私は弱り切った表情で溜め息をつき、縛められた両手を胸の前に、ボソボソと言い始める。
「……でも、あの、……顔についてネガティブに捉える必要はないと思うんです。人って第一印象のほとんどが見た目だって言うし、そういう意味で物凄くアドバンテージがあるじゃないですか。涼さんは嫌かもしれないけど、背が高くて綺麗な顔をしていて、立ち姿が綺麗で、着ている物も洗練されてて、皆あなたに見とれると思います」
「恵ちゃんは?」
ほしがられ、私は「むぐぐ……」と唇を歪めてから小声で言う。
「……ランドで初めて会った時は、全然異性として意識してなかったですけど、一般的な感想で『綺麗な人だな』とは思いましたよ」
「凄く予防線を張るね?」
涼さんは面白そうに笑い、フニフニと私の耳たぶを弄る。
「……それから? 初めて会った時、どう思った?」
甘やかに囁かれ、私は赤面しつつもムスッとし、正直に答える。
「……雲の上の人だと思いました。周りの女性はみんな涼さんを見ていましたし、ブランド物の服をサラッと着こなしてるし、モデルかと思いました。……一緒に行動して比べられるのが嫌なので、『あんまり近づきたくないな』って思ったのも事実ですけど」
「褒めて落とすの上手だね」
彼はクスクス笑い、続きを催促するように、指の背でスッと私の顎をなぞった。
「……篠宮さんの親友なら、お金持ちの人だと思ってました。聞いたら失礼だから、深くは詮索しなかったですけど、『毎日いいもん食べてるんだろうなぁ……』って思ってました。……それで、これは偏見ですけど、高慢で嫌な人だと思っていたら意外といい人で、気さくに話しかけてくれる。……小っ恥ずかしかったけど、飲食店では椅子を引いてくれたし、そんな扱いを受けるの初めてで……」
言葉を途切れさせると、涼さんはニコッと笑って尋ねてきた。
「ときめいた?」
「……いや、慣れなくてソワソワして、『なんだこいつ』って思いました」
「ありゃー……」
涼さんは脱力し、私の体の上に体重を預ける。
フワッと彼の使っているシャンプーや香水の香りがし、包み込まれているような感覚に陥った私は、胸の奥がウズウズするのを必死に押し隠す。
(……あったかいな……)
服を着ているのに彼の温もりが伝わってくるようで、私は照れくささのあまりキュッと唇を引き結ぶ。
やがて涼さんはチュッと私の首筋にキスをし、上半身を起こす。
「ひぅっ」
不意打ちをされた私は小さな悲鳴を上げ、涼さんはそんな私を見てニヤリと笑った。
「これはちょっとした意趣返しだよ」
「……気分を害したなら、謝りますけど……」
手は不自由なので首をさする事はできないけれど、まだそこが熱を持ってムズムズしているような気がし、私は首を竦める。
「いやいや、こんな事で気分を害すなんてまさか。悪戯の範囲内だよ。そもそも俺は、ここずっと、誰かに対して本気で腹を立てた事ってないから」
「えっ? マジですか?」
「あ、先日の事件は別だけどね。あれは犯罪だからまるっきりの別物。仕事やプライベートで顔を合わせている人に何かされたとしても、全然響かないんだ。……というか、嫌な言い方だけど俺に嫌がらせをする人って、まずいないけどね」
「まぁ、そっすね」
「恵ちゃんのその塩対応、俺、すっごく好きだよ……」
いきなり涼さんが噛み締めるように言うので、私は焦って弁明する。
「すっ、すみません! 三日月グループの御曹司で、皆が憧れる涼さんを軽く扱ってすみません」
「いやいやいや、謝らないで。恵ちゃんだけは、何があっても謝らないで。本当に、俺は君のそういうところに救われてるんだ」
涼さんは優しい眼差しで笑い、私の頬を撫でてくる。
「俺は知っての通りの身分だから、小さい頃からとにかく周りに大事にされ続けてきたんだよ。子供の頃はそれなりに仲違いとか、喧嘩みたいな感じにもなったけど、殴り合いの喧嘩はしなかったし、大きく逸脱して〝悪い事〟もしなかったから、周囲から注意される側にはならなかった。親からも『将来人の上に立つんだから、どんなに腹が立っても人を煽ってはいけない。悪口も陰口も、他人に聞かせてはいけない。何かあったら自分たちが聞くから、とにかく外では模範的な人でありなさい』って言われ続けてきた」
「……それって、息苦しくないですか?」
思わず、私はポツリと尋ねてしまう。
「……まぁね。子供の頃から、聞き分けが良くて何でもできた訳じゃなかった。反抗期はなかったけど、たまに爆発しそうになったら、自転車に乗って遠くに行く癖があって、目付役になってた父の秘書を泣かせたな」
彼は懐かしそうに言うけれど、私はその秘書さんが気の毒でならない。
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