【 たのしいたのしい片思い 】
昔、小学生の頃。一度だけ、少女漫画を読んだことがある。
僕が興味があって買ったとかではない。そもそも、当時の僕にそんなことができるほどの自由はなかったしね。当時同じクラスだった女の子がこっそり貸してくれたのだ。今考えると、あれは遠回しな告白のようなものだったのだろうか。どうでもいいけど。
そんなことはおいておいて、当時読んだそれは、いかにも小学生が好きそうなピュアでかわいらしいものだったように思う。
ヒロインがヒーローに恋をして、もう一人の、所謂負けヒロインが出てきて、でも結局はヒーローとヒロインが結ばれる、どこにであるありきたりな話。
家柄もあって、なんだかあまり現実味がなかった。例えばそう、転生ものとか、動物とおしゃべりする姫だとか、そんな話と同等と思えてしまうほどに。きっと、僕は恋する権利なんてものはない。親が決めた婚約者だか何だかと結婚して、少女漫画のような甘酸っぱさもときめきもないような、そんなつまらない生活を送るのが関の山だ。
僕にはする権利すらない恋とは、いったいどんなものなのだろうか。
僕が光や姫に抱く愛情とはまた別物なのだろうか。少なくとも物語内で描かれていた恋は、きらきらぴかぴかしてて、きっと楽しいものなのだろうなあ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なーんて、思ってたんだけど。
僕が思ってるより、恋っていうのはドロドロしてて、きらきらもぴかぴかもしてなくて、まったく、楽しくない。…いや、違うな。
僕が見たのは、ハッピーエンドを迎えたヒーローとヒロインだけだったから、楽しいなんて思えたんだ。
負けヒロインの気持ちなんて、知りたくなかった。
「ね、蒼井。」
「なんですか」
「蒼井はさ、赤根さんが好きだよね。」
「そうですね。」
「たのしい?」
「なにがですか?」
「人を好きになるって、たのしい?」
「いつにもまして変な質問ですね。」
呆れたような顔をして、仕事の話ではないと分かった蒼井はさっさと作業を再開して、耳だけこちらへ傾ける。わかってたけど、つまんないなあ。
「勿論、楽しいですよ。アオちゃんが楽しければ僕も楽しいし、アオちゃんが幸せなら僕も幸せですし。実質二倍ですよ、楽しいに決まってるじゃないですか。」
「ふーん、そっか。」
回答を聞いた僕も、仕事を終わらせようと作業に戻る。そうすれば、「勝手に聞いておいてなんなんだよ」とかいう反抗的な声が聞こえるけど無視。そっか、好きな人の分も楽しいし幸せだから実質二倍、か。それは、悲しいことや辛いことも倍になっちゃうんじゃないかな、なんて野暮なことを考えてしまった。失礼だから飲み込もうと思う。
正直僕は、目の前の彼みたいに綺麗で眩しい思考ができるほどできた人間ではないのだろう。
蒼井が楽しそうに赤根さんの話をするとき、笑顔が可愛いなあ、眩しいなあと思うと同時に気持ち悪くなるほど赤根さんが妬ましくなって、蒼井に対する薄暗い感情が募るだけだ。
蒼井がもし誰かのせいで傷付いたら、きっと、蒼井に分けてもらった幸せの数百倍、辛くなるし腹が立つ。それを僕が解決して蒼井に感謝されたら、きっと嬉しいだろうけどさ。
プラマイマイナス。くそったれだこんなの。
「ちょっとアンタ、聞いてます?」
「…っえ、と、なんか言ってた?」
近い、顔が。
「だーかーら…!…はあ、アンタ、今日体調悪いんですか?」
「そんなことない、元気だよ。後蒼井、顔近い。離れてよ。」
「あ、すいません。…じゃなくて!さっきからぼーっとしてるし、心做しか顔赤いですよ。熱じゃないですか?」
「いやいや、元気だよ」
わざとらしく腕を上げてみる。分かりやすく訝しげな顔をされた。失礼なやつだなぁ。
「はあ、アンタがそう言うならいいですけど。移されても困るんで、体調悪かったら早めに言ってくださいね。」
風邪なんか移されてアオちゃんと話す機会が減ったらたまったもんじゃない、なんてぶつぶつ蒼井は苦言を吐く。なんだかんだ言って、心配してくれてるんだろう。やっぱり優しいな、蒼井は。
「そうだね。有難う蒼井。」
「そう素直に感謝されると気持ち悪いですね」
「吊るされたいの?」
「な訳」
ふふ、と、僕の笑い声が生徒会室に響く。やっぱり蒼井は呆れたような困惑するような顔をするから、分かりやすくて面白い。
あー、もう、
好きだなあ、やっぱり。
この気持ちが、桜が散るようにさっさと消えてしまえば、消えてしまえるものならば良かったのに。そしたら、きっと今頃もう何も思うことなく終われてた。のに。
僕モテるのにさ、どうして寄りにもよって蒼井なのかなあ。蒼井じゃない他の人なら、叶わないなんて思うこと、絶対なかったのに。世の中残酷だ。でも、でもさあ。
楽しくないって、幸せなんかじゃ全然ないって言ったけど、やっぱり、ちょっとは楽しい、かもなあ。
好きな人と毎日一緒に話せて、知らないことを知れて、楽しそうに話す彼の姿を、こんなにも近くで見ることが出来る。確かに、赤根さんにだけ見せる蒼井の顔は少なくないし、時には嫌にもなって、もう不幸のどん底だ、なんて思うこともいっぱいある、けど。 僕みたいな立場だからこそ、見れた部分もあるんだろなあ。
例えばさ、君は普通の人に比べたら大食いな方だけど、赤根さんの前ではそんなに食べないよね。怒った顔とか呆れた顔なんて、僕しか見れないし。君が弱って、僕のことを頼ってくれると、どうしようもなくうれしくて。
あーあ、恋って難しい!
コメント
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片思い輝(→)茜のどう頑張っても振り向かせることは出来ないもどかしさとそれでも好きになってしまった気持ちはどうしょうもない感が出てて大好きれす……🫠茜くんが近づいた時あからさまに動揺してんの可愛い…🙄なんかもう…輝兄は家柄だとかなんだとか見てると可哀想って言葉が出てきてしまうけど、片思いをそこそこ楽しんでるならいいのか……そうか、そうか……