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橋本がハイヤー運転手として実直に働く月曜から金曜日。一日の締めになる仕事は、同じ客をほぼ毎日乗せていた。その客の顔色を、ルームミラーでつい確認してしまう。
日々の仕事の疲れが出ているものの、手にしたスマホを眺めているその表情は、どこから見ても嬉しさを噛みしめるものだった。
いつもはキリリとしているやや吊り上がり気味の目元は、今はだらしなく垂れ下がり、色気を放つ艶やかな瞳から執拗な粘っこさを醸し出して手元を見つめている。
光り輝くスマホの画面に映し出されているものは、恋人とのメッセージなのか、あるいは写真だったりするのかは不明だが、いずれにしても彼がこの世で一番愛する人の情報であることは確かだろう。
安堵に満ちた榊恭介の表情に橋本も嬉しさを隠しきれず、自然と口角が上がった。
彼との出逢いは2年前にあった会社主催のゴルフコンペで、橋本が運転する黒塗りのハイヤーに乗り込んできたことがきっかけだった。
マイスター・フェニックス証券は日本ではまだ数が少ないけれど、海外では幅を利かせている証券会社のひとつだった。社内で行事があると、ちょくちょくハイヤーを使ってくれる大口取引先でもあった。
一緒に乗り込む同僚のふたりを引きつれ、先に挨拶してきた背の高いイケメンに面食らったことを、今でもはっきりと覚えている。
証券マンらしくオールバックに整えられた髪形の下にある様相は、誰もが一度はこうなってみたいと思わせるイケメンっぷりで、自分が女じゃなくて良かったと橋本はこのとき強く思ったのだった。
(囁くような低音ボイスで『お願いですから、買ってはいただけないでしょうか』なんていう頼まれ事をしながら、縋りつくような眼差しでじっと見つめられたりしたら、金のある女なら喜んで株を買っちゃうんだろうな)
そんな卑屈な考えを顔色に出さないようにすべく、営業スマイルで取り繕って3人をハイヤーに誘導し、トランクにゴルフバッグなどの荷物を入れて出発した。