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ひとり離れたところに立つ背の高い女子高生の元へ駆け寄ったのだ。
大袈裟なくらい大きな声をだして。
「奥で休んだらいいよ。こっちこっち」
きっと心配そうな声に聞こえるに違いない。
「あの……」
現に目の前の女子高生は戸惑ったように首を振って、小さな声で「大丈夫です」と繰り返している。
JKに取り囲まれていた行人は、このちょっとした騒ぎにこちらを振り向くだろう。
自分が困っていることにきっと気付く。
行人のことだ。そうしたら、彼女らを追い返し「姉ちゃん、ごめんね。大丈夫?」と駆け寄ってきてくれるに違いない。
なぜなら義弟は、生徒よりも義姉である自分のことを大切に思っているはずだから。
不器用な星歌であったが、女である。
これくらいの計算は簡単にできた。
教師に想いをよせる女子高生を利用するなんて、ワケないのだ。
声色を変えて彼女の頬に手を伸ばす。
ふと、その指先が止まった。
「アレ、照れてるのかと思ったけど、ホントに顔色悪いよ? 大丈夫? 具合悪いとかじゃ……」
てっきり行人を見て顔を赤らめているのかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
そうなると、胸に去来するのは罪悪感だ。
「だ、大丈夫ですから……」
茶色の長い髪が頬にかかり、その隙間から沈んだ表情が覗く。
星歌は焦った。
「いいってば。遠慮はいらないから休んでいきなよ。調子悪いんでしょ。それか心配事? ごめん、熱ないかおでこ触るよ?」
再び動きだした星歌の手。
その指先がそろりと彼女の額に触れる一瞬前。
手首をグイとつかまれた。
「痛っ……」
強引に引き戻される。
行人であった。
星歌の思惑どおり、生徒たちのもとからこちらへ駆け寄ってきてくれたのだ。
「行人、痛いよ」
優越感から、苦情の声は甘く響いたに違いない。
しかし、その言葉は途中で空しく掻き消えた。
行人が、つかんでいた星歌の手を振り払ったのだ。
そしてその手は星歌の目の前の薄茶の髪に伸ばされる。
「石野谷(いしのや)、大丈夫だったか?」
「うん、先生……」
至近距離で見つめ合うふたり。
「あのぅ……」と振り絞った星歌のか細い声など、ふたりの耳に届く前に消えてしまったようだ。
「学校に戻ろうか」
石野谷と呼ばれた生徒は、コクリと頷く。
JKらに一声かけると、行人は守るように背の高い女子生徒の傍らに立ち、店を出て行った。
「あの、ゆきと……」
未練がましく伸ばされた星歌の手は空しく空をつかむ。
その目の前で、扉が派手な音を立てて閉まった。
──あっ、ヤバイ。
星歌は鼻をすすった。
突然、目の前が霞んだのだ。
手で覆うより先に、ポトリ──瞳から大粒の雫が一粒。零れ落ちる。
行人は教師である。
義姉より生徒を優先することも、時として必要であろう。それは仕方がないと思う。
──ポトリ。
ふたつめの雫。
──行人のヤツ、さっきは私の方を一回も見なかったな……。
あのとき、彼の眼中にあったのは石野谷という生徒だけだった。
眼前でそんな姿を見せられたのだ。
溢れそうな三つめの雫を、星歌は拳でグイと拭った。
「だ、大丈夫か?」
明らかに狼狽えている翔太に対して反射的に笑顔を向けて、ノロノロとレジへ戻る。
ひどく身体が重く感じられた。