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宿の近くにいくつかある食堂の一つ、大衆食堂【満腹亭】。
今日はここで夕食をとることにした。
そして僕は今、中央都市に来て最も感動している。
「まさか……米があるなんて」
そしてこの店のメインは丼もの。
牛丼らしき物、豚丼らしき物、どれも名前は違うが間違いない。
この店は当たりだ。
リズさんが頼んだのは、豚丼そっくりなオーク丼。
僕が頼んだのは……どう見てもかつ丼だが、その名もビクトリー丼。
まずは肉を避けてご飯を一口。
あぁ……卵と出汁が米を包み込み、トロトロの玉ねぎが口の中で主張はするも邪魔はしない。
これには自然と称賛の言葉が漏れる。
「……やるじゃないか」
だがまだ終わりではない、次はカツだ。
主役ではあるが、大衆食堂である以上安い肉であることは必然。
あまり期待は…………ッ!?
――――柔らかい
だが歯ごたえがないわけではない。これは……層だ! 薄切り肉で層を作っている!
そして先ほどの米と一緒に口へと運ぶ……それが完成形だと誰もが知っている、おいしくもホッと安心する温かい味。
おふくろの味と言われる所以はこれなのだ……。
「うっ、うぅ……僕が……やりました……」
「何の話だ?」
◇ ◇ ◇ ◇
さぁ、腹は満たされた。風呂にも入った。部屋には肌着だけの若い男女。
今日はお酒も交えよう。
軽く酔いが回ればやることはアレでしょう。
「前回の続きだ、私から聞く番だな」
まぁ……そうね……。
交互に、聞かれたことを話す。お酒の余興だ。
「本日はグラスも用意しておきました」
「気が利いてるじゃないか」
せめて雰囲気だけは演出したいからね。
「じゃあそうだな……エル、キミは魔法学園を卒業してる年齢ではないし、誰かに教わったのか?」
「もちろん師匠がいますよ。王国の辺境にある、絶対不可侵の森……魔女が住む森って聞いたことないです?」
「魔女が住む森か、噂程度には聞いたことがあるぞ」
「その魔女が師匠です」
師匠元気にしてるかな。
変な所に飛ばしてくれた礼を言いたい、
「噂ではなく実在したのか……さぞ高名な魔法使いなのだろうな」
「名前……知らないんですよね。ずっと師匠って呼んでたら、名前聞くのすっかり忘れてて……」
「キミらしいな」
僕らしいとはどういうことだろう。
「しっかりしてそうで、どこか抜けてるということだ」
心を読まれただと!?
「しかし、キミも同郷だったのか。偶然かもしれんが、なんだか少し嬉しいな」
「黙っていたわけではないんですけどね」
聞かれてもいないのに自分のことをペラペラと喋るのって、後から恥ずかしくなるからね。
「じゃあ、今度は僕の番ですね」
何を聞いたものかな。
怪力の秘訣なんて聞いても理解できる内容か怪しいし……。
「……そういえば、なんで近衛騎士になったんですか? ご両親は元々冒険者だったんですよね?」
平民から近衛騎士に抜擢されるって、よほどの理由がないと難しい気がする。
「元々騎士になるつもりがあったわけではないんだ。だが王都で開催された剣術大会で、たまたま優勝してしまってな」
たまたまで優勝できるようなものなんですかね。
「それで騎士団からスカウトがきたんだ」
「それを受けて近衛騎士に?」
「いや、とりあえずお試しということで、第1騎士団に仮入団してみた」
入ってみたらブラックな職場でした。
なんて怖いもんね。賢明だと思います。
「第1騎士団って、近衛騎士とまた何か違うんです?」
「あぁ、近衛騎士は王族の警護が主な仕事だからな。第1騎士団は城の警備が主な仕事だ。団は4つあってそれぞれ役割、担当が違うんだ」
でかい組織なんだなぁ。
ここからどう近衛騎士に繋がっていくのか。
「それで、入ってみたはいいのだが、訓練内容に口を出したら生意気だと言われてな」
「……やっぱり、厳しい訓練だったんですね」
そりゃそうだよ、城を守る騎士団だもん。
「いや、物足りなかったから、訓練内容をもっと厳しくするべきだと進言したのだが……」
ブラックなのは新人の方だった。
「仮入団の新人がそんなこと言っても、聞き入れてもらえないのは当たり前な気もしますが」
「あぁ、だから全員性根を叩き直してやった」
……ん?
「最初に逃げだしたのは団長だったな……おかげで私が団長代理になってしまった」
……んん?
「そんなときだ、当時の第4騎士団のセリス団長が、私の考えた訓練内容にいたく感心してな。意気投合したものだ」
「……当時の?」
「あぁ、同じ訓練内容を第4騎士団でも導入して、数ヶ月後ぐらいだったか。なぜか私とセリスは近衛騎士に抜擢されたんだ」
……厄介払いかな?
「騎士団の皆も泣きながら見送ってくれたものだ」
それはきっと嬉し涙では……。
よほどきつかったんだろうな。
「と、近衛騎士になった流れは大体こんなものだ」
多分……突っ込むだけ無駄なんだろうな。
リズさんの前で鍛錬するのだけは、絶対にやめておこう。
「……近衛騎士の性根を叩き直してやろう、とかしてませんよね?」
「近衛は少数精鋭だったからな、他の騎士と鍛錬することもなかったし……あぁでも、セリスとはたまに一緒に基礎訓練はやったぞ」
「リズさんと一緒に……? すごい方がいるもんですね」
「あぁ、弓の名手だった。遠距離だと私では手も足も出ないな」
リズさんにそこまで言わせる人がいるのか……。
「ん? 弓の名手ってことはエルフ……?」
「いや? 同じ人間だったな」
「弓はエルフの独壇場って聞いたことがあるんですが。風を読むから人間じゃ敵わないとか……」
だから僕は弓を使うのをあきらめたんだ。
「セリス曰く、風が読めぬなら風ごと貫くのみ。だそうだぞ?」
なんだ、リズさんの同類か。
「まぁ私はその後クビになってしまったが、セリスは今頃どうしてるかな……」
仲の良い昔の同僚か……なんかちょっと羨ましいな。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、遺跡探索に必要な物の買い出しに、商業地区を歩いていた。
「ロンバル商会直営店、ここで大体の物が揃うそうだ」
リズさんの口から、何やら聞き覚えのある商会の名前が出た。
「それ……誰から聞きました?」
「ん? チロルが言ってたぞ?」
やっぱりか……高級回復薬分の買い物をさせられそうで嫌だな。
財布の紐を緩めない覚悟で店内に入って行く。
直営店だけあって中は広く、そして品揃えも確かなようだった。
魔石を使ったランタンが金貨3枚。これは便利そうだ。
簡単に火を起こせる魔道具が金貨1枚。これも便利そうだ。
七色に燃える松明が白金貨1枚。一体何の用途が……?
下級回復薬が1本青銅貨5枚。これは何本か買っておこう。
中級回復薬が1本銀貨5枚。何かあったときのために、1本か2本ぐらいはほしいかもしれない。
高級回復薬が1本金貨5枚。……僕は悪くないし。
解毒薬が1本青銅貨5枚。リズさんはともかく、僕用にほしい。
万能薬が1本金貨5枚。万能ってどこまで万能なのだろうか。どのみち高いから買えないけど。
「とりあえずランタンと火を起こせる魔道具、それに下級回復薬と解毒薬ぐらいですかね」
「そうだな、今は必要最低限にしておいたほうがいいし、そんなものだろう」
遺跡探索で稼げなかったら……と思うとあまり無駄遣いはできない。
そんな謙虚な心を嘲笑うかのように、間延びした声が聞こえてきた。
「早速来てくださいましたねぇ」
カウンターの奥からチロルさんが現れ、早速営業してきた。
「おすすめはぁ、魔除けの香ですよぉ。一つ銀貨1枚ですぅ」
「魔除けの香って消耗品ですよね? 銀貨1枚か……うーん……」
「ちょっと割高に感じるな」
リズさんも同意見のようだ。
僕らが行ける遺跡は魔物が少ないので、尚更高く感じる。
「考えが甘いですよぉ、何日も遺跡に籠ることだってあるんですぅ、これがあればゆっくり休めますよぉ」
それはたしかに……。
でもなぁ、とリズさんのほうを見ると
「じゃあ二つもらっておこうか、効果がたしかならまたその時に買わせてもらう」
「毎度ありぃ~」
まぁお試しってことで二つあれば十分だね。
精算を済ませ、店を後にしようとすると
「やっと在庫が減ったですぅ。臭いがきつくてぇ、評判悪かったんですよぉ」
……この世界で初めて人を殴りたいと思ったよ。