テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
成瀬を見た瞬間、夏帆は我に返った。
(亮介とのくだらない会話、成瀬さんに聞かれた?)
成瀬は二人の会話を聞いていただろう。なんともくだらない、そしてどうしようもない会話だったはずだ。なんてついていないのだろうと夏帆はこの状況に泣きたくなってしまった。
亮介は家から出てきた成瀬を認識すると呆れ顔になった。
「なんだよ……夏帆、もう男がいるのかよ」
付き合っている最中に浮気相手に走った亮介にはいわれたくない。夏帆は亮介を睨んだ。
「ちがうっ。あなたと一緒にしないでっ!」
「あ、もしかして夏帆もこいつと浮気してた? だから俺とあっさりと別れたんだ。そうだろう?」
一人で勘違いして納得する亮介に夏帆のイライラが最高潮になってしまう。
「私は浮気なんてしないっ。勝手なことばかり言わないでもう帰って!」
夏帆は怒りに満ちた声をぶつけた。同時に成瀬が大きなコンパスでゆっくりと亮介の目の前に立った。さすがに百八十近い成瀬が目の前に立ちはだかると、亮介もくっと見上げてしまう。
「な、なんだよ。どいてくれる?」
亮介は眉間にしわをよせ成瀬を追い払おうとした。そこに成瀬が被せるように口を開く。
「夏帆が嫌がっています。お帰りください」
今、夏帆―――って呼んだ?
成瀬に何が起きたのかと夏帆は目を丸くしてみてしまった。夏帆を名で呼ぶ成瀬に亮介はいやらしく目を細めた。
「夏帆―か。今日はお泊りですか? 俺と別れてすぐにこんな関係になってんなら、夏帆も俺のこと責められないじゃん」
毒づく亮介をみて成瀬の目も鋭くなる。
「夏帆とは結婚を前提に同棲をしています。あなたと一緒にされては不愉快です」
それを聞いて驚いたのは亮介だけではない。同居がいつから同棲になったのだろうと夏帆も戸惑った。
(もしかして成瀬さん、亮介を追い払うために私の彼氏のフリをしてくれているの?)
たぶんそうだろうと理解した。亮介から夏帆を助けようと成瀬が庇ってくれている。申し訳ない気持ちと同時に頼もしく思えてしまった。
「夏帆に手を出したら許さない。今すぐここから出ていけ」
成瀬はいたって冷静に対応していた。
「じゃあ、帰らなかったら彼氏さんは俺に手をだすの?」
亮介は手を出せとばかりに近づき煽って来た。成瀬はそんな亮介にのることなく見下ろしていた。
「自衛官は手をだしたら懲戒もんでしょ? どうせ何も出来ないくせに強がらないでくださいよ。ははっ」
亮介は成瀬を嘲笑った。それを見た成瀬も小さく笑った。
「おっしゃる通りです。だから先ほど警察に通報しておきました。敷地内に不審者が侵入しているとね」
「け、警察?」
「そろそろ来ます。それでもここに居たいのなら、ご自由にどうぞ」
成瀬はそう言うと亮介から視線を外し、夏帆に柔らかい笑顔で振り向いた。
「もう、大丈夫だから」
そして成瀬が本当の恋人同士のように自然に右手で夏帆の肩を抱き寄せた。夏帆のつややかな髪がさらりと揺れた。
(きゃーーーー。今、抱き寄せられていますけどぉ⁈)
夏帆は何が起こったのか理解が追いつかない。ただただ顔を紅潮させて成瀬の右腕の中にすっぽり収まっていた。そんな胸キュンとは正反対に、亮介の動揺っぷりはすごかった。
「…お、俺は不審者じゃない! 通報なんてするなよ!」
亮介はきょりきょろと周囲を見回り焦りだした。商売人に亮介にとって警察にやっかいになるのは一番避けたい。警察のお世話になってしまったら小さな町にはすぐに噂が回り商売に影響がでてしまう。というのもドラックストアは父親が経営者であり、亮介の立場はそこの従業員。悪いうわさが立てば父親にこっぴどく叱られてしまうのだ。
「ふ、ふざけんな。お、俺は何にもしてないからなっ!」
亮介はそんなセリフを吐き、足早に敷地から出て行ってしまった。その逃げ足の速さに夏帆も口を開けて呆れてしまう。成瀬は見事に傲慢な亮介を負け犬の如く撃退させてしまった。
「夏帆さん、大丈夫でしたか?」
成瀬は腕をさらりと腕を解き、夏帆を案じてくれた。
(夏帆さん、に戻っちゃった……
成瀬さん、離れちゃった……)
夏帆はこんな時に全く関係ないことで残念がるなんてと戸惑った。しかし、成瀬の亮介への対応は素直に嬉しかった。まるで恋人のようにふるまってくれた成瀬に夏帆の心が跳ねていまだにキュンキュンしていた。
「あの、成瀬さん。本当にありがとうございました」
夏帆は丁寧に頭を下げてお礼を伝えた。
「夏帆さんを守るのも家の男の使命ですから」
成瀬はそんなことをさらっと言いのけてくる。どういう意味なのかと夏帆の頬がぽあっと赤くなる。たぶん、同居している間の仮の家族としての使命なのだろうと理解した。
「まさか成瀬さんが彼氏のフリをしてくれるなんて」
夏帆が申し訳なさそうにする。成瀬は一瞬キョトンとするが少し考えてから「……咄嗟にでてしまいました」少し困った顔でそう笑った。
「夏帆さん、油断しないで。また来たら本当に通報してください」
「え? 今回も通報したんでしょう?」
「していませんよ。彼の売り言葉に乗っただけだから」
成瀬はなんてことはないといった顔でまた笑った。
(すごい。私なんてまともに相手にしてしまった。一人だったらきっと、あのまま収集がつかなかった)
夏帆の中でますます成瀬への信頼と恋心が増してゆくのがわかった。
「仕事に遅れるな。そろそろ行きましょう。夏帆さん、本当に大丈夫ですね?」
「平気です。最後は成瀬さんが気持ちよく撃退してくれたからすっきりしています」
そして二人でクスリと笑った。