ほの暗い牢の中、シャンフレックは目を覚ました。
意識を取り戻してすぐに取った行動は状況の把握。
目の前には鉄製の檻。
私物はすべて奪われており、衣服以外は持っていない。
ゲリセンに馬車へ連れていかれ、自分は迂闊にも気絶させられてしまい……牢に入れられた。
そのとき、確かに見上げた人物。
アレは間違いなくユリスとアマリスだった。
王都で失踪中だと聞いたが、まさかこんな凶行をしでかすとは。
「あら、お目覚め?」
暗がりの奥から声が響く。
ヒールの音を鳴らしてやってきたのは、アマリスだった。
「アマリス嬢、これはどういうこと? 説明してちょうだい」
「まだ自分の立場がわかっていませんの? 殿下の友人であるゲリセンの協力によって、あなたの身柄を拘束させてもらったんですよ。攫われた理由は、もちろんおわかりですよね?」
いや、わからない。
シャンフレックは単純に商談に応じただけだし、特に心当たりはない。
確かに自分が迂闊だったことは認める。
事前の通告もなしに、王家の紋章を持つ商団が来ることが異様だったのだ。
せめて護衛をつけて馬車に向かうべきだっただろう。
「シャンフレック様、あなたが殿下の要求を拒否したのが悪いのよ? 大人しく王子の命令に従わないのは不敬ですから」
「はぁ……要求って、政務をしろって頼みのこと? 自分ですればいいじゃない。婚約者でもない私が、どうして手伝いをしなくてはならないの?」
「だって王族の命令だもの!」
駄目だ、話にならない。
どうやらアマリスは王族という身分をやたら高く評価しているらしい。
権力的には、王家と公爵家はそこまで大差ないのだが。
無学ゆえの醜態をさらすアマリスに、シャンフレックはため息をつく。
今ごろ実家はどうなっているだろうか。
この事実が明るみになれば、ユリスとアマリスの処断は避けられない。
「とりあえずユリスを呼んでちょうだい。あなたは話にならないわ。まあ、あの馬鹿王子も話が通じない人間だけど」
「ま、また殿下への侮辱を……!」
アマリスが怒りに震えているところに、もうひとつの足音が響く。
話をすれば主犯のお出ましだ。
「話し声がするから来てみれば、シャンフレックが起きたのか」
「殿下! 聞いてください、またシャンフレック様が殿下の悪口を……」
「ああ、わかってるさ。まあ誘拐されれば罵倒したくなるのも理解できる。これから俺はシャンフレックと『建設的』な話し合いをするからな。アマリスは上に行ってくれるか?」
「……はい。それでは、ごきげんよう」
アマリスは勝ち誇った笑みをシャンフレックに向けて、牢から離れて行った。
一人面倒な相手が減ったところで、牢越しにユリスと向き合う。
「それで。何がしたいの?」
「やけに落ち着いているな。そういうところがシャンフレックの可愛げのない点だが。この契約書を見てもらおうか」
ユリスは懐から一枚の紙を取り出す。
隙間から差し込まれた紙を手に取り、シャンフレックは内容に目を通す。
「なにこれ……雇用契約書?」
「そうだ。俺の専属の秘書になってもらう。王子という身分が忙しいのは、元婚約者のお前が一番知っているだろう?」
「断ると言ったはずだけど」
「それなら、ここから出すことはできないな」
まさかそんな下らないことのために、公爵令嬢を誘拐したというのか。
後先を考えないにも程がある。
「もしも私が契約書を書いて、ここから出してもらったとしましょう。その後、私が実家に逃げ込んで抗議すると思わないの?」
「だとしても、契約書が書かれた事実は変わらない。いち公爵令嬢の言葉と、王子である俺の言葉。周囲はどちらを信じるだろうな?」
「いや、普通に私の言葉の方が信用性は高いと思うけど」
相変わらず自己評価の高い王子だ。
普段から醜態を見せているユリスと比べれば、シャンフレックの方が社会的な信用はある。
「署名はしない。そのうち父上が異変を感じ取るでしょう」
「フェアシュヴィンデ家に対しては、ゲリセンが手を回してある。助けを待っても来ないぞ。そこにペンと契約書を置いておくから、さっさと書いてしまうことだな」
ゲリセン・ウンターガング。
ユリスとアマリスはどうでもいいが、あの狡猾で大勢力を誇る商人が厄介だ。
おそらく、この牢屋もゲリセンの領地にあるものだろう。
地上がどうなっているのか推察できないが、ゲリセンの私兵が警備の目を光らせているはず。牢から脱出できたとしても屋敷の外で捕まる可能性が高い。
ゆえに、シャンフレックの選択肢は待つことだけだった。
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