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「んあ゛ぁ?! 誰だ? ……ああ、颯懍か」
「颯懍か、じゃない。お主がぐーすかうたた寝している間に、まーた嫁が送られてきただろうが」
「嫁ぇ?」
真っ暗で何も見えないけど、声の主の2人はこちらを見ているのだろう。数秒静まり返った後、誰かに叩き起された誰かさんが「ぶわっはっはっはっ」と笑い出した。
「何でワシが人間なんざ喰うと思っておるんだか!ワッハッハ」
「あのぉ、暗くて全く見えないんですけれど、そちらにいらっしゃる御一方はもしかして、龍神様でしょうか」
「むっ、そうか。今見えるようにしてやろう」
さっきと同じように水面を駆けるような音がしたかと思ったら、すぐ近くに人の気配を感じた。
驚きでビクンと体を揺らすと、次に瞬きした瞬間には、薄明かりに照らされているかのように辺りが見えるようになっていた。
奥に見える大きな岩棚の上には、これまた大きな青い蛇?
違う、龍だ。
長い身体の背には銀色のたてがみが生え、口元にはヒゲだか触覚だかが2本。そして頭にも鹿のような角が2本。
昔、おばあちゃんから聞いた事のある龍神様の姿そのものだ。
「どうだ、見えるようになったであろう?」
龍神様の姿に見とれていて、もう一人の方を忘れていた。
パッと目線を移して隣にいた人の顔を見ると、20代前半くらいの男性がいる。
切れ長の目とスっと通った鼻筋。少し長めの横髪からは、金と房飾りで出来た耳飾りが覗いていた。
喋り方からしてもっとお爺さんかと思っていたのに。予想外にも歳若い青年がいて、ポカンと口を開けて見つめてしまった。
「仙術を使って見えるようにした。にしても敖順よ、お主はいつもいつも寝過ぎだ。お陰で近く一帯がカラカラになっておるぞ」
「おぉ、すまんすまん。つーい飲み過ぎて、寝すぎてしもうた」
敖順と呼ばれていた龍神様は、もう一度「ワハハ」と豪快に笑った。あの海鳴りのような轟音は龍神様のいびきだったのかと思うと、ビクビクしていた自分がアホらしくなってくる。
「度々すいません。私お嫁に来たのですが、もしかしてもしかすると、用無しってやつですか?」
先程の2人の会話からすると、生け贄とか貢ぎ物だとか、そう言う類いの物は関係無さそうだ。期待を込めて話しかけてみると、期待通りの答えが返ってきた。
「ワシは神だそ。妖じゃあるまいに、人間なんぞ喰わん。颯懍よ、はよ送り返してやれ」
「何を偉そうに。お主こそさっさと雨を降らせてこい」
「言われなくともすぐやるさ。どれ、ちょいとひと仕事してくるかね」
どっこいしょ。と龍神様が短い前脚で身体を起こし、私と颯懍と言う男性の横を猛スピードで飛んで通り抜けていった。ビュウウっと吹いた風に目を瞬かせていると、今度は突然に身体を下からすくい上げられた。
「出るぞ」
「ふええっ?!」
颯懍は私を肩に乗せて担ぎ上げたまま、涼しい顔をして水の上を走り出した。
「うえぇ?! 何これ、え? うそおぉぉーーーーっ!!」
「うっさい! 耳がキンキンする!!」
洞窟内に木霊した私の絶叫音を暗闇に残して、私たちはあっという間に外に出た。
担がれたまま運ばれてストンと降ろされたのは、何時間か前に村の人達と別れを告げたはずの磯辺。まさかもう一度、この地を踏むことが出来るなんて思ってもみなかった。
勝手に足が震えだして、涙が溢れてくる。
恐怖から一気に解放されて、脱力感が半端ない。へなへなとその場に座り込んで立てなくなってしまった。
「わた……私……戻ってきた」
「さっきもあやつが言っておったが、龍神は人間など喰わぬ。人を喰うのは妖だ。あやつはああ見えて草食だからな。無駄に牙など生やしておるから勘違いされるんだ、全く」
呆れ返ったようなその言い方が可笑しくてクスクスと笑うと、頭をポンっと撫でられた。
「怖かったであろう。よく耐えたな」
「あ……えっと……」
「だがその顔では、折角のおめかしが台無しだ」
涙でお化粧が落ちてしまったのだろう。ドロドロに溶けて、酷い顔をしているに違いない。生まれて初めてのお化粧だったのになぁ。
この顔を年頃の青年に見られるのが恥ずかしくて俯いていると、颯懍が空を見上げながら呟いた。
「とは言え、もうじき化粧の意味など無くなるか」
同じように空を見上げてみると、ポツッ、ポツッと大粒の水滴が頬を打って落ちていく。
その勢いは瞬きするごとに増して、すぐに土砂降りの大雨へと変わっていった。
「雨……雨だーーーーっ!!!」
さっきの龍神様が降らせてくれてるんだ。凄い! 凄い!! 凄いっ!!!
嬉しさのあまりにその場で小躍りしていると、雨に気が付いた村人達が外へと出て来た。皆一様に私と同じく、空を仰ぎながら踊り出す。
「めいめーい! ありがとーーーー」
「ありがとーう!!」
「明明、雨が降ったよー! 聞こえてるー?!」
「うんっ! みんな、ちゃんと聞こえてるよー!」
村の人達の呼びかけに大声で応えると、誰もがその場でピタリと固まった。
「え……? 明明、なんでお前ここに??」
「確かに洞窟に送り届けて来たって聞いたのに、こりゃあ一体どうなってんだ?」
「花嫁が逃げ出したなんて龍神様にバレてしもうたら、どうなるんだ……?!」
見る見るうちに青ざめていく村人達を前に、颯懍が進み出てきた。
「俺は┊︎崑崙《こんろん》山洞主・┊︎太上老君《たいじょうろうくん》様の弟子で、凌雲山洞主・仙人の颯懍と言う。龍神の事ならば心配は無用。良ければ此度の委細を話して聞かせよう」
やっぱり仙人だったんだ!
仙術と言っていたからそうじゃないかと思っていたけど、本物の仙人って初めて見た。それに太上老君って、聞いた事のある仙人様の名前だ。きっと凄い人のお弟子さんなんだ、この人は。