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童話になったらいいのに。
むかしむかし。
ある森の奥に、小さな城がありました。
そこには、ひとりの王子様が住んでいました。
……なんて。
そんな綺麗な話だったら、よかったのに。
「ねえ、王子様」
「なんだよ」
「もし私たちが童話の登場人物だったら、どうする?」
少女は城の屋根の上で、夜空を見ながら言った。
王子は隣に座り、呆れたように笑う。
「急に何言ってんだよ」
「だって童話なら、最後は幸せになるでしょう?」
「……まあ、だいたいはな」
「じゃあ私たちも幸せになれるかな」
王子は答えなかった。
二人の住む国では、王子と少女が一緒になることなど許されなかった。
身分が違う。
立場が違う。
生まれた場所が違う。
そんな理由はいくらでもあった。
少女は笑う。
「ほら。やっぱり童話になったらいいのに」
「……そうだな」
「王子様とお姫様になって」
「お前がお姫様?」
「失礼ね」
「魔女のほうが似合ってる」
「ひどい!」
二人は笑った。
その時間だけは、何もかも忘れられた。
けれど。
翌朝。
国王から王子に命令が下った。
隣国との同盟のため、王子は遠くの国へ行くことになった。
そして、そこで王女と結婚する。
「……いつ帰ってくるの?」
少女が聞いた。
「わからない」
「そっか」
「待っててくれる?」
「待つよ」
即答だった。
王子は少しだけ笑った。
「じゃあ、約束だ」
「うん」
けれど──童話には書かれていなかった。
約束だけでは、どうにもならないことがあるなんて。
何年も経った。
王子は帰ってこなかった。
少女は森の小さな家で、ひとり暮らしていた。
ある日。
森を歩いていると、一冊の古い本を見つけた。
表紙には、こう書いてあった。
『王子様と少女の物語』
「……なに、これ」
ページを開く。
そこには、自分たちのことが書かれていた。
屋根の上で話したこと。
笑い合ったこと。
約束したこと。
そして最後のページ。
少女は息を呑んだ。
そこには、たった一行。
『二人は二度と会うことなく、それぞれの人生を歩みました。』
「……嫌だ」
少女は本を閉じた。
「こんなの、違う」
もう一度開く。
何度読んでも結末は変わらない。
「童話なんでしょう?」
涙をこらえながら笑った。
「だったら……最後くらい、幸せにしてよ」
その瞬間。
本のページが風もないのに、ぱらぱらとめくれた。
最後のページが白紙になる。
少女は目を見開いた。
そして、震える手でペンを取った。
「……じゃあ」
白紙のページに、ゆっくり文字を書く。
『その後、二人は――』
ペン先が止まった。
少女は少し考えて。
小さく笑った。
「……幸せになりました」
その瞬間。
森の向こうから、誰かの声がした。
「――おい」
少女が振り返る。
そこには、見覚えのある少年が立っていた。
「……遅くなった」
「……馬鹿」
少女は泣きながら笑った。
「遅すぎるよ」
王子も笑った。
「ごめん」
「……うん」
少女は本を閉じた。
もう、その本に続きを書く必要はなかった。
だって。
これはもう、童話じゃない。
二人が自分たちで選んだ、物語なのだから。
――童話になったらいいのに。
そう願っていた二人は、
いつの間にか、自分たちで物語の結末を変えていたのだから。
コメント
1件
読了しました。第1話から既にぎゅっと心を掴まれました。「童話になれたら」と願う少女と王子が、実は自分たちで結末を書き換えてしまう――この展開、本当に好きです。ラストで本を閉じて「もう続きを書く必要はなかった」という一文に、じんわりと来ました。形だけのハッピーエンドではなく、二人が自分たちで選び取った結末だからこそ、ここまで温かい余韻が残るんだなあと。設定の畳み掛け方がとても巧くて、これは続きがあるなら絶対に読みたいです。
闇つき闇月
9
76
マリン.
45,260
ruruha
66