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白い光に満ちた世界。
静寂の中で、ひとりの天使がゆっくりと翼を広げる。
純白の羽が、音もなく揺れた。
『……ローレン・イロアス。天使として、人を導くのが役目』
淡々とした声で、自分の存在を口にする。
それは誰に聞かせるでもない、ただの確認みたいなものだった。
『命令に従って、決められた運命を見守る。それが俺の仕事』
少しだけ視線を落とす。
『……それ以上でも、それ以下でもない』
——その時だった。
「堅っ苦しいなぁ」
背後から、場違いな声。
振り返ると、そこには黒い翼を持つ男が立っていた。
「俺は葛葉。見ての通り、悪魔」
にやっと笑う。
黒い羽がゆらりと揺れる。
「好きなことは気まぐれに生きること。嫌いなのは縛られること」
『……悪魔が、なんでここにいる』
警戒するローレンに、葛葉は肩をすくめた。
「暇つぶし。あと、お前が面白そうだったから」
『面白そう?』
「つまんなそうにしてるやつほど、壊しがいあるだろ」
その言葉に、ローレンの眉がわずかに動く。
『……帰れ』
「やだ」
即答。
葛葉は一歩、距離を詰めた。
「お前さ、それで満足してんの?」
『なにが』
「その“いい子ちゃん”のままで」
『……俺は、それが役目だ』
「役目、ね」
葛葉は小さく笑う。
「じゃあさ、一回くらい破ってみろよ」
『……なにを』
「ルール」
その一言で、空気が凍る。
ローレンは黙り込む。
『……許されない』
「誰に?」
『……』
答えられない。
葛葉はさらに近づいて、耳元で囁く。
「誰も見てねぇよ」
低くて、甘い声。
「お前がやりたいなら、それでいいだろ」
『……っ』
胸の奥がざわつく。
ずっと押し込めていた感情が、揺れる。
「ローレン」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「一回くらい、自分で選んでみろよ」
——その言葉が、全てを壊した。
*
その日、ローレンは“ルール”を破った。
本来救うべきでない命に、手を差し伸べた。
ほんの少し、運命を歪めた。
『……っ』
次の瞬間、激しい痛み。
背中の翼が軋む。
『な、に……』
純白だった羽が、黒く染まっていく。
一枚、また一枚と。
「お、ちゃんと堕ちてんじゃん」
振り向くと、葛葉がいた。
楽しそうに笑っている。
『……お前、これ』
「自分でやったんだろ」
冷たくも優しい言い方。
ローレンは膝をついた。
翼はもう、元の色には戻らない。
「自己紹介、更新しとけよ」
葛葉がしゃがみ込んで、顔を覗き込む。
「もう“天使”じゃねぇだろ」
『……っ』
息を整えて、ゆっくり顔を上げる。
『……ローレン・イロアス』
声が少し低くなる。
『元・天使。今は——堕天使だ』
黒く染まった翼が、静かに揺れた。
『役目は、もうない』
少しだけ間を置いて。
『……自分で決める』
その言葉に、葛葉は満足そうに笑う。
「いいじゃん」
そして、自分も軽く肩をすくめる。
「改めて。葛葉、悪魔。気に入ったやつは手元に置く主義」
『……勝手だな』
「今さらだろ」
手を差し出される。
黒い影が揺れる中で、その手だけがやけに近い。
ローレンは一瞬だけ迷って——
その手を取った。
触れた瞬間、完全に境界が消える。
「ようこそ」
葛葉は低く笑う。
「こっち側へ」
『……うるせぇ』
そう言いながらも、ローレンは手を離さなかった。
もう戻らない。
でも——
『……悪くない』
その呟きに、葛葉は小さく笑った。
コメント
1件
第48話、読ませていただきました。 純白の翼が黒く染まっていく場面、すごく鮮やかで胸に残りました。葛葉の「こっち側へ」って一言、悪魔なのに妙に温かくて…。ローレンが「自分で決める」と呟くラスト、じんわり来ました。天使と悪魔の距離感、これからどう変わっていくのかすごく気になります。素敵な回をありがとうございます🌷