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病院の待合室で、角名倫太郎は壁にもたれていた。
スマホを握ったまま、画面はすでに真っ暗。
「……長くない?」
ぽつり、と独り言。
周りを見れば、落ち着きなく歩き回る人、深呼吸を繰り返す人。
それに比べて角名は静か――に見えるが、内心は全然違う。
(陣痛始まってから、もう何時間だっけ)
看護師が行き来するたびに顔を上げ、
ドアが開くたびに反射で立ち上がりかけては、また座る。
「角名さん、落ち着いてくださいね〜」
三度目くらいで言われた。
「……はい」
返事は低く、素直。
けれど足先はずっと小刻みに揺れている。
分娩室の中では、🌸が必死だった。
「……っ、もう無理……!」
「大丈夫!呼吸、呼吸!」
「それさっきも聞いた!!」
わちゃわちゃする声が聞こえるたび、
外にいる角名の肩がびくっと跳ねる。
(無理って言ってる……)
(大丈夫なのか……?)
(俺、今なにしてたらいいんだ)
スマホを開いては閉じ、
母子手帳を意味もなくめくり、
最終的にまた立ち上がる。
「……水、いる?いや、もう持ってるか」
完全に一人テンパり。
しばらくして、分娩室のドアが少し開き、
看護師が顔を出した。
「 立ち会いされます?」
「……します」
即答だった。
中に入ると、🌸は汗だくで、でも確かにそこにいた。
「りんちゃん…」
呼ばれただけで、胸がぎゅっとなる。
「いる。いるから」
手を握る。
いつもより少しだけ、強く。
「……離れないで」
「離れない」
短いやり取り。
角名は余計なことを言わない。
言えない。
そして――
産声が、響いた。
「……え」
一瞬、理解が追いつかない。
「おめでとうございます!元気な赤ちゃんですよ!」
赤ちゃんの泣き声。
確かに、泣いてる。
「……生まれ、た?」
ぽかん、としたまま、
角名は赤ちゃんを見つめる。
「りんちゃん……」
🌸の声が震えている。
「……すごいな」
それが、最初の言葉だった。
赤ちゃんを抱かせてもらった瞬間、
角名は完全に固まった。
「……軽……」
「声小さいよ」
「いや……壊しそうで」
腕がぎこちない。
でも、目は離さない。
「……俺に似てない?」
「今それ言う?」
「いや、なんとなく」
赤ちゃんが少し動いて、
角名の指をきゅっと握る。
「……掴んだ」
それだけで、喉が詰まった。
「……🌸」
「なに?」
「ありがとう」
短くて、不器用で、
でも一番大事な言葉。
病室に戻ってからも、角名は落ち着かない。
「ちゃんと寝てる?」
「息してる?」
「今の音、泣いた?」
「りんちゃん、少し静かにして笑」
「無理」
即答。
夜、🌸が眠りについたあとも、
角名は赤ちゃんの横から動かなかった。
「……守るって、こういうことか」
小さな寝息を聞きながら、
初めて実感する。
スマホを取り出し、
こっそり写真を一枚。
(ブレた)
撮り直し。
(またブレた)
でも、消さなかった。
「……よろしくな
絶対守るから。」
誰に向けたのかもわからない小さな声で、
角名倫太郎は、静かに父親になった。
わちゃわちゃで、落ち着きなくて、
でも誰よりも近くで見守る――
そんな、はじまりの日。