俺たちに似てる気がする。結構気に入ったかも。
「いや、お前ってすげーのな。マジでドキドキしたかも、はは……」
ケータイにぶら下げた子猫を眺めながら冗談交じりに言うと、ゴンも同じように三毛猫のしっぽを弄っていた。そしてまたニコッとする。ほんとよく笑うやつ。
「俺も楽しかったよ! キルアとデートできて良かったなぁ」
「お、おう。もういいってそういうの。お前がすごいのはわかったからさ!」
デートとか言われると気恥しいし、ゴンに大人力で大幅に負けていることはとっくに理解した。しかしゴンはキョトンとして首を傾げた。
「そういうのって?」
「え? だから、そういうおべっかみたいな口説き文句だよ」
キーホルダーを揺らしながら答えると、ゴンは反対側に首を傾げてからにっこりと笑った。
「デートできて良かったっていうのは、本当の気持ちだよ。俺今日本当のことしか言ってないし」
「え? じゃあ…俺と手繋ぐの好きって言ったのは?」
「うん、好きだよ! これから毎日繋ぎたいくらい!」
「え、じゃ、じゃあ俺と来たいと思ってたっていう店は……」
「うん。キルア甘いもの好きでしょ? それに俺たち二人ともいっぱい食べるし!」
「えーっと……ちなみに、俺といる時が一番楽しいっていうのは……」
「うん。キルアが一番だよ!」
屈託なく笑った顔が眩しい。まるで畑のひまわりが一度に全部咲いたみたいだ。
顔が熱くなって、シャツの裾を無意識に握りしめていた。
「お前…」
「ん?」
「お前ほんともー! お前〜!」
「えっ! なになに! なんか俺変なこと言った!?」
どうしたらいいのか分からなくて、とりあえず飛びかかってしまった。驚いた顔が何だかムカつくので、髪の毛をぐしゃぐしゃにしておく。
「もー、どうしたのいきなりー……」
俺にボサボサにされた髪を手櫛で直しながら、ゴンが膝立ちで近寄ってきた。そして俺の顔を覗き込んで、あの眩しい笑顔を向ける。
「またどっか行こうね、キルア!」
「へ!? あ、いや、お、おう」
何でまだドキドキしているんだろう。これはただのデートごっこの余韻なのか、それとも別の何かなのか。俺はこれから、この気持ちをどうすればいいんだろうか。
ちょっとムカつく顔をした白猫は、知るかというふうにぶらぶら揺れていた。
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