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長引く村の干ばつに、長老は言った。

『村の若い乙女を一人、龍神様の花嫁として捧げよ』と。


だから私は答えた。


『はいっ! それ、私がやります!!』って。



理由は簡単。



死ぬのは嫌。でも、誰かが苦しむのを見るのはもっと嫌。それだけ。

馬鹿な私には、干ばつを止める術も他の方法も思い付かないから仕方ない。


そういう訳で私は今、豪奢な花嫁衣装を着せられて、小さな舟に乗り込もうとしているところだ。



明明メイメイ、なんでっ……何でこんな事に……」

「何で嫁になるなんて名乗り出たのよぉ!あんたってホント馬鹿。お人好しの大馬鹿者!!」


「んもう、みんな。友達の嫁入りにそんなに大泣きしないでよね」


鼻水だか涙だか分からないものを顔中から垂れ流して、見知った顔の面々が泣いている。

もちろんその涙の意味は、嬉し泣きなんかじゃない。


私が今から死にに行くから。


この辺りに雨を降らせてくれるという龍神様の御嫁に行くと言うのは、それはつまるところ、生け贄になるって事で。


正直言えばめちゃくちゃ怖い。


それでも、今こうして私の周りで泣きじゃくっている友達を生け贄として見送るよりも、自分が生け贄になった方がずっとマシ。


「……姉ちゃん、行っちゃうの?」


泰然タイラン、お父さんとお母さんの言う事をよく聞いて、家族みんなの事頼んだよっ」


普段喧嘩ばっかりしていた弟が、目に涙をいっぱいに溜めて俯いた。その頭をガシガシ撫でると、目からこぼれおちた涙が地面に落ちてシミになった。


「ほらっ、お父さんもお母さんも、娘の嫁入りなんだからもっと喜んでよ! 心配しなくても大丈夫。龍神様も、私の溢れる色気で悩殺してくるからさ!」


最後のお別れだって言うのに、辛気臭いのは性にあわない。

イヒヒっと笑ってお色気ポーズを取ってみせると、見ていた村のみんなが泣きながら笑い出した。


そうそう、こうでなくっちゃ。


みんなを悲しませるために、嫁に行くんじゃないんだから。


「じゃあね、みんな! 雨が降ったら、私に感謝してよねー!!」


大きく腕を振ってから、貢ぎ物がふんだんに積み込まれた舟に乗り込んだ。

別れの言葉を背に受けながら、舟はゆっくりと動き出し進んで行く。


振り返ってみんなの顔を見納めておくべきかな?


いや、やっぱり止めておこ。


だって振り返ったりしたらきっと、せっかくの化粧が台無しになるもんね。ぐっちゃぐちゃの崩れた顔で龍神様に会ったりしたら、「醜い顔の嫁などいん! 別の女を用意しろ」とか言われたら悲惨だ。


想像したら可笑しくなってきて「ぷっ」と小さく吹き出すと、船頭をしているおじさんが憐れむような顔でチラリと見てきた。

あ、これ。恐怖で頭がおかしくなったんだって思われたな。まあいいか。




龍神様がいるのは村のすぐ近くの洞窟の中。

その洞窟は海岸から少し沖に進んだところにある小さな島にあって、海から直接舟で入って行ける。


洞窟の入口に注連縄しめなわが張られていて、張り替え作業になら一度だけついて行った事があるけど、その中がどうなっているのかまでは知らない。


「うわぁ、真っ暗……」


いよいよ舟が、海から洞窟の入口へと差し掛かった。


外は夏だって言うのに、洞窟に入るとひんやりとして冷たい。いかにも神聖で霊的な空気感に、私もおじさんも身を震わせた。


終始無言のまま舟を漕いでいたおじさんが、ようやく口を開いた。


「着いたよ」


海水の中に小さな岩が顔を出している。


その脇に舟をつけると、おじさんが私の手を取って降ろしてくれた。それから一緒に運んできた肉や果物、飾り物と言った貢ぎ物一式を、私の乗る岩に次々と降ろして、最後に蝋燭の1つを手渡してくれる。


「そいじゃあなぁ、明明。堪忍な」


「うん。おじさんも嫌な役だったのにありがとね」


生け贄を送り届けるなんて役回り、きっとやりたく無かっただろうに。

出来れば私が舟を漕いで行ければ良かったのだけど、花嫁衣装を着込んでしまっているので難しい。それに、村としても花嫁が逃げること無く、きちんと龍神様の下へ行ったと言う証人が必要なのだろうから、無理にやりますとも言えなかった。


役目を終えたおじさんは、私を置いて再び舟を漕ぎ出した。


舟がおこした小さな波も消えて姿形も見えなくなると、唐突に寂しく、そして怖くなってくる。


うわっ……手足、震えてきた。


自分の意思とは関係なく、カタカタと指先が小刻みに揺れて震える。


今更だけど、逃げる……?


燭台を手に持ち辺りを見回しても、ほんの数尺先が見えるだけで真っ暗だ。これじゃあ泳いで脱出しようにも、前か後ろかどころか、天地すら分からない中で泳ぐ様なもの。


なにより、私がここから居なくなった事がバレたら、困るのは村のみんなだ。


龍神様が怒って余計に生け贄を求めるかもしれないし、そうなったら友達を何人も失う事になる。

「しっかりしろ、明明。余計な事考えるな」


こうなるといっその事、早く殺して頂きたい。


龍神様ってどうやって生け贄を食べるのかな。足の先からちょっとずつとかだったら最悪だ。それならひと思いにパクッとひと飲みにして欲しいなぁ。生は嫌だから焼いて食べるとか?

まさか嫁だからって辱めるような真似をしてからとか、流石にないよね?



グルグルと頭を駆け巡る嫌な想像に、はああぁぁ。と大きく息をつくと、洞窟のずっと奥からため息応えるかのように「ゴオオオオオオッ」と凄まじい音が返ってきた。


「ひゃああっ!」


まるで空気が震えるかのような音にびっくりして、燭台を蹴っ飛ばしてしまった。頼りの灯りは無情にも消え、1寸先すら見えない。


「やだ……どうしよう……。って、どうしようも無いんだけど」


一人ツッコミを入れている間にも、謎の轟音は規則正しく鳴っている。


海鳴り……かな?


そういう事にしておこう。


真っ暗闇の中で座り込み手をつくと、水が指に触れた。


ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ


「嘘でしょ……」


海面が上がってきてる。

潮が満ちてきたんだ……!


「あのぉー、龍神様ーー、聞こえますかー! 私、明明って言います。貴方様の御嫁に来ました。サクッとパクッと早く食べちゃって下さい!! じゃないと私、嫁になる前に溺死しそうですーー!」


奥の暗闇に向かって大声で叫んでも、返ってくるのは相変わらずの海鳴りの様な轟音。


「龍神様ー! いらっしゃいますかー?! 早く食べてくださぁーーーーぃっ!」


必死に訴えている間にも、どんどん潮が満ちてくる。


「嘘でしょぉ。溺死とか、聞いてないよー! 龍神さまぁ」


ふぇぇぇ、と泣き出した私の頬を、ヒュウっと風が通り抜けた。


ピシャッ、ピシャッと言う水音にプラスして、生き物の気配。水溜まりの上を駆けているかの様な音に聞こえる。


これはまさか、龍神様のお出ましでは?!



「龍神様」と呼びかけようとした私の言葉に、男性の声が重なった。



「寝過ぎじゃ、ど阿呆!!」



シャランシャランと鈴の様な音が聞こえると、規則正しく鳴り続けていた轟音が、ピタリと止んだ。

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