テラーノベル
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──藤澤の叫びは、ただの絶望ではなかった。
その瞬間、鎖に縛られた彼の胸元から、微かな光が漏れた。
揺らぐ灯火の中、光は渦を描き、やがて彼の横に置かれていた古びた円環の鍵盤へと吸い込まれていく。
鍵盤は震え、低い共鳴音を響かせた。
藤澤の血に刻まれた記憶。
代々受け継がれてきた薬師の家系、その奥に秘められた力。
鎖に繋がれたままの藤澤の叫びに、先祖の想いが重なった。
『守れ──仲間を』
耳元で確かにそう囁かれた気がした。
次の瞬間、円環の鍵盤は宙に浮かび、光を放ちながら旋回した。
鎖の拘束を無視して、藤澤の声に応えるように音を鳴らす。
「……な、なんだ……!?」
魔物が初めて動揺を見せる。
触手が緩み、二人の口から粘ついた触手が引き抜かれた。
「……っ、はぁ……っ……」
「……若井……っ……」
まだ荒い吐息を繰り返しながらも、二人の瞳に再び光が戻る。
大森は自分の胸を掴み、まだ熱に震える身体を必死に抑えながら呟いた。
「……涼ちゃんの……声が……届いた……」
若井も剣を握り直し、歯を食いしばる。
「……まだ、戦える……!」
円環の鍵盤は藤澤の頭上で輝き、旋律を奏で始めた。
音は回復の波紋となり、三人の体内を浄化していく。
灼けるような熱が和らぎ、わずかに理性が戻ってくる。
「ふ、ふざけるな……! 禁忌の薬に抗うなど……!」
魔物が吠えるが、光はその闇を押し返す。
「……っ、二人を……苦しめるな……俺の仲間なんだ!!」
藤澤の叫びは震えていたが、確かな力を帯びていた。
その瞬間、円環の鍵盤がさらに強く鳴り響き、魔物の触手が次々と焼き切れていく。
「がぁっ……!」
魔物がのけぞり、拘束していた鎖も同時に砕け散った。
藤澤は膝をつきながらも立ち上がり、仲間の方へ駆け寄る。
「元貴、若井……!」
「涼ちゃん……!」
二人はまだ肩で息をしていたが、瞳の奥に戦意が戻っていた。
大森が震える指で紅の帯を握りしめる。
「……もう、二度と……仲間を失いたくない……!」
若井が剣を構え、藤澤の前に立つ。
「ここからは……俺たちの反撃だ」
波打つ光と、仲間を守りたい想いが重なり、戦場の空気は一変した。
目の前の魔物は、無数の触手をうねらせながら、再び瘴気を吐き出す。
その声は地を割るように響き渡る。
「愚かな人間ども……薬の快楽に呑まれながら、まだ抗うか……!」
大森の頬にかかった髪が、瘴気の風で乱れる。
胸の奥に残る余韻が、今も全身をかき乱そうとする。
それでも――背後に立つ仲間の気配が、彼を支えていた。
「若井、涼ちゃん……行くぞ!」
その声を合図に、三人は同時に駆け出した。
⸻
大森が五線譜の帯を翻した瞬間、紅蓮の炎が触手を焼き払い、轟音を伴って空気を震わせる。
炎は大森の歌声とともに舞い、触れるものをことごとく焼き尽くした。
若井は剣を振り抜き、琵琶の音が刃と共鳴して衝撃波を放つ。
波動が壁のように押し寄せ、魔物の体を切り裂いていく。
藤澤は円環の鍵盤を叩くように指を走らせ、光の粒子を仲間の周囲に降り注がせた。
花びらのように舞うその光は傷を癒やし、同時に魔物の皮膚を削り取る。
「喰らえぇぇ!!」
若井の叫びと共に、剣の波動が触手をまとめて叩き斬った。
「元貴、まだいけるか!」
「当たり前だ!」
だが、魔物は巨体を揺らし、さらに禍々しい咆哮を上げた。
「愚か者ども! ならば――これを喰らえ!」
赤黒い瘴気が渦を巻き、禁忌の薬そのものが暴走したかのように空間を侵食していく。
瘴気は炎をかき消し、剣の波動を鈍らせ、大森の足をすくませた。
胸が締めつけられ、再び身体が熱に溺れようとする。
「くっ……また……!」
膝をつきそうになった大森の腕を、若井ががっしりと掴む。
「元貴!しっかりしろ!」
藤澤は必死に円環を抱きしめるように叫んだ。
「お願い……僕に力を貸して! 仲間を……守らせて!」
その瞬間、円環の鍵盤がひときわ強く輝いた。
まるで先祖たちの声が重なるように、旋律が轟音となって響き渡る。
光が三人を包み込み、炎・波動・旋律が渾然一体となって魔物を押し返す。
「これは……!」
大森の帯が赤々と燃え盛り、若井の剣が蒼い光を纏う。
そして藤澤の温かな琥珀色の調べが夜を照らし、闇を切り裂いていく。
「いくぞ――三人で!」
叫ぶ声が重なり、三人の力が一つになる。
「俺たちの響奏で――お前を終わらせる!!!」
紅蓮の炎が天を裂き、剣の波動が地を割り、鍵盤の旋律が空気を震わせる。
「これで……終わりだああぁぁぁっ!!!」
三つの力が交差し、巨大な奔流となって魔物を呑み込んだ。
「ば、馬鹿な……人間ごときが……この快楽の呪縛を断ち切るだと……!?
……ぐわぁぁああああ!!!」
轟音と共に光が炸裂し、魔物の体は光に焼かれて断末魔を上げながら霧散していった。
⸻
魔物が崩れ去ると同時に、 森に静寂が訪れた。
「……やった、のか?」
若井が呟く。
「うん……守れたんだな、俺たちで」
大森の声が震える。
三人の光が漂い、ゆるやかに消えていく。
そして藤澤の全身から放たれていた魔力が、やがて力尽きたようにふっと途絶え、藤澤は崩れ落ちた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
「涼ちゃん!!」
息を切らせながら駆け寄る大森と若井。
肩を大きく上下させながら、藤澤は膝をつき、土の上に手を突く。
大森が支えようと腕を伸ばすが、その身体はぐったりと重く、まるで糸が切れた人形のように彼の胸元へ崩れ落ちる。
「おい、しっかりしろ……!」
若井も隣で声を荒げる。
2人が彼を抱きしめると、虚ろな目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「……来てくれたんだ……」
かすれた声でそう呟き、藤澤は2人の胸に顔を埋めた。
「……ごめん、ごめんね……」
大森と若井は強く抱きしめ返す。
「謝るな。俺たちは、ずっと仲間だろ」
「……うん。お前を迎えに来たんだ」
2人は藤澤の肩を掴み、額を寄せるようにして笑った。
その瞬間、夜空に雲間から月明かりが差し込み、3人の姿を淡く照らした。
再び繋がった絆。
その温もりが、藤澤の凍りついた心を少しずつ溶かしていった。
コメント
6件
3人の戦闘シーンはいいね〜!みんなで力合わせて戦ったのめっちゃかっこいい(*´>ω<`*)
やったぁ~!やっと涼ちゃん助かったぁ😂
わー!涼ちゃん、良かったね! 3人の共闘シーン、描写が凄すぎて、魅入ってしまいました! 主さん、さすがすぎる…!