なんかよくわからん。けど、多分・・・というか確実な共依存。とりあえず共依存。うん。
ヨコハマの海が見える地下室は、もはや一つの生き物のような湿り気を帯びていた。 そこにあるのは、かつて「最年少幹部」や「探偵社のエース」と呼ばれた男の、無惨な残骸と、それを慈しむ傲慢な神の姿だけだ。
太宰治は、中原中也の膝の上で、ぐったりと項垂れていた。 両足を付け根から奪われたその身体は、驚くほど短く、そして、中也の腕の中に完璧に収まるほどの「サイズ」へと作り替えられていた。
「……ねぇ、中也。……また、変な色が、見えるんだ……」
太宰の声は、掠れて、震えている。 先ほどまで繰り返されていたオーバードーズのフラッシュバック。薬物は彼の明晰すぎた脳を、どろどろの沼地へと変えてしまった。視界が歪み、ありもしない触手が自分の肌を這い回る感覚。そのたびに太宰は、喉が潰れるような悲鳴を上げ、中也のシャツを掻きむしる。
「……はぁ、……ひ、っ……! 助けて、中也、中也……! 私を、消して……! 脳みそが、溶けて、流れ出しちゃうんだ……っ!!」
太宰は狂ったように、自分のこめかみを拳で叩こうとする。 だが、その細い腕は、即座に中也の強い力によってねじ伏せられた。
「暴れるな。……脳みそが溶け出してんなら、俺が全部掬って飲み込んでやるよ。……お前の中には、俺以外の不純物はいらねぇんだ」
中也は太宰の暴れる身体を、重力でベッドに押し付けた。 太宰は、物理的な「重圧」を感じることで、ようやく自分がまだ存在していることを確認する。薬で壊れた脳にとって、中也の与える「痛み」と「支配」だけが、唯一、嘘偽りのない真実だった。
「……っ、……、……あ……」
パニックの波が引き、代わりに襲ってくるのは、強烈な虚脱感。 太宰の瞳は虚ろに開かれ、涙が耳の裏へと伝い落ちる。中也は、その濡れた目尻を親指でなぞり、そのまま太宰の口内に指を突っ込んだ。
「……ほら、吸え。……お前の『薬』は、ここにあるだろ」
太宰は、抵抗することを知らない赤子のように、中也の指を夢中で吸った。 屈辱? 矜持? そんなものは、脚と一緒にとうの昔に切り捨てた。今の太宰にとって、中也の体温を感じること、中也に「生かされている」と自覚すること以上に優先すべき事項など、この世に存在しない。
「中也……、……私、……もう、歩けないし……、まともに、考えることも、できないけれど……」
太宰は、中也の指を解放し、とろとろに溶けた、幸福そうな笑みを浮かべた。
「……今までで、今が、一番……しあわせ、だよ……」
その言葉は、中也にとっての最高の報酬だった。 中也は太宰の、脚のなくなった「断面」を、愛おしげにブランケット越しに抱きしめた。 かつてはどこへ行くか分からなかった。いつ死ぬか分からなかった。 だが今は、どうだ。 太宰は、中也の手の力が少し抜けるだけで過呼吸を起こし、中也の姿が見えなければ発狂し、中也の与える歪んだ愛だけを栄養に、この暗い部屋で「飼育」されている。
「……ああ。お前は一生、ここで俺の重力に潰されてりゃいいんだ。……お前の脳がどれだけ壊れても、俺がお前の代わりに全部考えてやる。……お前の脚がなくても、俺がどこへでも運んでやる」
中也は太宰を抱き上げ、その耳元で致死量の呪いを囁いた。 「……お前、もう自分じゃ死ぬこともできねぇもんな。……嬉しいか、太宰」
「……うん、……うれしい、よ……」
太宰は、中也の首筋に深く、深く顔を埋めた。 かつて死を渇望した男は、今、自分を損壊させ、壊し尽くした男の腕の中で、永劫に続く地獄のような幸福に溺れている。 オーバードーズの幻覚が、再び太宰の脳を侵し始める。だが、もう怖くはなかった。 どんな悪夢が襲ってきても、その夢の終わりには、必ず中也の「重力」が自分を現世に繋ぎ止めてくれるのだから。
「……中也。……だいすき、だよ……。……壊してくれて、……ありがとう……」
太宰の細い腕が、中也の背中に回る。 その指先は、もう二度と離れないというように、強く、強く、中也の肉に食い込んでいた。 醜悪で、美しく、悍ましく、けれどこれ以上なく純粋な共依存。 二人の怪物は、血と薬と重力の混ざり合う暗闇の中で、静かに、そして幸福に、永遠を誓い合った。






