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空に零した朱の絵の具が、涙でにじんだような夕焼けであった。
夕方が近付くにつれ、新規開店のパン屋には客が訪れるようになり、慣れない仕事に星歌は追われることとなる。
ガラス張りの間口は西に面しているのだろう。
すぐ向かいの校舎をバックに射しこむ夕陽の眩しさに目をしばたたかせる以外、外を気遣う余裕はない。
「白川さん!」
少し高い声で名を呼ばれ、星歌は「ヒッ!」と悲鳴にも似た返事をした。
昼間から翔太には注意を受けてばかりなのだ。
「お金の計算は丁寧に」だの「見栄えの良い商品の並べ方は」等々。
可愛い顔して、少々キツイところがあるのは確かなようで、星歌は心の中で彼を「デーモン」と名付けた。
「いや、それじゃあ閣下か……」
「チビデーモン」と新たに名付け直して、ひとりでウンウンと頷く。
人にあだなをつけるのって面白いよね……、と自分に言い聞かせながら。
できれば学校の方は見ないようにしながら。
「何笑ってんの、白川さん?」
「や、何でもないデス!」
少々ぼんやりしていたのは事実であり、その点については星歌としても反省している。
「はぁ……何だか、もうイヤになってきたよ。バイトや派遣に対して、育てましょうって気がないんだよ。試しに軽く雇って、もし使えそうなら安い時給でこき使うかんじじゃない。ちょっとでも使えなさそうなら速攻契約解除。もう辛くなるよ。厳しすぎるよ、こんな世の中……ああ、爆モテ間違いなしの異世界へトリップしたいものだよ……」
悪いクセで。
うつろな眼差しでブツブツ言っている。
星歌としては、もはや被害者気分満々なわけだ。
朝いきなり雇われて、叱られたりしながら夕方まで。
腿のあたりはパンパンに張っているし、腰も痛い。
白川さん、と呼ぶ声が遠くに聞こえるものの、星歌は意に介さなかった。
「……もはや異世界じゃなくてもいい。働かずに楽に暮らせるところに行きたい。毎日昼までゴロゴロ寝てたいんだ。できれば誰のことも考えたくないよ」
「白川さん? ねぇ、大丈夫?」
今度は耳元で怒鳴られ、星歌は文字通り悲鳴をあげた。
「大丈夫? さっきから呼んでたんだけど……」
心配そうに眉根を寄せてこちらを見上げるのは、星歌曰く「チビデーモン」翔太であった。
ピョンと跳ねる金色の毛先と、つむじの黒を見比べながらも星歌、余裕のない笑い声をあげる。