テラーノベル
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「…来ます。」
モトキが、大老達にそう告げる。能力を持つ者同士の闘いになるので、巻き込みたくないと、護衛隊を都の方へと散らしてもらった。御所内の役人や使用人たちも、皆、 都の街へと逃した。
御所の最上階にある奥の部屋へ大老達は逃げ込んで、小さな塊になって震えている。扉を閉め、印を結んでその部屋を守る結界を張ると、モトキは扉の向こうの醜い者たちに侮蔑の目を向けた。
最上階の縁側に出て、モトキは御所の敷地を見下ろす。再び赤い光と共に印を結んで、御所の敷地全てを、都の街と隔てる結界で覆った。
ふと、視線を門前に向けると、大鉈を背負ったヒロトが仁王立ちしていた。モトキが人払いをすることを読んでいたのだろう、堂々と正面突破してくるという大胆さだ。
「…ヒロト!!」
ヒロトが立つ門と反対側の裏門に、リョウカが姿を現し、その名を呼んだ。リョウカが深呼吸をし、全身に力が入る様子を見て、モトキは少しホッとした。
ヒロトが、大鉈を構えて、言葉を返す。
「…リョウカ!!俺はお前を解放する!!」
「そんなの望んでない!!謀反なんてやめて!!みんなで死ぬ必要なんてない!!」
「うるさい!!お前を犠牲にして生き延びて、それでなんになる?!俺はあのクソジジイ共は絶対に許せない!!」
ヒロトが、ギッ!と最上階を睨む。
「お前もだ!!モトキ!!」
「もうやめてよヒロト!!私がお前を止めてやる!!!」
そう叫ぶと、黄色い光を纏ったリョウカは鍵盤楽器に手を触れ、そこから花びらのような光を勢いよく飛ばした。
それに応えるように、蒼い閃光を放ったヒロトが、大鉈を振りかぶった。
二人の動きを見ていたモトキが、縁側から身を投げ出し、地面へと墜ちながら赤い光と共に印を結ぶ。
モトキが地面に脚をつけると同時に、両腕を横へ伸ばして魔法陣の盾を二つ出し、ヒロトとリョウカの攻撃をそれぞれ無効化する。
「…モトキぃ!!」
攻撃を飛ばした後すぐにこちらへ走っていたヒロトが、大鉈を振りかぶってモトキに向かって来た。モトキも負けじと印の盾を次々と繰り出して、ヒロトの攻撃をなんとか躱す。
攻撃呪文をヒロトに向けて発すると、それを受けてヒロトが後方へ吹き飛ぶ。
「ヒロト!!」
今度は反対側から、リョウカがモトキを止めようと向かって来た。吹き飛ばされた愛しい人の名前を呼びながら、モトキへと攻撃する。モトキは、顔を顰めながら、先ほどと同じく防御のみで躱していく。しかし、リョウカへは攻撃ができないモトキは、リョウカの光を正面から喰らってしまい、後方へ飛ばされた。
なんとか踏ん張り、顔を上げると、先ほど吹き飛ばされたヒロトが屋根の上に立っていた。大鉈を構え、琵琶を奏でると、屋根瓦が波打ち、蒼い光と共に空へと昇っていく。
いつの間に、あそこまで力を強めていたのか。モトキが驚嘆の表情を浮かべていると、後ろではリョウカも鍵盤で音を奏で、光を纏って宙へと舞い上がった。
モトキは、大老達のいる最上階へ向かう二つの光を見上げながら、懐から取り出した時計を握りしめていた。それは、一度砕けたものを何とか形に戻しただけの、不恰好な物になっている。
今なら、まだ間に合うか…。禁忌の術で刻を巻き戻して、二人を幸せな時間に戻せたら…。
その時、モトキの耳に、二人が奏でる旋律と、幼い頃の自分達の声が聴こえてきた。
今は、二人は能力を攻撃に使う為だけに楽器を鳴らしているに過ぎない。だが、彼らの音が、二つの旋律が、懐かしい響きが、あの頃の幸せだった三人の姿をモトキに想い起こさせた。
モトキは、静かに赤い光を纏い、術式を展開して、自らも宙へと向かった。
三人が同じ高度に達すると、両側からモトキへ向けて旋律と共に光が攻撃になって向かって来た。モトキはそれを盾で受け止め、ゆっくりと口を開いた。
「結い、結い、結い、結い…。」
険しい顔をしていたリョウカとヒロトの、表情が止まった。
三つの光がモトキの旋律に乗せた『結い』の言葉によって合わさっていき、御所の上空を覆っていく。さらに、三人の足元に床の様な物体が現れた。まるで、いつも音楽を奏でていた御所の広間の様な出立ちだった。
ヒロトが、口の片端を上げて、琵琶を奏で始めた。力を溜める術としてではなく、ただ、愉しむ為の旋律を。
リョウカも、二人を見て微笑み、鍵盤を鳴らし始める。
ヒロトとリョウカの顔をそれぞれ見つめ、モトキは口から旋律を紡ぎ続けた。この三人の能力を結ぶ為、そして、心を再び結ぶ為に。
「結い、結い、結い、結い…。」
「結い、結い、結い、結い…。」
「結い、結い、結い、結い…。」
それぞれが奏でる音が合わさって白い光となり、それが花びらの様に風で運ばれ、結界を抜けて都中に舞い降りる。
街中から荒ぶる御所を不安な顔で見上げていた人々の周りを光の花びらがすり抜けていき、人々の病や憂いを根こそぎ払っていった。養生所で病に臥せっていた人々にも光は届き、全ての人を癒していく。
街中から歓声が起こり、人々が三人の旋律に合わせて、楽しげに踊り始めた。
「結い、結い、結い、結い…。」
モトキは、その光る花びらを見て、これにはリョウカの癒しの能力が乗せられており、自分とヒロトの能力がそれを支え、広げていると思った。
三人の能力が合わされば、一人では到底敵わなかった事も、決して叶わなかった事も、成し遂げることが出来るのだ、と。
次の瞬間、リョウカの纏っていた光が消え、真っ直ぐに地面へと墜ちていく。
ヒロトとモトキが、力を振り絞ってリョウカへ向かっていき、なんとか地面にぶつかる前にその身を抱きとめる。
リョウカは、ヒロトとモトキの腕の中で、息も絶え絶えに、横たわる。都中の民を癒す為に、能力を使い果たしたのだ。
「み、水を、不治沢の水を早く!!」
モトキが叫ぶと、リョウカの唇が弱々しく動いた。
「も…い…の…。」
「よくない、よくない!!!」
「モトキ。」
ヒロトが、優しい声でモトキを制する。モトキは子どもの様に、ポロポロと涙を零した。ヒロトも、涙を流しながら、優しくリョウカの頬を撫でる。
リョウカの全身を、花紋様の赤茶の痣が埋め尽くしていく。
「頑張ったな、リョウカ…すごいよ、みんなを治しちゃうんだもん…。」
「ふ…たり…の…ち…から…の…おか…げ…。」
「うん、うん。俺ら、三人で、やり切ったな。」
「モ…ト…キ…。」
モトキは、袖でぐしゃっと涙を拭いて、リョウカに顔を近づける。
「なに?リョウカ。」
「…と…け…ぃ…。」
「時計?待ってるよ、ほら。」
不恰好な時計を懐から取り出し、リョウカに持たせる。
「…じゅつ…だめ…だよ…。」
「…うん、わかった、わかってる。」
モトキに、禁忌の術を使わせない様、最期までリョウカは心配していたのだ。モトキの言葉に、リョウカは力無く微笑んだ。
「…ヒ…ロ…。」
リョウカが、愛しさを湛えた瞳を、ヒロトに向ける。
「…こ…ども…ごめ…。」
「リョウカ、リョウカ!」
「あぃ…て…る…。」
「俺も、愛してるよ、リョウカ。」
リョウカの手を握り、ヒロトが口付けをした。
「…僕も、大好きだよ、リョウカ。」
モトキも手を握って、リョウカに微笑む。
「あぃ…し…てる…よ。ご…め…んね…。」
リョウカは、優しく微笑んだ。
「じゃあ……ね………。」
リョウカは、二人をゆっくりと見つめて、そっとその目を閉じた。身体からすう、と力が抜け、全身を覆っていた痣が、じわ、と消えた。
「…こんな…やだよ…!リョウカ…!!」
ヒロトは、リョウカの亡き骸を抱きしめて、嗚咽を漏らして泣いた。
モトキは、時計を握りしめて、唇を噛んだ。
こんな世界だから、リョウカは…。
もっと、人柱なんて必要がなく、能力なんてものも必要なく、人の手によって、人の叡智によって、病や禍を解決していける世界であったなら…。
「…そうか、これなら、禁忌じゃ、ない…。」
モトキは、そう呟くと、ヒロトとリョウカの手を取った。
「…モトキ?」
「僕は、リョウカのいない世界では、生きていくつもりはない。お前はどうだ?ヒロト。」
「…もちろん、俺もそうだよ。」
「なら、決まりだな。」
モトキは笑って、時計を握りしめる。
モトキが呪文を口にすると、赤い光が三人を包み、砕けたはずの時計がぐるぐると動き始めた。
「モトキ?なに…。」
「輪廻転生だよ、わかるか?阿呆。」
「な!りん…なに!?」
「生まれ変わるんだよ、僕と、ヒロトと、リョウカで。」
「生まれ変わる…?」
「刻を戻すのは、禁忌の術だが、これは僕の力で、三人一緒に輪廻転生するだけだから、理を大きく外れていない。」
「…よくわからんが、またリョウカに会えるんだな?」
「…うん。会えるよ。」
「なら、なんでもいい。」
モトキは笑って、術を展開する。
リョウカを冷たく手放したこの世界が、この先どうなろうと僕たちの知った事じゃ無い。人柱を立て続けて、都の闇を必死で守り続けるなら、そうすればいい。あの醜い老人達には、それがお似合いだ。
僕たちは、リョウカを連れて来世へ行く。
赤い光が天まで伸びて、三人の身体が光に溶けていった。
『でも、今度は、僕がリョウカを貰うから。』
最期に、そう呟いて、モトキたちの意識は途切れた。
コメント
22件
最後の「敵わなかった」と「叶わなかった」が似てるのに対比してる表現がまじで刺さりました泣
完結したあああ!!!!!!で、生まれ変わった世界でMrs. GREEN APPLEとして活動していく、とかないかなぁ!!😢😢😢
今まさに「あなたをまた思う今世も」のMVのところが流れていそうなところです天才ですか?あなた