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鹿島を見るとテーブルにメモ帳を出して、なにかを書いてその話で盛り上がっている。
なにを書いているのか覗こうとしたら
「あ、本人が気になってる」
と鹿島が僕に気づき言う。
「本人?」
と自分を指指す。
「怜ちゃんの話してたのよ」
「オレの話?」
なんの話だろう。悪口か。いや、この距離感で悪口は考えづらい。
と一瞬で思考を巡らせる。少しドキドキ、ほんの少しワクワクしながら聞いてみる。
「オレのなんの話?」
「名前の話」
ドキドキの波が徐々に小さく静かになっていくのがわかった。
安心したというべきかよくわからない納得をし話を続ける。
「オレの名前?」
「レ イ ム って珍しいじゃん?
ヒメちゃんがどんな字書くんですかーって話になって」
「オレの名前って珍しいの?」
「え、そこから?」
「今まで会ったことなかったですよ?」
とヒメちゃんが入ってきた。
「で、口頭で字の説明はオレには無理だったから書いてたとこ」
「綺麗なお名前なんですね」
とキサキさんが言う。
「響きは良いかもですね」
と笑いながら返す。
「私も良い名前だと思いますよ!」
ヒメちゃんが右手を高らかに挙げながら言う。
「はい、ご注文でしょうか」
と男の店員さんがやってくる。ヒメちゃんが挙げた手を見て来てくれたのだろう。
「あっ、すいません。なんでもないです」
「あっ、わかりました。失礼しました」
と笑顔で軽く頭を下げ颯爽と去っていく。5人顔を見合わせて笑った。
「まぁオレが店員でも勘違いする」
と鹿島が笑いながら言う。
「僕でも注文かなって思いますね」
と山笠くんも麦茶を飲んでから言う。
「この子ほんと昔から天然で。天然は天然でも周りを巻き込む系の天然なんですよね」
キサキさんもそう言いカルピスサワーを飲む。
「なんかキサキさんってヒメちゃんの保護者みたいだよね」
「そうなんです。過保護な保護者。過保護者ですよ」
「いや、ヒメの姉になったら自然にそうなりますよ」
「あ!」
となにか閃いたような表情と声でヒメちゃんが声をあげる。
「でもさ!私たちも読み教えてもらわないと読めないって言われるよね」
「うおっ、話の角度直角に曲げたね」
と鹿島が笑いながら驚いたような声を出す。
たしかに。ドライブしてたら文句出るくらいのハンドリングだった。
「まぁたしかに私たちも珍しいかもね」
とキサキさんが言い
「こーれーは?」
とメモ帳の横に置いてあるペンを指指す。
「あ、オレのです。使います?」
と鹿島がメモ帳をペンと一緒にキサキさんに差し出す。
「あ、いいですか?」
と言い鹿島からメモ帳とペンを受け取る。
そして僕の名前「暑ノ井怜夢」の下になにか書き始める。
恐らく話の流れからするとキサキさんの名前だろう。
「根津」と苗字を書いた。苗字は思った通りの字だった。
「妃」ん?これまた思った通りの字だった。
恐らく僕側にいる鹿島と山笠くんの頭の上にもクエスチョンマークが浮かんでいるはずだ。
「馬」と書いた。そこに並んだ字を見る。「根津妃馬」
「え?これで「キサキ」って読むの?」
と鹿島は少し驚いたような少し疑問のような表情で聞いた。
「はい」
妃馬さんは顔を縦に振る。
「それから」
と妃馬さんが続けて書く。
「妃馬」と書いた横に今度は恐らく妹のヒメちゃんの名前を書く。
「姫」これまたここまでは想定内。次に書かれた文字。「冬」
「根津妃馬 姫冬」そう文字が並んでいた。
「姫冬ちゃんはこれで「ヒメ」って読むんだ?」
また鹿島が少し驚いたような少し疑問のような表情で聞く。
「はい!そうなんですよぉ〜」
なにか少し自慢げな少し誇りに思って自信のあるような表情で言う。
山笠くんは静かに「へぇ〜」と関心してした。
「え、山笠くんも「実は」とかないよね?」
と鹿島がメモ帳とペンを山笠くんに差し出す。
「いや、僕はマジでふつーです」
と受け取らずに言う。
「書いてみて」
と鹿島が差し出したメモ帳とペンを振る。
「えぇ〜」
と言いながらは受け取り
「お2人の後に書きたくないんですけど」
と言いながらボールペンをノックする。
「たしかに」
鹿島がそう言い笑う。
「山笠俊」
僕の想定通りの字だった。
「でも字面カッコいいね」
と僕は本当に思ったことをぶつける。
「いいっすよ普通の字だからって」
「いやマジで思ったことだって」
「たしかにシュッっとしてますね」
妃馬さんがフォローに入ってくれる。
「オレ山笠の「カサ」あの雨の日のあの傘かと思ってた」
「あぁ〜」
と一同がたしかにと言わんばかりの声をあげる。
「あと「シュン」もあの」
と言い書き始める。
「駿」
「こんな字あったよね?」
「うん」
「これかと思ってた」
と言いながら勝手に「山傘駿」と書いた。
「うん。山笠くんの勝ちだな」
と僕が言う。
「そうですねぇ〜こっちのほうがカッコいい」
と姫冬ちゃんも「山笠俊」の字を指指す。
「私もこっちの1票」
と妃馬さんも字を指指す。
「鹿島負け〜」
「うん。自分で書いといてなんだけど、ー断然こっちのほうがカッコいい」
「なんだそれ」
そう言うと5人は笑った。山笠くんも笑っていたがどこか照れ臭そうにも見えた。
「ちなみにオレは」
と言い鹿島が自分の名前を書き始める。
「鹿島京弥」
「なんか渋いっすね」
と山笠くんが言う。たしかに改めて鹿島のフルネームを見ると渋く感じる。
「なんか自分の名前もそうだけど、改めて見ると感じ方変わるね」
思ったことをそのまま言った。
「たしかに」
といい妃馬さんがテーブルに少し乗り出して、メモ帳に書かれた名前たちを見る。
「みんな良い名前ですね」
と妃馬さんが言う。みんなほっこりした。
僕たちのテーブルだけ温かな空気に包まれているような感覚になる。
するとその温かなベールを切り裂くように
「盛り上がってる!?」
テンション高めの4年生の先輩がグラス片手に乱入してきた。
「仲良くなりました!」
と鹿島が山笠くんと肩を組む。山笠くんもそれに応えるように腕を鹿島の肩に回す。
「おぉ!それは良いね!あっそうだ」
となにかを思い出したように席に戻り
「これさ、2つ頼んじゃってさ。えぇーと?1、2、3、4、5人か。
じゃあオレも入るから、ロシアンルーレットやろ」
と6つのたこ焼きが乗ったお皿を持って戻ってきた。
「いいっすね」
鹿島こういうノリあんま好きじゃないと思ってたけど、ほんとはどう思ってんだろ。
そう思いながらも僕たちも乗ることにした。
「じゃあ、好きなの取ってってー」
と先輩が姫冬ちゃんにお皿を渡す。
各々見た目ではわからないのに少し悩み、結局自分の目と運を信じ選んだ。
先輩の元へ1つのたこ焼きが乗ったお皿が戻る。
「あぁ、狙ってたの君に取られたわ」
と先輩が鹿島を指指す。
「いただきました!」
と鹿島が爪楊枝に刺さったたこ焼きを上げる。
「んじゃ、せーので行くぞ?」
「あっ、いや、オレ猫舌なんすよねぇ〜」
とボヤくように、でも先輩にも聞こえるような声量で言う。
「大丈夫大丈夫。猫舌ってあれよ?あのぉ~舌の使い方下手なだけだから
1回たこ焼きみたいな激熱のをバクンッっといけば克服できるって」
と先輩はすでにホロ酔い状態なのか少し上機嫌のような感じで笑いながら言う。
こんなところでも嫌いな言葉が。
そう思っていると
「私も猫舌なんで少し冷ましたいかもです」
そう声をあげたのは妃馬さんだった。
「え、あ、そっか。うぅ~ん。
ホントはみんなで一気のほうが盛り上がるけど…。うん。まぁいいや。
2人は冷ましてからでいいよ。オレたち4人は先食べるから」
そう言い
「せーのっ!」
の先輩の掛け声と共に
先輩、鹿島、山笠くん、姫冬ちゃんが一斉に口の中へたこ焼きを運んだ。
みんなそれぞれ咀嚼する。猫舌じゃなくても熱いのだろう。
みんなはふはふしながらも味を確かめる。4人の表情を窺う。
みんなアタリなのだろうか。いやこの場合はハズレになるのだろうか。
なら僕と妃馬さんのどちらかが。
そう思った瞬間。
「あ?え、あ。ああっ…ヤバいヤバい…。かっら!なにこれ。うわっ…ちょっ…え」
と言いながらレモンサワーを飲む鹿島。
鹿島がアタリなのかハズレなのかを引いていた。先輩や姫冬ちゃんは笑いながら
「イエーい!」
とハイタッチをする。
山笠くんは眉をひそめながら辛そーと言わんばかりの表情をしていた。
先輩はそんな山笠くんにもハイタッチを求め、山笠くんもそれに応じた。
「2人もよかったじゃん!
美味しいたこ焼きってわかってるからゆっくり味わいな?うぇい」
と言い先輩は僕にもハイタッチを求める。
「あざっす。すいません。みんなで行ったほうが盛り上がりましたよね」
そう言いながら先輩の手のひらに自分の手のひらをぶつける。
「あぁ、まぁ仕方ないよ。それに「辛い」リアクションほしいのに
別の人が「熱い」リアクションしたらこんがらがるしね?
…いや?それもそれでおもしろいか?」
「まぁ、4人にハズレいなかったら
こっち2人ニブイチでハズレですからね。緊張は増しますかね」
そう笑いながら返す。
「たしかに。それはそれでおもしろいかも。
今度あっちのテーブルで試すわ!じゃあね!」
そう言うと自分のグラスを持ち、先輩は他のテーブルに行った。
たこ焼きの空き皿を残して。
「先輩にとって良い案に繋がって良かったです。怪我の功名ってやつですかね」
そう妃馬さんに向かって笑いながら言う。
「たしかに。それにこっちは辛い思いも熱い思いもしないで済みましたしね」
そう微笑みながら言う。
「ありがとうございます。助けに入ってくれて。助かりました」
そうお礼を言うと妃馬さんは少し首を傾けて不思議そうな顔を向ける。
「いや、軽い同窓会とかのときとかでもさっきみたいなことがあって
「オレ猫舌なんだよね」とか言ってもオレ以外猫舌いない状況で
「大丈夫大丈夫」で押し切られちゃってオレも結局…。
ってことあったから妃馬さんが味方に来てくれて助かりました。
ありがとうございました」
そう言って頭を軽く下げる。
「いえいえ全然全然。私もホントに猫舌ですし
それに私も言われたことありますしね「舌の使い方がへたなだけ」って」
そう言って笑う。そして続けて
「でも私そういうの嫌い…っというかあんまり好きじゃないんです。
「へたなだけ」っていうの。なんて言うのかな?
人の苦労を知ろうとしない?
人の気持ちに寄り添おうとせず切り捨てる感じって言うのかな?
でも私はそれも「個性の1つ」だと思ってるんです。
まぁそれはちょっと美化しすぎかもしれませんけどね」
そう彼女は笑いながらアスピスサワーのグラスを傾け言う。
グラスの半分より少ないアスピスサワーの水面も斜めになり
中の氷同士、氷とグラスがぶつかり音を立てる。カラコロカラン。氷の音。
それを聞くと寒く、涼しくなりそうだが僕は違った。
その氷の音より、妃馬さんの言葉が僕を不思議な感覚にした。
ありきたりな表現だと「心に染みた」という感じだろうか。だけど少し違う感じもする。
たとえばパレットの上の少し水で溶いた白い絵の具の溜まりの周りに
濃いめのピンクの絵の具を落としたときのような
徐々に白い部分を濃いめのピンクが侵食していく感じ。
僕は妃馬さんの話に共感し普通なら
「わかります!」
などと言う場面だろう。
でも彼女の言葉に衝撃を受けたからか、口を開こうと思わなかった。
唖然というか今まで感じたことないような
「心に響いた」という表現はありきたりだが、なんとも言い難い感覚に陥った。
自分のことは自分が1番よくわかるとは言うが、自分でもよくわからなかった。