「道中は長旅になりますので、後部座席のリクライニングシートをご自由にお使いください。お飲み物は中央にある、小型冷蔵庫からお好きなものをお選びくださいませ」
適度に車が流れる環状線を走行しながら、マニュアル化している言葉を告げた。
「ねぇ荒木田さん、俺らだけこんな高級ハイヤーを使うなんて、何か気が引けますよね。他の奴らはジャンボタクシーなのに」
後部座席に座った男が、困惑の表情をありありと浮かべて、荒木田という男に話しかける。見た目が40代くらいの荒木田はリクライニングシートを最大限に倒して、ふんぞり返るように座りながら、隣の男に視線を飛ばした。
「何を言いだすかと思ったら、なんやねん。上半期の成績が部署の中でトップスリー入りして、会社に貢献しとる時点で、この扱いは当然のことやろ」
(ほうほう、なるほど。この3人は部署でお仕事がバリバリできる、エリート様なわけなんだな。だからと言ってこの言いぐさは、一緒に仕事をしているエリートじゃない人が聞いたら、ムカつくことこの上ないだろう)
表面上は平静を装っていたが、心の中ではちゃっかり悪態をついた橋本。助手席に座った3人の中で一番若いイケメンの様子を、何となく横目で窺った。
首を完全に横に向けて、車窓を眺めていたのでじかに表情を拝めなかったが、サイドミラーに映ったその顔は、眉根を寄せながら舌を出しているものだった。
「ぷっ……」
イケメンが上司の言動に辟易するところを垣間見た衝撃で、思わず橋本は吹き出す。その声に泡食った表情でイケメンは口元を覆い隠し、まじまじと自分をガン見してきたが、華麗にスルーした。
「失礼いたしました。ところでお客様は、皆さんそろって、ゴルフもお上手なんでしょうね。営業成績と通ずるところがありそうです」
何食わぬ顔でお客を持ち上げるセリフを聞き、後部座席の荒木田がちょっとだけ面白くなさそうな顔をしたのを、ルームミラーで確認した。
もしやこの男、ゴルフが苦手な口だったのだろうかと、橋本が内心冷やひやしているところに、乾いた声が車内に響く。
「榊おまえ、ゴルフの腕前はどうなんや?」
「可もなく不可もなくと言ったところです」
「いやいや、何を言ってるんだよ。一緒に練習したときのスコアは、すごかったくせに」
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